超能力研究会
今川幸乃
第1話 予知夢
俺、真壁盈はちょっと思い込みが強いだけの普通の高校二年生だった。……最近超能力に目覚めるまでは。昨日とか今日じゃなくて“最近”というのは具体的にいつ目覚めたのかよく分からないためだ。
最初はただの偶然だと思った。夢の中の一幕に通学する場面があったのだが、俺が歩いていると目の前を白い猫が横切った。俺は起きた後数分で夢はほぼ全部忘れるタイプなのだが、その朝だけはなぜか鮮明にその光景を覚えていた。白猫の額に黒い点があること、道路脇に生えていた雑草に花が咲いていたこと、といった細かいことまで覚えていた。それからいつも通りに登校したのだが、夢で見た道にさしかかって花が咲いた雑草を見た俺はデジャブを感じた。本当に猫は通るのか。俺がごくりと唾を飲み込むとはたして猫は俺の前を通過した。思わず額をのぞき込むとそこには夢の中と同じ黒い点があった。
それはそれですごいことだったが、人生に一度だけ奇跡やすごい偶然が起こることは一般人にもあるかもしれない。だから俺が超能力だと確信を持ったのはそれから数日間予知夢を繰り返し見てからだった。
それから俺は色々と本を読んで研究を重ねた。うさんくさいオカルト雑誌から超能力ものの漫画、超能力がちょっと出てくる横でラブコメしているラノベ、さらには権威あるオカルト雑誌から主人公が超能力ばりの鈍感なラブコメまで様々な本を読んだ。
その結果、俺は一つの確信を得た。俺は超能力に目覚めて調子に乗っている(今はそうでもないが、この確信を得るまでは調子に乗っていた)が、世界には同じように超能力に目覚めている人物が多数いる。そしてそいつらは超能力の存在を世間から隠す、もしくは秘密裡に超能力を使って世界を牛耳る秘密結社を作っている。この世界の超能力者業界がどうなっているかは不明だが、超能力者という存在が一定数存在する以上何らかの組織が統制していることは間違いないだろう。だから俺が超能力を使えることは隠さなければならない。
ちなみに超能力者を見つける超能力を持つ者がいるという仮説もあるが、それは見なかったことにした。そんな訳で俺はせっかく予知夢の力を得たのにそれを誰にも話さず、せっかく予知夢で知った小テストの答えもわざと書かなかった(冷静に考えると昨日授業でやったところだったし書いてもよかったと思った)。さらに超能力の秘密を守るために人付き合いを避けた結果新学年早々クラス内でも孤立した。
しかし孤立した学校生活を送るうちに俺は悲しくなった。確かにここまですれば俺が超能力者であることが露見する可能性は低いだろう。しかしこのままこの先の人生を見えない秘密結社の影に怯えながら生きていくのだろうか。いや、そんなのは嫌だ。おそらく俺の他にも超能力を持て余している人間がいるはずだ。そういう人たちを見つけていざというときに助け合ったり、超能力についての情報交換をし合ったりするコミュニティを作れば向こうも容易には手出しできないかもしれない。
それに、仲間を集めれば正義の超能力者の秘密結社にも出会えるかもしれない。だから俺は超能力者を探すことにした。とはいえ超能力者を探す超能力を持つ訳でもない俺がどうやって超能力者を探すのか。考えに考えを重ねた挙句、俺は一つの方法を選んだ。
「おはよう」
俺は今まで挨拶すらかわしたことのなかったクラスメイトに声をかける。
「お、おはよう」
向こうも戸惑いながらも一応挨拶を返してくれる。ここですかさず畳みかけるのだ。
「ところで君はどんな超能力を使えるんだ?」
「は?」
俺の言葉を聞いた瞬間クラスメイト、田中君の表情が困惑に染まる。その表情を見て俺は確信する。こいつは超能力者じゃない。これこそが俺の作戦、“ゼロ距離ストレート”である。何気ない挨拶で相手の至近距離に飛び込み、いきなりストレートを投げつける。これで相手の素の反応が得られるのだ。田中君の表情はただの困惑で、間違いなく超能力に心当たりはない。確信を得た俺は速やかに撤退することにする。
「そうか、君は違うんだな。それならいいや、またね」
俺はそう言って手を振ると軽やかな足取りで去っていく。
「は? お前こんなに頭おかしいやつだっけ?」
田中君の反応もなかなか上々だ。俺は今ただの頭のやつと思われているはずで、まさか本当の超能力者とは思われていないだろう。なぜなら本当の超能力者はこんなアホなことは言わないはずだからだ。
「おい、まじでそれだけかよ真壁。他に言うことはないのかよ」
「すまんな、変なこと聞いて」
俺は作戦が完璧だったことに気を良くして次に向かう。何人かにこの作戦を実行した結果、反応は以下のようなものだった。
「何なんだよ急に」
「気でもふれたか?」
「あ、真壁君ってそっち系の人?」
「てめえこの俺にそんな口を利くとは調子に乗ってんのか? 放課後体育館裏に来いや」
聞いて回ったが、皆心当たりはなさそうだった。ちなみに最後のは予知夢でこの反応を見てしまったので実際には聞かずにすんだ。
そしてこの作戦を始めた次の日の朝には俺が教室に入ると数人のクラスメイトが明らかに俺の方を見てひそひそ話をするようになっていた。事ここに至って俺は誤算に気づいた。思ったより自分がクラスから疎外されているということではない。それは計算の内である(それでも涙が出そうになった)。
自分の存在がここまで警戒されてしまうと、本物の超能力者がいても素の反応を返してくれるとは限らないということだ。ゼロ距離ストレート作戦はゼロ距離からストレートを投げることに意義があるのであって、遠くからストレートを投げても何の意味もない。これではただクラスから孤立しただけではないか、と俺は愕然とした。そしてうなだれながら自分の席に向かう。昨日との落差にクラスメイトたちも戸惑っているようだったが知ったことではない。
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