第6話 炎村樹
その日の放課後。俺と神流川は声をかけられやすいようにあえて一年生や三年生の教室の前をうろうろしていた。ちなみに、今朝のことは少し悩んだが誰にも話していない。荒唐無稽で信じ難い割りに役に立つ情報は少なく、しかも俺は恥ずかしい。
昨日のあれの話を超能力者が知ったら接触してくるかもしれないし、そうでなくても注目はしてくるだろう。だから俺を注目してくる人を探せばいい……そう思っていたが、甘かった。俺は学校中の注目にあっていて、人にすれ違うと二人に一人は俺を凝視した。もはや誰が超能力者っぽいかなどと分かったものではない。
「こりゃだめだな」
「まあ仕方ないさ。それに、まだクラスは残ってるしもう少し歩いてみよう」
「ああ」
この学校は生徒数がやたら多く、三学年で千人近くにものぼる。だから高校の全部の教室前を網羅してうろうろするのも一苦労だ。俺が油断なく気を配りながら歩いていると。一人の男の先輩が俺たちの前に現れた。見た目はややひょろっとした普通の高校生だが、どことなく負のオーラをまとっている。表情もどことなく陰気だ。
「君が噂の超能力者か?」
「そうです」
俺は先輩相手でも構わず胸を張る。そして期待を抱きつぶさに目の前の男を観察する。彼が超能力者であるしるしを見逃さないために。
「それなら超能力者の君にぜひ頼みがある」
「何です?」
が、先輩から出てきたのは意外な言葉だった。
「俺に超能力を教えてくれ!」
「はい?」
まじかよ、超能力者でもないのにここまで超能力を信じるやつがいるのか。いや、でももしかしたら超能力者がそういう振りをしているだけかもしれない。が、男は俺の手を両手でつつむとその場にひざをついて懇願する。
「お願いだ、俺には絶対焼き尽くしたいものがある。でも放火や殺人では捕まりたくないんだ」
俺は確信する。超能力者はこんな阿呆な芝居はしない。後から考えると俺は自分の存在を棚に上げて確信していたような気もするが、そのときはそんなことは思いもつかず、目の前の先輩を白だと判定する。ついでに大馬鹿野郎だという判定もする。
「どうする?」
俺と神流川はどちらからともなく顔を見合わせる。正直こういうのはとても困るし、何分予期してなかったので余計に対処に困る。すると神流川が俺の代わりに口を開く。
「超能力っていうのはそういう私怨のために使うものじゃない。そういう人には教えられませんね」
何か超能力者的に真っ当な理由だ。謎のリアリティがある。
「頼む、これは私怨じゃないんだ。俺と志を同じくする者がこの学校には多数いる」
「数が多ければいいってものでもない。お引き取り願います」
俺は毅然とした態度で断る。そう、俺は超能力者なのだ。毅然とした態度をとらなければ、と自分に言い聞かせる。
「何でだよ、お前たちもリア充がいたら焼殺したいって思うだろ!? 人間なら普通思うよな!?」
「……」
よもやそんなくだらない恨みだったとは。正直超能力者か否かに比べればリア充か否かなんて些細な違いである。リア充は些細な事故でリア充じゃなくなることがあるし、非リア充も努力や運でリア充になることが出来るが、超能力を持っているかどうかは多分そうそう変わらないだろう。
「なら絶対に使わないから! でもほら、自然に起こる火事っていうのは防ぎようがないだろ?」
先輩は目をうるませながら懇願するが、先輩の男に懇願されてもただ哀れみを覚えるだけである。というか自然に起こる火事では人は燃えない。
「とにかくだめだ。俺は弟子はとらない主義なんだ」
弟子はとらない主義、と言うとなんか大物感があっていい。一度言ってみたかった台詞なので俺は少し満足する。それを聞くと先輩は諦めたように立ち上がる。
「それなら最後に一つだけ聞かせてくれ。弟子を探す訳でもないのになぜあんなパフォーマンスをした?」
むしろ弟子を探すのにあんなパフォーマンスをするのだろうか。この人はやはりだめかもしれない。
「俺と同じく超能力を持つ者を探すためだ」
「なるほど……それならこういうのはどうだろう。表向きは普通の超能力研究会を作る。まあ昔の超能力を使ったとされる人や、超能力伝説についての研究だ。それなら同好会に入会するという形で超能力者も自然とやってくるだろう」
「なるほど」
土壇場になって先輩はまともなことを言い出した。確かにあてもなく教室の前をぶらぶらするよりは同好会の勧誘という方がいいかもしれない。神流川の方を見ると彼女もうなずいている。この人は欲望には忠実ではあるがきちんと考えているらしい。
「ついでにビラに縦読みで“真の超能力者募集”という文字を入れておくとなおいいだろう」
いや、やっぱこの先輩は馬鹿だ。縦読みに気づくかどうかは超能力者かどうかとは関係ない。
「確かこの学校の同好会設立要件は五人の参加者を集めることだったな」
おもむろに神流川が言う。ちなみに、同好会は部活とは違って予算はあまり降りないが部室が与えられ、一般下校時間を過ぎての活動や休日の活動も許可される。また、活動実績が認められれば部活動に昇格することもある。この学校は昔はもっと生徒が多かったらしく、空いている部屋がいっぱいあるので有効活用するため設立要件の緩い同好会というものがあるらしい。
「俺が入って君たち二人で三人。あと二人ぐらい何とかなるだろう。超能力を使いたい人は多いはずだ」
「そうですね」
神流川の声は完全に棒だった。これ以上この人と話しても得る物は少なそうだったので俺は会話を打ち切る。
「まあいいでしょう。それなら合わせて会員探しもして、集まったら報告しますので。それじゃ」
「吉報を待っている」
そして先輩は一枚の紙きれを差し出した。
『同好会入会届 同好会名:■■■■研究会 超能力研究会 三年四組 炎村樹』
そうか、この人は炎村樹というのか。今初めて知ったぞ。というか、オカルト研究会と書かれた文字が上からボールペンで消されている。こいつオカルト研究会に入ろうとしていたけど土壇場で宗旨替えしやがったな。それなら今都合よく同好会の入会届を持っていることも納得だ。が、そういうことはおくびにも出さず俺はうやうやしく入会届を受け取る。
「確かに受け取りました」
こうして俺たちは超能力者探しに加えて同好会設立というクエストも得たのだった。
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