第4話

 木枯らしも昨晩で消え去ったようだ。窓に貼り付いた新聞紙の破片を剥がして丁寧に丸めてゴミ箱に捨てた。

 おはようと、先程までシングルベッドで寝ていた深琴に微笑む。深琴はそんな僕を見て、哀れみのような表情をした。その彼女の頬に手を当てる。やはり、温かい。

「深琴、君は。君は、最初からそんなだったの? 」

 森の茂みのように荒んでいたはずの深琴の瞳は、空のように澄んだ青になっている。

「・・・・・・わかりません」

 そう言ってまた小さく微笑むのだ。人形のように見えていた彼女が。まるで母性に溢れた顔をする。焦燥感が襲う。頬まで伸びてきた手を片手で受け取って、テーブルの前の椅子に座らせた。

「木枯らしはどこかに行ってしまったよ。下を見てごらん、人がちらほらと歩いている。」

 彼女の瞳が疎ましかった。そんな哀れみの瞳で僕を見ないで。昨夕の僕の頬の冷たさを忘れられない。

 白い外壁のおじいちゃんの家の庭には、太陽の恵みを受けて健やかに育った橙色の花が咲いている。その花の傍があいつは好きだった。よく、その花の前で気持ちよさそうに呑気に寝ていたのを覚えている。

 見あげれば、大きな花が僕を見下ろす。花に手を添えれば、まるで花まで悲しんでいるようだった。僕も、こいつの花の麓で本を読んだものだ。ひだまりは、僕を包み込む。僕は目を閉じた。

 手を合わせれば、愛していたあいつとの想い出が頭の中に巡る。また、一人ぼっちになってしまった。

「とても、悲しそうな顔をしていますよ」

 背中の方で声が聞こえて振り返る。深琴はまた例の視線を僕に向ける。また、僕は笑う。心配しないで。哀れまないで。

 けど、深琴が僕を抱きしめた時、世界の色が変わった。そうだ、あの蒼さは。

「涙が溢れているのに気付かないのですか」

 その、蒼い目は僕の目の青さでもあった。小さな頃の僕が奥に一人で立っている。そして僕を見つめている。

 頬に手を当てると、涙で濡れていた。また僕は瞬きをする。涙は直ぐに引っ込んだ。

「み、こと」

 胸の沈殿していた澱を出そうとすれば、のどにつっかえた。深琴は、微笑んでいる。

「今の、僕には、何も、言葉をかけないで」

 わかりました、と深琴はただ僕の背中を手であやした。止まった涙も止めどもない。ただ僕がどうして泣いているのか、理解が追いつかなかった。

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