第8話 龍凰院芳香

「何だ?」

 神流川が先に答える。一応相手が恐れている以上同性の神流川が答えるのが良さそうなので俺は一歩引いて見守る。

「実は、皆さんの噂を聞いて友達が興味があるって……」

 何で本人じゃなくて友達なんだよ。もしや俺たちの変人っぷりが噂で伝わって会いにくるのを躊躇したとかだろうか。

「なるほど。私たちは彼女のところに行けばいいのか?」

「ま、まあそんな感じです」

 彼女の言葉は微妙に歯切れが悪い。いまいち釈然としないが俺たちも周囲から見れば意味不明なことをしている以上気にしても仕方ない。

「ではクラスと名前を教えてくれるか?」

「五組の龍凰院芳香です……それではっ」

 言い終わると彼女は逃げるように去っていった。龍凰院とは大仰な名字だが、それにしても逃げていくとは。

「何か微妙に引っかかるけど行くか」

 神流川も引っかかっているようだが、他に有意義な行動も思いつかないので俺は頷く。


 五組の教室に入ると、途端にざわめきが起こる。そもそも先輩が教室に来ること自体があまりないし、しかも俺はテレキネシスのおかげで有名になっている。中には「テレキネシスされる」「大丈夫、超能力なんてないから。あれはただの変態だから」という会話をしている生徒もいる。後輩とはいえこれはとんだアウェイだ。そんな中、一人だけ呑気に昼寝している女子がいる。いや、放課後なんだから帰って寝ろよ。

「あの」

「ひいっ」

 今何か変な声が聞こえてきたような気がする。

「すまん、龍凰院さんって誰?」

「あ、龍凰院さんか」

 尋ねられた男子は少し安堵した。自分に用がなくて安心したのだろうか。失礼だ。そして彼は教室の隅で昼寝している女子を指さす……てあいつかよ。何でさっき興味持ったのにもう寝てるんだよ。色々と気になることはあるものの、全部本人に聞けばいい話だ。俺たちは彼女が寝ている側までいく。


「君が龍凰院さん?」

 声をかけるが帰ってきたのは安らかな寝息だった。一歳年下で寝顔なせいか、とてもあどけない。さらに俺たちが声をかけるものの、反応はない。俺は神流川の方を見る。神流川は頷いて彼女の背中を揺する。

「う……背後をとるとは図られたか……はっ!」

 バネがはじけるようにびくりと彼女は飛び起きる。ていうか何だ今の寝言は。そして俺たちを見て寝ぼけているのかおろおろとする。寝ているから小さく見えるだけかと思っていたが、起きても小柄で制服の上に羽織ったピンクのカーディガンは裾とか袖が余っている。

「あ、あなた方はもしや例の超能力の方々!?」

「そ、そうだけど」

 俺は困惑しながら答える。すると彼女はなぜかかなり不服そうな顔をする。


「何で起こすんですか。ここはどう考えても三顧の礼みたいに一度出直すところでしょう」

「は? 三顧の礼?」

 何度目だったか忘れたが、確か劉備が諸葛亮を訪ねた時昼寝していて出直したところがあった気がする。が、いつの時代の話をしているんだ? が、一方の神流川はなぜかうんうんとうなずいてから首をかしげる。

