第3話 テレキネシス作戦 Ⅰ

 翌日、俺は予知夢を見た。予知夢を見始めたせいか、最近は夢と現実の区別がつくようになってきた。いわゆる明晰夢というやつである。俺が見る夢はほとんど荒唐無稽なもので、小中学校の友達と高校の知り合いが混在していたり、ひどいときには二次元のキャラまで隣にいたりするので、その手の夢は予知夢ではないと判断できる。そんな夢が過ぎ去った後、俺は朝の昇降口前に立っていた。傍らにはみかんの段ボール箱がある。この箱は寝る前に見繕ったテレキネシスで動かす用の箱だ。これは都合がいいことにこれからやる作戦の予知夢ではないか。

 いつものようにたくさんの生徒たちが登校する中、俺はおもむろに口上を述べ始める。

「ふはははは、俺は超能力に目覚めたんだ。お前たちにこの力を見せてくれる」

 こちらを見て露骨に不審がる生徒たち。一部の人たちは俺の噂をすでに聞いているのか、「またあいつか」という目で野次馬している。

「箱よ、前に動け!」

 俺が叫ぶと段ボール箱はどさどさと音を立てながら生徒たちの方へ向かっていく。

「これ本当に超能力なの?」

「どうせ何か仕掛けがあるんだろ」

 半信半疑な生徒たちの中、一人制服を着崩した男が現れる。両手をポケットに突っ込み、俺の方を眼光鋭くにらみつける。よく見れば傍らには仲間と思われる男が数人いる。お前はこの前も俺の予知夢に出てきて放課後体育館裏に呼び出してきた人じゃねえか。

「超能力だか何だか知らないが、お前最近調子に乗ってるんじゃねえか?」

 猛然と俺を威嚇してくる。

「すいません、そういうつもりではないんです。許してください。超能力得て気分が良くなってただけなんです」

 平謝りする夢の中の俺。が、夢の中の俺は大事なことを忘れていた。箱を止めるのを忘れていたことだ。箱は先ほどの命令に従って進み、そのまま不良にぶつかっていく。

「ぎゃあああああ! これは全身複雑骨折だあああああ!」

 不良は叫ぶと明らかに箱がぶつかった勢いよりも加速された勢いで後方に吹っ飛んでいく。ただのちんぴらじゃねえか、と思う間もなく夢の中の俺を不良の仲間が取り囲んだ。

「ボスに何してくれてんねん」

「一発殴らんと分からへんようやなあ」

「超能力があるんならこの状況どうにかしてみろや」

 そして男たちの拳が振り下ろされたところで俺は目を覚ました。


 嫌な予知夢だったが、対処法は一目瞭然である。箱の動作をきちんと制御できれば箱が不良にぶつかることはない。それに不良も出てくるものと分かっていれば落ち着いて対処することが出来る。夢の内容を話して神流川と対策を協議したい気持ちもあったが、これもまた秘密。このことは俺一人が意識しつつ頑張ればいいのだ。

 俺はいつもより早くご飯を食、段ボール運搬用の台車を持って家を出て、待ち合わせの公園に向かう。学校のすぐ近くだが、道からは少し外れているため他人に見られることはない。公園に入ると、そこには箱を持った神流川が立っていた。

「おはよう」

「おはよう。やれそうか?」

「ああ、ただ止まれって言ったときは必ず止まってくれ。人にぶつかるのだけが心配だ」

「分かった。気を付ける。頑張ろう」

 そう言って、神流川はおもむろに段ボール箱の中に身を隠す。そう、テレキネシスの種はただ神流川が中に入って動くだけだ。シンプルイズベスト作戦である。段ボールの中は一夜でふわふわした素材で加工されており、居心地の良さが格段に上がっている。そして神流川は人が入るには少し小さそうな段ボールの中にすっぽりと収まった。

「大丈夫か?」

「問題ない。動ける」

 そして神流川は段ボールをのそのそと前後左右に移動させる。神流川は段ボールの中で動いているだけなので動きはすごいもっさりしているが、何の先入観もなく見れば段ボールが勝手に動いているようにも見えなくはない。それに、大事なのは超能力者の注意を惹きつけることであり、未来永劫ばれないことではない。今日の場だけ切り抜ければいいのだ。

「なら行くぞ」

 俺は段ボールを台車に載せると学校へ向かった。

 俺は夢の中で見たのと同じように登校する生徒でにぎわう昇降口前で立ち止まり、叫ぶ。

「ふはははは、俺は超能力に目覚めたんだ。お前たちにこの力を見せてくれる」

 こちらを見て露骨に不審がる生徒たち。一部の人たちは俺の噂をすでに聞いているのか、「またあいつか」という目で野次馬している。やはり夢で見たのと同じだ。

「箱よ、前に動け!」

 俺が叫ぶと段ボール箱はどさどさと音を立てながら生徒たちの方へ向かっていく。よく見ると生徒の中に例の不良の姿も見えた。俺はごくりと唾をのむ。

「これ本当に超能力なの?」

「どうせ何か仕掛けがあるんだろ」

 半信半疑な生徒たちの中、不良が前に出てくる。当然、傍らには仲間と思われる男が数人いる。

「超能力だか何だか知らないが、お前最近調子に乗ってるんじゃねえか?」

「箱よ止まれ」

 俺は落ち着いて、まず箱を止める。神流川は打ち合わせ通りぴたりと止まった。対策がきちんとうまくいったので俺の心には余裕が生まれる。

「これは申し訳ありません。ちょっと気分がよくなってしまってましたが、きちんと箱は制御出来てるので大丈夫でございます」

「おい、なんかその態度腹立つんだが」

 確かに、今のは余裕があるからといってうざくなっていたかもしれない。もはや目的を果たした以上、さっさと撤収しよう。

「ひい、すいません。箱よ戻れ」

 俺が命令すると箱はすすすっと動く……俺の方ではなく不良の取り巻きの方に。

「違う、そっちじゃない! 右だ!」

 テレキネシスの能力者がこんなことを言うのは不自然だがもはやなりふり構っていられない。が、必死に叫んだ甲斐あって箱は何とか取り巻きにぶつかる前に方向転換する。不良の方に。

「何でだ、そっちじゃないって!」

 俺は必死に叫ぶが時すでに遅し。勢いがついていたのか、箱は猛然と不良に向かっていく。まさか自分にぶつけてくるとは思わなかった不良は不意を突かれ、箱にぶつかられてバランスを崩し、地面に転ぶ。

「うわあっ」

「すいません、すいません、沈まれ、俺の超能力!」

 もはや素直に謝った方がいいような気もしたが種明かしすれば神流川にまで累が及ぶし、何より超能力ごっこがばれるのはすごい間抜けである。こうなったらもはややり通すしかない。

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