第5話 超能力少女

 翌日。俺がいつも通り学校に向かっていると通学路に不敵な様相でたたずむ少女がいた。具体的には、道路脇の塀に背中でもたれかかり、腕を組み、口元にはほのかな微笑を浮かべていたのだがこちらを見ると獲物を見つけたといわんばかりににやりと笑う。着ているのは近所の中学校の制服で、幼さは残るものの可愛らしい顔の作りとちょこんと飛び出たサイドテールが印象的である。

 一体何なんだこいつは。可愛らしい外見とミスマッチなただ者ではなさそうな雰囲気に俺はびっくりする。おそらくとてもすごいやつかただの馬鹿かどちらかだろう。


 そこでふと俺は気づく。イメージとは少し違うが、確か今朝の予知夢に出てきていた。と言っても俺が道を歩いていると脇でこいつが転ぶだけという大したことのない予知夢なのだが。そうか、こいつ転ぶのか。が、そんな自分の未来も知らずに彼女は俺に声をかけてくる。

「あんたが最近巷を賑わせている超能力者?」

「巷を賑わせていたとは知らなかったが、多分そうだ」

 何で校外にも広がっているんだよ。

「今何でそんなに噂が広まっているんだ、と思ったでしょ」

 今俺の心を読んだのか!? いやがおうにも俺の鼓動は早くなる。

「そうだが……お前もしや超能力者か?」

「うん、そうなんだけど心は読めないや。今のは表情と会話の流れで分かるんだけど」

「俺そんなに分かりやすいのか……ってお前超能力者なのか!?」


 こんなにどうでもいい超能力者カミングアウトを受けるとは思わなかった。せっかくだからもう少しシリアスな感じでやって欲しかった。というか、超能力者であることをそんなにあっさりカミングアウトするなんて大丈夫なのか? それとも俺が超能力者だから仲間意識を感じているのか……

「む、その顔は疑ってるね」

「いや、違うんだけど。やっぱ君心は読めないんだね」

「む……」


 こほん、と彼女は咳払いをする。ちょっと恥ずかしかったのか顔が少し赤い。

「まあそんなことはどうでもいいや。それで何であんなことしたの? 超能力者ってもう少し自分のこと隠そうとするもんじゃないの?」

「君に言われたくないんだけど」

「私は特別だから」

 少女は傲然と胸を張る。彼女からは自信があふれでていて、そう言われると特別な存在に思えてくる。彼女にはやはり何らかのカリスマ性があるのではないか。

「で、何で?」

「俺は他の超能力者を探しているんだ。そのためにはまず俺が超能力を使えることを示す必要がある」

「ふーん。探してどうするの?」

 少女は値踏みするように俺を見る。彼女の方が背が低いのに不思議と俺は見下ろされている気分になる。

「そりゃあ、一人じゃ寂しいだろ。せっかく超能力使えるのに超能力トークも出来ないんだぞ」


 すると俺の言葉を聞いた少女は失笑する。

「そうかもね。でも私、超能力友達みたいに思われるの嫌だから、格の違い教えてあげる」

 そして漫画やアニメで悪事がばれた悪役が開き直るときのようなテンションで不敵な笑みを浮かべる。何でだよ、何で普通に接してるのに急に豹変するんだよ。

「何でだよ、友達になってくれよ」

「うるさい、ひざまづきなさい!」

 彼女が俺を指さすと途端に飛行機が離陸するときのような感覚が押し寄せ、俺の体は地面に縫い付けられる。これではひざまづくというより這いつくばっているんだが。そして俺の心の奥からはこの少女に命令されることに快感すらこみあげてくる。俺は超能力に負け、心でまで負けてしまうのか。

 すると彼女は嗜虐的な笑みを浮かべて俺を見下ろしながら話しかけてくる。

「どう? 私とあなたじゃ友達にはなれないの。分かるでしょ?」

「くそ……相手の心に服従する快感を植え付けて言うことを聞かせるなんて、なんてすごい技なんだ」

「服従する快感なんて知らないんだけど。それはあんたの元からの性癖じゃないの?」

 彼女はスカートをかばんで隠しながら俺を汚物でも見るような目で見降ろしてくる。確かに俺を這いつくばらせている以上、スカートは隠さないと見えてしまうことがある。何て気の回る超能力少女なんだ。

「……まじかよ」

 俺は途端に嫌な気持ちになった。でも考え方を変えれば、俺は心までは彼女に負けなかったと言えるのかもしれない。まあ、自分には負けた気持ちにはなるが。


「何かすごい超能力者って聞いたけど期待外れね。じゃ、また」

「くそ、覚えてろよ」

 ひらひらと手を振ってつまらなさそうに去っていく彼女に俺は捨て台詞を吐くことしかできない。彼女が去って少しすると俺の体を支配していた重力のようなものは消え、俺は立ち上がることが出来るようになる。

「何だったんだあいつは……」

 もしかしたらあいつも超能力を自慢したかっただけの可能性もあるが、こんなに馬鹿にされたままでは引き下がれない。かといって俺の力は予知夢。勝負には向いてないが……と持ったところで俺は天啓を得た。今朝の予知夢で見た彼女が転ぶ道はもう少し先である。

 本来なら「お前は十秒後転ぶ」と宣告して転ぶのを見て高笑いする、ということをしたかったが俺の予知夢は行動によっては避けられるタイプ(いわゆる「一番蓋然性の高い未来」というやつらしい。ちなみに、避けられない未来を見るタイプも超能力界隈にはあるらしい)なので、言った瞬間転ばないよう警戒されてしまいそれは不可能だ。そこで俺は夢の中とは少し違う位置まで走っていき、そこで彼女を見つめる。

「っ」

 すぐに彼女は夢で見たのと同じように転ぶ。が、夢とは決定的に違うことがある。俺の立ち位置が違ったため、彼女のスカートの中が見えたということだ。

「白」

「ぎゃあああああああああああ!」

 俺が呟くと彼女はさっきまでの堂々とした態度からは想像も出来ないほどうろたえた様子で俺を睨みつける。こいつただものじゃないオーラを出せる代わりに時々ポンコツになるぞ。何にせよ、俺は超能力では手も足もでなかった彼女をぎゃふんと言わせ、優越感に浸っている。すると彼女は俺を涙目でにらみつけて、言った。

「いい気にならないでね! 来年あんたの高校に入学してぎゃふんと言わせてやるんだから首を洗って待ってなさいよ! この助平透視能力者! あー、テレキネシスの芝居に騙されるなんて私の馬鹿……」

「いや、違うんだけど」

 最後の方は捨て台詞というよりは独り言だったようだが、勘違いをされていることだけは分かった。今度は透視だと思われたのか。

 ていうか来年うちの高校に来るのか。今回はたまたま痛み分けに終わった(?)ものの、こんなの偶然に過ぎない。俺が恐々としていると不意に彼女は立ち止まって俺を振り向く。

「そうそう、もし私に膝を屈したくなったらいつでもここに連絡してくればいいわ」

 そして一枚のメモを俺に投げた。メモには電話番号が書かれていた。家電の。

「……」

「ふん、あんたみたいな変態に携帯の番号教える訳ないでしょ。じゃ、今度こそじゃあね!」

 そう叫ぶと彼女は先ほどよりも足早に去っていった。やっぱり口ではああ言っていても超能力友達が欲しいんじゃないか? しかし何にせよ、名前も知らない他人の家電にかけるなんて絶対しない、と俺は思った。

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