第11話

 木扉を開いて、足を踏み入れた。やはり冷やりとする。螺旋型の階段を上っていこうと。右足を出して、視界の右端に映ったものに惹かれた。

 あの少年だと、僕は即座には思えなかった。だが、この写真に映っているのは紛れもなく僕だ。記憶が蘇っていく。

「道流さん、どうしたの? その写真・・・・・・」

 僕が返事を返そうとすると、今度は深琴の方が息を止めたように固まった。僕たちは見つめ合った。

 悲しいような嬉しいような、おかしな感情になった僕の心臓がいたい。

「具合が悪そうです、道流さん」

「うん、ちょっと休ませて」

 深琴に支えられ、なんとか階段を上りきり座り込んだ。入り込む海風が思いのほか冷たいもので、火照った体を冷ますのにはちょうど良かった。

「きっと、写真のせいね」

 深琴の膝に頭を載せていることにも、意識がいかなかった。ただ、深琴の服はいい香りがした。

 昼間から夕方にかけて僕は寝ていたらしい。日暮れの暗さに目が覚めた。

「元気になった? 」

「・・・・・・だいぶ楽にはなったかな」

 それはよかったと、深琴は海の方を見る。僕はその行動が急に気になった。

「なんでそんなに、海を見ているの? いつも、いつも」

 いつもとは、ここ最近の話ではない。あの荒海に飲み込まれそうになった日まで、既に深琴のことは知っていた。と、我に返る。

「きっと。僕があの時、あそこにいたのは。そうだね、君に話しかけようとしたんだ」


 どうしても、深琴が気になって仕方なかった。



「ねぇ、疑問なんだけど聞いてもいい? 」

 僕たちは塔の中からさざ波を見て聞いていた。深琴は「はい」と返事をする。

「塔にいる間、深琴はどう生きていたの? 」

 深琴はとぼけた顔をした。そしてその後ろで軽いものが落ちた音が聞こえた。そこには一つのパン。飛んできた方を見ると、丸い淵に例のヤツが立っていた。

「ワシが世話をみてやってるんだよ」

 くろ、と思わず呼ぶと黒ねこは猫らしい威嚇をして僕の目を鋭く見つめてきた。

「・・・・・・どうして、そんな怒ってるの? 」

「名前が単純過ぎるんだオメェさんは!!! 」

 大迫力ではあったが、怖くはなかった。この猫は僕の名付けセンスが単純過ぎると言ったが、僕は僕で反対に単純な猫だと思った。

「・・・・・・まだ、僕は君の名前を知らない」

 わずかな悲哀を込めて、僕はゆっくりと瞬きをした。

 人間もそうだが相手をじっと見つめるのは失礼に当たるときがあるからだ。

 そうだっけか、と猫は唸りしばらく前足を舐めてから言った。

「ワシの名前は、無い」

 無い、と黒はあくびをした。話すだけで、やはり本質は猫なのだろう。僕は「そうなんだ」と会話を終わらせた。

「それより深琴はまだここからは出ないの? 」

「・・・・・まだ居るわ」

 横から見た深琴は、暮れかけの太陽に瞳を輝かせていった。

「・・・・・・ケッ」

 窓際で黒はくしゃみのような空咳をした。どうしたのかと思えば、深琴と同じように海を見つめている。

 日暮れ時の太陽は、既視感のある懐かしさで心を苦しめる。僕は目を天井の一点に写した。

「・・・・・こいつ、まだ親を信じてるのか」

 黒ねこの言葉に、聞こえないふりをした。

「深琴、一度でもいいからここを出てみない? ほんとに、ちょっと話したいことがあるんだ」

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