第7話

 好奇心に満ち溢れていることを隠せていない目の色をしていた。

 この店は、郊外にぽつんとあるおじいちゃんの家から徒歩三十分約の小店だ。

 中でも深琴の気を一心に感じとられるのは、アクリルカップ形状のキャンディーボックス。彩り豊かでカラフルなキャンディーの詰め合わせは、たしかに女の子の気を惹きそうではあった。

「それが、欲しいの? 」

「・・・・・・いいえ」

 僕がそう問いかけると走って逃げてしまった。なぜあんなにも逃げるのかと、内心彼女を疑った。ただ子供みたいだなと、おかしな気持ちにもなった。おかしいと言っても、決していやらしい感情はない。・・・可愛いと、思っただけだ。

 見え見えな彼女に歩みを進めると、後ろの方から笑い声が聞こえた。深琴ではない、もっとしわがれた声だ。

「なぁに、今日は龍が涙を流すかな」

 ほっほっほと高笑いするこの老人は、この店の主人だった。慣れた顔であるから、慣れた口ぶりにもなる。

 龍が涙を流す、という言葉はこの地域の独特ないい表しだ。この地域には古代から伝わる伝説があって、その中で龍はとても貴重な存在だった。そんな龍が涙を流すのをめでたいと言われてきたのでこの言葉だ。

「トメお婆さん、僕に龍が涙を流すなんて贅沢な言葉は似合いませんよ」

 そういうと、「こら」と頭を手で叩かれる。

「謙遜しろとは言うが、自分を卑しめなどと言うのは言ったことがないぞ」

 わかったかと言われて、わかりましたと答えた。たく、親でもないのに。

  トメお婆さんは、独特の臭いがする。薬品の臭いだ。様々な薬品を調合していると、その臭いが染み付くらしい。

 そう言えば、この店にきたのはいつぶりくらいだったろうか。このような無駄な脳の浪費を溜め込んで僕はどうするのだろうか。

 最近、自分の体の中のどこかが突然変異を起こしていると本気で思い込むようになった。ゆっくり、じわじわと何かぎ侵食するようだ。

「まさかねぇ、道流が女の子を連れてくるなんてねぇ」

 隣を見ると深琴は小さく笑って、ちゃぶ台の上のキャンディボックスを見ている。きっと初めて見たに違いない。

「深琴、それは食べるものだよ」

 忠告すると、深琴は目をぱちくりさせた。その代わりにまた鉄拳を喰らう。

「当たり前だろう、バカにするのはやめることだね」

「だって、深琴・・・・・・」

 そこで我に返る。押し黙り、彼女を見る。青い瞳。ガラス玉のように、映るものを全てに光を見せている。

 けれど、いる。その目の奥に、青い目の少年が。



 なぜトメ婆さんの亀屋に深琴を連れてきたかと言えば、僕が提案したのじゃない、彼女自身が自ら連れて行ってくださいと志願したからだ。

「どうして、急に外に出たくなったの?」

 今まで深琴は家より外に出たことはなかった。なのに今更、家を出たいと言い出したのだ。

「・・・・・・私にとって、『外』というものは『恐怖』であり『憧れ』でもありました」

 ですが、と深琴は俯く。次に発せられる言葉震えていた。

「でも、道流さんが外に連れ出してくれたとき何もかもが美しい世界に見えました」

 僕はなぜかあの時、君に外を見せてみたいと思った。君がどんな顔をするのが、どんな顔で笑うのか。見てみたくなった。 深琴は続ける。

「初めて踏み締めた地面は、冷たかった。でも、とても胸がわくわくしました。だから、もう一度外に出てもっといろんな景色を見たいって思ったのです」

 僕は茶葉を飲んだ。右隣のトメ婆さんを見る。トメ婆さんは深琴の湯のみに茶を淹れて黙って渡した。

「何があったのかはわからんじゃが、その薬茶を飲みなさいきっといい事があるじゃ」

 僕たちと婆さんは、しばらく黙った。

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