「なるほど。だが三顧の礼は相手が諸葛亮だからやったことだ。君は別に諸葛亮じゃないだろう」

「あちゃー」

 神流川の言葉に龍凰院さんは頭を抱える。

「智子にはちゃんと私のことを孔明っぽい感じで紹介してって言ったのに……すいませんでした、変なこと言って」

「は、はあ」

 俺は生返事しか出来ない。何だこいつは。ていうかさっきの子が智子か。挙動不審だと思ったらこんな訳の分からない依頼を受けていたからだったのか。そこは納得した。


「まあ、寝ている孔明を起こすというのはある意味劉備を超えたといっても過言ではありません。そこはそういうことにしておきましょう」

「どうも」

 そんなんで劉備を超えても全くうれしくない。というか、別に俺は劉備を目指してない。

「で、私たちに興味があると?」

 神流川が話を進めると、龍凰院さんはこほん、と咳払いをする。

「はい。改めまして龍凰院芳香です。皆さんがなぜこのような奇抜な行動に走っているのか興味がありまして」

 だめだ、「超能力」よりも「奇抜な行動」の方の印象が強くなってしまっている。ぶっちゃけ彼女が超能力を使える気はしないが、一応説明することにする。

「実はこの世には超能力というものがあってだな、俺はその超能力を使える仲間を探しているんだ」

「それがあのテレキネシスですか」

 彼女はあまり興味なさそうに言う。やはり超能力自体には反応が薄い。

「ま、まああれは見せる用だから」

「私としては超能力より連環の計の方が好きなんですが……それはさておき、先輩方のインパクト戦術で反応する人はもう大体反応したはずです。ここからさらに勢力を拡大するには方針の転換が必要でしょうね」

「勢力を拡大?」

 よく分からない単語が飛び出す。


「はい。たくさんの超能力者を集め、超能力研究会で学園の天下をとるにはまず勢力を拡大していかないと」

「いや、別に天下とらないけど。ていうか天下って何だよ」

「そりゃあ学園で一番偉い人……生徒会長になるかもしくは生徒会長の上に立つことです」

「やっぱ天下はとらない」

 どちらかというと俺は超能力者を集めてひっそりコミュニティを作りたいだけだ。超能力者が生きていく上で変に目立つことはよろしくない。


 が、おそらく超能力者ではない龍凰院にはそんな俺の気持ちは伝わっていないのだろう、落胆している様子だ。

「まあいいでしょう。先輩方に天下をとる気がなくても私にはありますから。二年かけて地盤を築き上げ、先輩方が卒業した三年で一気に……」

 龍凰院はぶつぶつと謎の算段を始める。まあ俺はこいつと違ってそんな未来のことは考えていないのでどうでもいい。今のところ俺の卒業後に何する計画を立てられていようと別にいい。

「それなら超能力研究会に入るか?」

「はい。ただし条件があります」

「条件?」

「私を副会長にしてください」

「副会長?」

 知らない言葉が出てきたので俺は神流川に尋ねる。

「そんなポストは同好会には存在しない。部活には副部長というポストがあるらしいが」

「学校が認めているかどうかなんていいんです。将来の会長は私、みたいなそういう感じが欲しいんです」

「なるほど。まあいっか」

「いいんじゃないか」

 全く減るものではないので俺たちはあっさりうなずく。将来の会長以前にちゃんと同好会として存続出来るかが不安だ。が、当の龍凰院は「一歩踏み出した」と言わんばかりの満足げな表情である。


「では早速勢力を拡大する策があります。そもそも超能力に興味がある人はそうそういない上に、うちの学校にはすでにオカルト研究会もあります」

 そう言えばそうだった。というか、今のところ純粋に超能力に興味がある人は見つかっていない。まあ普通の人には声をかけづらい感じになってしまっているので変な人ばかり集まってくるのだろうか。

「そこで、超能力を持つ人だけでなく超能力に匹敵するすごい力を持った人材も募集するのです。そうすることで様々な人の目にとまるようになるでしょう!」

「なるほど」


 そう言えば、今朝の超能力少女、名前すら聞いてないけど、あいつも来年入学するんだったか。それだったらそれに対抗出来るようにそういう大きい集団を作っておくのも悪くないかもしれない。もし彼女とは一期一会だったとしても、今後も変な超能力者と出会うかもしれないし、その中には俺に敵対的なやつもいるかもしれない。

「天下を目指すかはさておくとして、色んな人を集めるというのには賛成だ」

 俺が言うと、神流川も頷く。

「私的には天下を目指してもらった方がむしろおもしろくていい」

「……そう言えば神流川のそもそもの目的はそんなだったな」

「ふふ、ようやく私の野望も一歩踏み出しましたね。明日入会届はお渡しします」

 こうして超能力研究会にはまた一人個性的なメンツが増えたのであった。


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