第4話 テレキネシス作戦 Ⅱ

「てめえ、ふざけやがって!」

 転んだと言っても所詮よろけただけなので不良は憤然と立ち上がる。このころにはすでに二重三重にギャラリーが出来上がっていた。元々奇人として噂になっていた俺と、不良として有名な向こうの知名度が相乗効果を生み、注目を集めているらしい。それは大いに結構なのだが、この状況を一体どうすればいいのだろうか。

「やっぱあいつ最近調子に乗ってますよ」

「ここらで一発分からせてやらないと」

 取り巻きたちも指をぽきぽき鳴らしながら不良とともに俺の方に向かってくる。これは多少の暴力が振るわれないと済みそうにない雰囲気だ。こうなった以上、選択肢は二つに一つしかない。土下座して謝るか、逃走か。しかしながら膨張していたギャラリーはいつの間にか俺たちを囲んでおり、俺の退路は断たれていた。となれば出来ることは一つしかない。

「そこそこ偏差値高い学校だからって俺たちがぬるい訳ちゃうんやぞ!」

 不良はそう言って右手を大きく振りかぶる。確かに俺もこの学校の治安の良さにあぐらをかいていたところはあったが……


「申し訳ございませんでした!」

 電光石火、俺は額を地面にこすりつけた。

「てめえ、土下座したからって許されると思ってんのか?」

 不良はなおも啖呵を切るが俺に痛みはない。拳は止まったようだ。やはりこの学校の不良はぬるいぞ。とはいえこの先の対応次第で俺はぼこぼこにされる可能性がある。俺はすかさず次の手を打つ。


「これで勘弁してください」

 俺は素早く財布から千円札を抜き取り、不良に差し出す。しばらくの間があった後、乱暴に俺の千円は奪い取られる。思わず顔を上げると不良は相変わらずいかつい表情をしているものの、口角が少し上がっている。千円もらってうれしかったんだな。

「ま、まあ今回はこれくらいにしといてやる。だが、次はねえからな」

「はい、二度といたしません」

「け、運のいいやつめ」

「田村さんの慈悲深さに感謝するんだな」

 取り巻きも捨て台詞を吐いて去っていく。あいつ田村っていうのか。覚えておこう。周りの野次馬も、

「田村にわざわざ喧嘩売るとかあいつ馬鹿だな」

「本当に超能力暴走したのかもよw」

「泣いて謝るぐらいなら最初から調子乗ったことしなきゃいいのに」

「てか千円って……やっぱうちの不良大したことないわ」

 と適当に盛り上がっている。なるほど、不良田村に喧嘩を売ったことは結果的に暴走っぽくなって超能力っぽさは上がったのか。が、野次馬たちの次の台詞に俺の背筋が凍る。


「そう言えばあの箱どうやって動かしていたんだろう」

「見てみようぜ」

 田村のせいで忘れていた、箱の回収を。元々のプランでは俺の近くに箱を回収した後、用意していたドライアイスの煙をばらまいてその隙に神流川が脱出するはずだった。しかし田村への対応のせいでそれどころではなかった。いや、箱が戻ってこなかった時点で作戦は失敗していたが。

 俺は頭を抱えた。これで中から神流川が発見されれば万事休すだ。俺と神流川は救いようのない阿呆として学校中の笑いものとなるだろう。もはや超能力者を探すどころではない。俺は先ほど田村たちに絡まれたときよりもはるかに強い恐怖を感じてその場に座り込んだ。人は本当にもうだめだと思うと体に力が入らなくなるらしい。まだ二年生になったばかりなのに、あと二年近くどうやって高校生活を送ろう……そんなことを考えていると。

「あれ、空だ」

「何か破けてるけど特に何もないな」

 箱を見に行った野次馬たちは驚きの言葉を発する。

「嘘だろ?」

 俺の方が嘘だろ? と言いたい場面だ。一体何がどうなっているんだ、と思いつつ俺も箱を確認にいく。確かに箱はガムテープがはげて一か所の面が開いているが、中には誰もいない。中には神流川が敷き詰めたもこもこだけがあったが、もこもこは箱の移動とは関係ない。

