第6話
おじいちゃんは、僕と深琴を前にして珍しくはっきりとした口調で話し始めた。
「深琴ちゃん、いつも道流をありがとう。感謝している。道流は、深琴ちゃんが来てから表情が豊かになった。・・・・・・本当の話をしていいかね」
深琴はこくりといつもの体を見せる。
「初めて深琴ちゃんをみたとき、私は驚いた」
僕は心の中でそれを肯定した。だが、続く言葉にそれ以上に驚く。
「君は、とても穏やかで温かくて。何よりも人らしく見えた」
大げさかもしれないが、我が耳を疑った。
「だからだ、私は君にここに住んでもらうことにした。その事を、私は後悔していない」
それだけ言うと、おじいちゃんは微笑んだ。僕らは席を離れる。一度だけ振り返ると、おじいちゃんはまた居眠りを始めていた。
「深琴、僕はこれから買い物に街を出る。ついてくるか?」
「いいえ、私は今日は読書の気分です」
そうか、と僕はドアを開けた。
おじいちゃんは、時々遺言を残すように話すことがある。その内容は大抵そんなに大層なことではない。
だがきっと、おじいちゃんは言いたかったのだろう。胸にふわふわ浮かんだ黒いものが居座っていることも、今日は無視をしよう。
僕は何が本当のことで何が嘘なのか全くわからなくなった。言っては悪いが、深琴は今でも不気味だ。あの取り繕った笑顔が苦手だ。
買い物の済んだ僕は、街を歩く。朝のウェスタード街はとても清々とする。不気味な街並みが、この時間だけとても綺麗に輝く。丁度、この街が雨粒が照らされているように。
ウェスタード街を抜けると、水の街、アルスライン街に入る。いつもは淀んでた一面の水も、散りばめた宝石のような眩さを見せている。
目を擦る。ぼやけて見えないが、少年が向こう側に一人で立っている。客船を待っているのだろうか、そう思ったが今日は全国的に船は走らない。
風が僕のシャツを膨らませて走っていく。少年の目が、冷たい空気の中であの太陽に照らされた。青かった。視界が晴れるのと同時に少年は消えた。胸の鼓動が早い。
「だめだ。み、こと・・・・・・」
君の瞳が、離れないよ。あの鬱蒼とした瞳、今でも憶えている。あの初めて触れられた頬の温かさが、生々しい。
僕は、首元に下げている物を手にとった。あの少年の目の色に似ている、空色の雫のペンダント。光の当たり具合に変わって、揺らめいている。
「お母さん。僕はまた、弱虫になってしまいそうだよ」
お母さんと、ほらまた。
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