第2話 神流川奏
が、そんな俺のもとに一人のクラスメイトが歩いてくるのが見えた。神流川奏。人形のように整った顔立ちに長い黒髪、背は低い方なのに堂々としたたたずまいからすらりとした長身を思わせる。が、思わせるだけで実際はかなり背が低い。まるで長身の人がそのまま小さくなったかのようである。
彼女もクラス内では孤立している方の人物で、まだ作戦を実行してはいなかった。しかし、実は彼女こそが超能力者だったのだろうか。超能力がばれるのを防ぐためクラスでは孤立を選んでいたが、俺のように超能力者について嗅ぎまわっている人がいるからやってきたと考えれば辻褄が合う。その場合かなりの確率で俺に悪印象を持っていそうだが。
「やあ、どうしたんだ急に」
俺は努めて平静を装って声をかける。すると神流川は小さく首をかしげる。その仕草がまた可愛らしい。
「私には超能力があるのか聞かないのか?」
しかし発せられた言葉は全く可愛くなかった。正直聞かないのかと言われて聞いても何の意味もないのだが、彼女に聞かない理由を何と説明していいのか分からない。とりあえず相手の出方を見る意味もあって俺は聞いてみることにした。
「じゃあ、君はどんな超能力が使えるんだ?」
俺が言い終わらないうちに彼女はぷっと噴き出して、こらえきれないというふうに右手で口元を抑えながら笑う。
「そwんwなwのw使えるw訳wなwいwでしょw」
ここまで他人を煽るような笑い方を俺は初めてされた。俺はややむっとしたが、目の前で笑っている彼女に何を言っても仕方がないと思い、笑いが収まるのを待つことにする。神流川はしばらく笑い続けた後、まだ口元は緩んでいたがようやく顔を上げる。
「いくら何でも笑いすぎだろ」
俺は憮然とした声で言う。
「ごめんごめん、でもいきなり超能力使えるか聞いてくるなんて頭おかしいだろって思ってな」
神流川はあまり申し訳なくなさそうに謝る。
「そんな他人を笑いものみたいにして」
「いや、むしろ何で今まで笑いものにならなかったのかが不可解なんだけど」
急に神流川は真顔になる。まあそうだが、不愉快ではある。
「で、今は俺を直接笑いにきたのか?」
「悪かった、半分ぐらい違うって」
「半分あたってるじゃん」
あんまり謝られている気はしないが、神流川は半分も笑ってないならいいと思っているらしく、首をかしげる。その姿は可愛らしく、見ているとただ笑っているだけで悪気はなさそうだしまあいいか、という気分になってくる。
「実は私は超能力ものの小説を書いているんだが、なかなかいい展開が思いつかなくてな。いくらフィクションでも無から有を生み出すのは難しいからな。ファンタジーとかだって、元々あるファンタジーの世界観をある程度土台にしてる訳だし。困っていたところにおもしろいやつがいるという噂を聞いたから、会いに来た訳だ」
半分っていうか八割ぐらい当たってるような気がするんだが……まあいいか。割合の話をしても仕方ないし。
「へー。しかし小説のネタにされるのは何というか、照れるな」
「それで笑うタイムは終了にして、ここから取材する訳なんだが……ぶっちゃけ何でこんな奇行に及んでたんだ?」
今の神流川は俺をバカにするでも笑うでもなく真剣な瞳で見つめている。これはこういう奇行に及ぶ人間がどういう動機を持っているのかに対する純粋な好奇心なのだろうが……しかしだからといって本心を答える訳にもいかない。
とはいえ、これからも超能力者探しをする以上、超能力者を探しているということは伝えなければならないだろう。超能力者を探す理由として第一に思いつくのが超能力者狩りだが、普通に考えて超能力者狩りをしている人間は怪しまれる。それに神流川が本気で小説のネタを探しているのならばそんなことをしている人間がいたらずっとつきまとってくるかもしれない。となれば、このあたりが無難な線だろう。
「実はこの前超能力者を見てさ、それで実は結構世の中に潜んでいたりするんじゃないかと思って」
これでもかなり無理があるが、まあ無理がある行動をしているのだから仕方ない。
「え、この前見た超能力者って!?」
当然神流川は食いついてくる。ここで気の利いた超能力者像を言えれば良かったのだろうが、このまま根ほり葉ほり聞かれたら下手なことを言ってもぼろが出るだけだ。
