第8話

 店を出ると、深琴は一本に結ばれたひと束の髪を気にした。そこには青い髪留めが施されている。

「似合ってるよ、どうしたの?」

「心配おかけしてすみません、嬉しくて」

 僕は前へ歩き出した。僕は忘れていた、少年のことなど。白くて柔らかい深琴の腕を引き、歩いていく。どこへ行くのかと聞かれたので、青い場所だと答えた。幼い君は無邪気に微笑む。きっと、海だと。

 思えば、そんな与力はなかった。色や景色の移ろいなどは、視界に入ってても無いのと同じだった。ただ、急に青を思い出した。

「透き通るような青ですね」僕はそう言った深琴の顔を見つめる。小さく笑んだその表情の変わり方。それを見れただけで満足した。

「ねぇ、深琴。深琴の目はとても綺麗だ」

 僕がそう言うと、目をくりくりとさせて見上げる深琴は胸がくすぐったくなる。

「ありがとうございます。でも、貴方の首に掛かっているペンダントの方も、とても綺麗でしょう」

 僕には珍しくもそれを触らせた。そこで、頭に入り込んだ言葉。

「もし、人生を歩む上で大切なパートナーを見つけたら、このペンダントをあげなさい」

 僕は目を擦った。深琴の背後にやはり佇んでいる少年を。

  まだあの青が脳裏にこべりついて離れないまま、僕は深琴と道を歩いていた。繋いだ手は柔らかい。彼女の横顔は線が細く、輪郭ははっきりとしている。まるでひとりの女性を絵にしたかのようだ。

 白い鳥が、一匹羽ばたいていく。空を登る飛行機雲のように。

 深琴、と名前を呼ぶ中途に彼女が振り向く。僕はしばらく呼吸を忘れた。深琴の瞳はとても真っ直ぐで、意思を持っていたからだ。

「道流さん、私はもう帰らなくてはいけません」

 なぜだ、と言う前に深琴は僕の横をすり抜けた。手を、離さなければよかったんだ。この時ばかりは、手を離して歩いていたんだ。

 

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