「どうせ何かのトリックだろ」

「でもどうやったんだろう」


 そこでふと俺は野次馬の隅で口元を抑えてうずくまる神流川を見た。それを見て俺の中ですべてが繋がる。あれは……嘔吐をこらえているポーズ。俺も昔バスで酔ったときによくやった。神流川は段ボール内で転がることで移動していたが、途中で気持ち悪くなったのだろう。そして方向感覚を失い、俺の指示を正確に実行することは出来なかった。

 段ボールからの脱出は、俺と田村が注目されている中こっそり行ったのだろう。幸運ではあったが、俺と神流川は特に接点もないので近くで神流川が発見されてもまさか段ボールに入っていたとは思われなかったのだろう。すまない神流川、と俺は心の中で手を合わせた。本当なら今すぐ体調を気遣ってやりたいところだが今の俺には神流川の犠牲を役立てるためにすべきことがある。

「ふう、超能力が暴走すると大変だぜ。あ、それ俺の箱だから返してもらおう」

「まじかよ……こいつまじで気持ち悪い」

「手品の練習か何か? 最近の手品はこういうキャラまで作ってやる訳?」

「信じないのは勝手だが……超能力って実在するんだぜ。でも、まだうまく制御出来てないししばらくは封印だな、こりゃ」

 そして俺はわざとらしく左手で右手を抑え、手を開いたり閉じたりしながら去っていくのであった。


 その後、俺は周囲にじろじろ見られることはあったが、おおむね昨日一昨日と変わらぬ日常を過ごした。違うのは、今までが軽蔑100%の視線だとすると、今日はその中に興味・驚き・畏怖などが少しずつ混ざっていることである。合計で10%ぐらいだが。どうもただの変人から一本筋が通った変人だと思われたようである。

 そんな中、俺の関心は俺がどう見られているかよりも教室に帰ってこない神流川にあった。午前の授業が終わっても神流川は戻ってこない。一体何があったんだ……と心配しながら俺が保健室に向かうと、元気そうな顔の神流川とすれ違った。血色がよく、心なしか肌はつやつやしていて寝ぐせらしき髪の毛の跳ねまである。

「ふう、よく寝た。あ、真壁。朝はご苦労様」

 そう言って彼女はひらひらと俺に手を振ってくる。

「よく寝たじゃねえよ。大丈夫か? ずっと保健室にいたんだろう?」

「ああ。あのときは本当に気持ち悪くて……というかすまなかった、中で回転しすぎて三半規管をやられて方向がまるで分からなくなって」

「いや、作戦考えたときに思いつかなかった俺も悪い。ま、今元気そうで良かった」

「そうだな。所詮酔っただけだし寝たら治った。もしかしたら段ボールの改造で寝不足だったのがいけなかったのかもしれないが」

 何はともあれ元気そうで良かった。

「よし、食堂に行こう。寝たらお腹が空いた」

「お、おう」

 こうして俺たちは食堂に向かう。本当にお腹が空いているのだろう、今日の神流川はカツカレーだった。俺は普通だったのでラーメンを頼む。そしてトレーを持ってお金を払おうとしたところ。

「二人分で」

 そう言って神流川が千円札をレジの人に出す。

「え、どうして……」

 唐突にご飯をおごられた俺は当惑する。ちなみにレジの人は俺の後ろに列が出来ているのを見ると俺の当惑を見なかったことにして、さっさとその千円から二人分の会計を済ませる。

 レジを抜けると神流川はこちらを見てかすかにほほ笑んだ。

「ほら、朝カツアゲされただろう? その分だ」

 このとき俺の脳内を支配したのは“格好いい”という感想だった。神流川は華奢で人形みたいでどちらかというと可愛さを感じさせるルックスなのだが、そんなことは関係なかった。くだらないことではあるが、今朝一緒にくぐった修羅場。俺は千円を失い神流川は体調を崩した。そんな経験が俺たちの間に仲間意識を生んだのだろう。俺もいつかこんな格好よくご飯を誰かにおごってみたいと思うのだった。

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