「悪い、実は口止めされちゃってさ。あんま超能力使えるとか言いふらさないでって」
「ふーん。普通ならただの与太話だと思うところだが、こんな奇行に及んでいる以上全く嘘という訳でもないのだろう」
神流川は腕を組んでぶつぶつと分析を進めている。確かに見た超能力者というのを俺に置き換えたら事実である以上、彼女の推理は当たっている。しばらく彼女はうんうん唸っていたが、やがてぽん、と手を打った。
「よし、それならこうしよう。私も超能力者探しに協力するから、見つけたらその人は二人で山……いや、二人で一緒に知り合いになろう」
今山分けって言おうとしなかったか。超能力者をお宝みたいに言うのはやめろよ。とはいえ、俺さえ超能力者であることが知られなければ超能力者のことが知れ渡るのはいいことだ。そしてゆくゆくは超能力者が安心して暮らせる世界を築いていけたらなおいい。
「分かった。その提案、飲もう」
俺たちはどちらからともなく右手を差し出す。そしてがっちりと握り合った。神流川の手は小さかったが、俺に負けないぐらいに力に満ちていた。超能力者についての興味があるのだろう、ということが伝わってきて頼もしかった。
そんな訳で、俺たちは早速その日の昼休みに作戦会議を開くことにした。場所は学食。お互い一人席ばかり使っていたせいで危うく一人席の方に行きかけたが、今日はちゃんと二人用の席に向き合って座る。
「それでまず最初に聞くんだが、あの奇行にはどういう意図があったんだ? あれで超能力者が見つかるとは思えないんだが」
神流川がうどんをすすりながら口火を切る。俺はカレーを口元に運ぶところだったが、運ぶ前に質問を受けてしまったので食べられない。
「実は……」
と俺は“ゼロ距離ストレート作戦”の全貌を語った。
「……いや、それ仮にうまくいくとしても最初の数人だけじゃないか」
「それな。やる前に気づいたら良かったんだけどな」
俺はそう言って力なくカレーを口に運ぶ。
「で、そっちは何かいい案があるのか?」
「うーん、授業中色々考えてみたけどやはり私には超能力者の気持ちが分からなくてな。やっぱり同志を見つけたいものなのか?」
「まあ、そりゃあ……」
言ってしまってから俺は失言に気づく。これじゃまるで俺が超能力者みたいじゃないか。
「……と思うけど、知らん。思うだけだ。でもあんまり知られたくはないって俺が見た人も言ってたぞ」
「なるほど。それならこういうのはどうだろう。君が超能力に目覚めたということにして、そういう噂を広める。そこに食いついてきた人は超能力者の可能性が高い」
「確かに……一般人は超能力者にそんなに興味持たないからな。でも一体どんな能力に目覚めるんだ?」
「ファイアーボールとか?」
「それ超能力じゃないだろう。そんないい加減なことで超能力小説とか書けるのか?」
「ああ、パイロキネシスって言うんだっけ。超能力者業界だと」
「今までファンタジー業界にでもいたのか」
というか、ファイアーボールとパイロキネシスは違う気がする。超能力に目覚めた俺が超能力者の振りをするというのも不思議な話だが、確かに神流川の言っていることは理にかなっている。
「で、あとはパイロキネシストになる方法か」
「ただ何かのトリックで火が出るだけではだめだ。話題性があって、かつ超能力者っぽい演出で火をつけなければ」
話題性のある発火……どう考えても放火しか思いつかない。なぜなら現代社会では火をつけるべきところには火をつける設備が整っている以上、超能力で火をつけるのはただの犯罪だ。
「……やめよう。火はつけたくない」
「そうだな。無難にあの動かすやつとかにしておくか」
「テレキネシスのことか?」
「ああ、そうそれそれ」
こいつ本当に超能力小説を書く気があるのか?
「という訳で、頑張ってテレキネシスしよう。朝の昇降口前とかが一番注目が集まりやすいし、そのあと朝の時間に話題になるはずだ」
「そうだな。後はどうやってテレキネシスを演出するかか」
その後俺たちは打ち合わせを重ね、何とか作戦を考え出した。
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