第3話
ロッキングチェアに揺られながら、窓からの風を受けて眠っている。側の木目調のデスクには万年筆。紺碧色のインクが沁み込んでいる。僕はそれを当たり前のように知っていた。
「おじいちゃん、疲れて寝てしまったんだ」
とりあえずと、僕はコートを脱いでおじいちゃんに掛けた。そして部屋のシェードつきのランプを消して、ランタンの蝋燭に明かりを灯す。丸いサイドテーブルに置かれたカップにフタを被せた。
深琴は手持ち無沙汰のようすで突っ立っている。僕はその手を繋いで、おじいちゃんの右側から本棚の後ろに入った。本棚で仕切られている僕の部屋だ。とりあえず声をかける。
「ここに座ってね。そしたら、僕は食べ物を持ってくるよ」
彼女はまた頷いた。まるで意識がないように従順の体を見せている。そういうところを不気味に思っていたけれど、自分の頬に手を当てる。まだそこには彼女の温もりがあった。そして、その体温に自分の冷感があった。
深琴はウッドチェアに腰をかけて、ただミルクのたっぷりと入れた茶葉茶を飲んでいる。
時折、深琴は喧騒を起こしている木枯らしを見る。みぞれに混じって木の葉も巻き込まれている。
「・・・・・・もうこんな季節か」
窓から顔をそらせば、深琴はうたた寝を始めていた。僕は彼女を観察するのをとても面白く感じていた。
「・・・・・・静かだ」
オルゴールも、いつしか鳴り止んでいた。聞こえるはずのおじいちゃんの声も、いつものように聞こえない。
机の上に順序よく並べた本の中から、厚い皮の日記帳を開いた。ペン立てから青いインクの万年筆を持ち出して、文字の羅列を作っていく。
何かを書こうとして、一向に僕は困る。なにを綴ろうか、なにを祈念しようか。深琴を横目で見てから、筆は進みだす。何かを書かなくては。生きる証を、書かなければ。僕の心は常にその焦りだ。
食べ物を美味しいと感じたのはいつぶりだろうか。その記憶は遠いところで消えてしまったのだろうか。だいだい色の耐熱性のある皿の熱ささえ感じた。
シチューの味が舌にまだ居座っている。目の前に座るおじいちゃんの白髪を視界の端に、ぼけっと虚空を見ていた。
「道流。昨晩はいつ帰ってきたんだい」
昨晩よりむしろ、まだ日も暮れない頃に帰ってきたよ。と僕が答えるとおじいちゃんは安堵したように微笑んだ。
「おじいちゃんは、居眠りしてたよ」
耳を澄ませば、夜明けのオルゴールが流れている。落ち着いてはいるのに、陽気さを魅せる音。
ドアを開けると、うさぎが座って奏でている。
けれど、やはりうさぎは不気味な笑みを浮かべている。生きてはいるのに、生きていない。
おじいちゃんの家のドアには、ステンドグラスが張り巡らされている。白く透き通るうさぎと目が合った。ドアがしまる。深琴はまだ寝ている。
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