第38話「安否」

「クレア様!」


「クレア先輩!」


「あっ……!」


僕はメリッサに掴まれた手を放し床に倒れていたクレア先輩に駆け寄っていく。それと同時にまわりにいた執事も同時に駆け寄ってきた。


「はぁ……はぁ……」


「熱はなさそうにみえるけど……」


「医療班を呼んで来てくれ!早く!」


執事の人が先導し、クレア先輩を介護する。


「とりあえず、頭を高くして……楽な姿勢にさせないと」


数人がかりでまわりの椅子などを退かし、スペースを作っていく。しかし僕は今クレア先輩を介護している執事に怒っていた。


「何でこんな倒れるまで放っておいていたんですか!?クレア先輩が顔色が悪かったりしてたのはわかっていたでしょう!」


「申し訳ございません……」


「僕に謝ったって……しょうがないでしょう……!」


「私どもも気付いてはいたのですが、クレア様が大丈夫だと……皆様の楽しい一時に水を差したくないと強くおっしゃってまして……」


ひたすら僕らに平謝りする執事。


「……そう……だったんですか」


そしてしばらくすると医療班がやってきてクレア先輩を担架で担がれていく。


「ハァ……ハァ……」


物凄い苦しそうだった。そして担架で担がれ部屋を出て行った。


「でも……今日は休日だし病院も人手不足なんじゃ……」


「いや……ジェシカ、それに関しては大丈夫だと思う」


「はい、ノエル様のおっしゃる通り大丈夫でございます」


クレア先輩の執事がそう答える。


「この屋敷には専用の国立病院と同等かそれ以上の治療室が完備されており、お医者様のほうも常駐しています。なので心配はご無用です」


「良かったぁ……」


そう、クレア先輩はフィールランド連合王国の王族の人間だ。万が一でも命の危険があってはならないのだ。でも先ほどの体調不良は下手をすれば命の危険だってありえた。でもこの執事の人はそんな状態でもクレア先輩の命令を優先した。それほどまで王家の命令というのは重く絶対なのだろうか……。もしかしたら僕らが想像している以上に主従関係は重いのかもしれない。


そしてクレア先輩が部屋から運び出されしばらく静寂の時間が訪れる……。


「……どうするよ?」


重く静寂の部屋の中でアレックスが口を開く。


「どうするって……アンタ?クレア先輩があんな状態になったのにパーティー続けようっていうの?」


ジェシカが怒った口調でアレックスにそう言う。


「い、いや……そうじゃなくて……その……俺らがここにこのままいてもいいのかってことだよ……」


「そっか……ごめん……」


そして再び静寂に静まる部屋。


「ねぇノエル……クレア……大丈夫かな……?」


心配そうにアイリが僕に言ってくる。


「大丈夫だよ……クレア先輩ならきっと……」


「うん……そうだよね」


「あの……執事さん」


「はい、何でしょうか?」


「アイリのために開いてくれたパーティーは……その……続けられる雰囲気じゃなくなったんですけど……クレア先輩が心配ですし……どこかで待ってても構いませんか?もしかしたら体調が良くなって戻って来た時に僕達がいなかったらクレア先輩も落ち込むと思いますから……」


僕がそう言うと執事の人が少し難しい顔をしながらも口を開く。


「……わかりました。ではクレア様をお待ちになる方達はこの部屋を引き続き使ってくださって構いません。お帰りになる方はお車をこちらで用意させていただきます」


「ありがとうございます」


「いえ……お気になさらずに」


「あの……みんなはどうする?」


「私も待つわ」


「私も……」


「俺も待たせてもらうよ」


そして僕ら全員部屋でクレア先輩の体調が回復するのを待つことにした。そして時計の針が刻一刻と静かに進んでいく。


「しかしクレア先輩が倒れるまで我慢してたとは思わなかったな」


「うん」


「普段おっとりしているし全然そんなイメージなかったけど、やっぱ王家の人間で他人の上に立つ人間だからこそ弱みを見せられなかったんだろうな」


「ねぇノエル……」


「ん……何アイリ?」


「クレアってこんな凄いお家に住んでいたり、たくさんの人が付いていたりするのは何で?」


「ん~それは僕らは一般庶民でクレア先輩は王族だからね」


「王族だから凄いの?」


「ん~そうだなぁ……じゃあアイリには軽く説明しておこうか」


「うん」


「僕達が今住んでいるこの国、フィールランド連合王国は120年前は元々は3つの国に分かれていて、その3つの国の名前がイシュタルト王国、ローデンバーグ公国、レイジンド王国っていう国で分かれていたんだ」


「うんうん」


「で今から約100年前イシュタルト王国の王族を中心に隣国アルスティン王国に対抗するために3つの国を1つにしようっていう提案をしたんだ。もちろんこれには反対する声も多数あってスムーズにはいかなかったわけ。そのまま3つの国のままで現状維持の反体制派と3つの国を1つにしようっていう体制派に分かれて戦争が起きたんだ。これを後に連合統一戦争って呼ぶんだけど、結果は体制派が勝利して3つの国が1つになったんだ」


「へぇー」


「で、その中でその連合統一戦争で最も貢献したのがフィールランド王家でその功績からフィールランド連合王国っていう名前になったんだ。でもその後にそれぞれの王族の話し合いにより王政の廃止を提案。政治体制は立憲君主制に切り替えて国民主導の民主主義の確立。これにより完全にではないけど王族の政冶的権力はほとんどなくなったわけ。今のフィールランド王家は国の象徴で、仕事は主に政冶以外の仕事の国の象徴としての公務がメインになっているんだ。まぁそういったことからクレア先輩はその王族の1人だからこういう家に住んでいたり、大勢の人を従えていたりするんだ。わかった?」


「へぇーそうだったんだぁ……」


歴史が苦手だったが、なんとか上手に自分なりに話せた。学校でファルシュ先生ことヴィオラルの授業の知識が意外なとこで役に立った。敵ではあったが授業はいつも真面目にやっていた。だからこそアイリを狙っていた敵だとわかった時は僕も衝撃を受けた。


(ヴィオラル……あの時ビルの下敷きになって死んだとは思うけど……なんとなくだけどまだ終わっていない気がする……)


そして僕達はひたすらクレア先輩の体調が回復するのを部屋で待っていた。そしてかなりの時間が経ちもうすぐ夕方から夜になるという時間だった。


「あーもう映画2本目見終わっちゃったか……」


「でもこの映画結構面白かったわね」


ジェシカとアレックスは観賞していた映画に満足していたようだ。執事の人は僕達が待っているのが暇だろうということで大きなスクリーンがある部屋で執事さんが持っている映画を何本か貸してもらって観賞をしていた。


「結構あの執事さん良い映画の趣味しているなぁ……ってもうこんな時間か」


「結構時間経っちゃったわね。って……アレックスお菓子とか飲み物遠慮なくどうぞって言われてたけど食べすぎよ。あんたほんとにクレア先輩のこと心配してるの?」


「失礼なやつだな、ちゃんとしているって。だからここに残っているんだろ?心配してないならとっくに帰っているって」


すると映画を見終わったタイミングで執事の人が部屋に入ってきた。


「あっ……どうですか?その……クレア先輩の体調は……」


僕は真っ先にクレア先輩の体調のことを執事さんに聞いた。


「それが……その……まだ体調が戻らないらしく、今日中に回復するのは難しいということで」


「そう……ですか」


僕はクレア先輩の体調が戻らないことを心配した。最初はただの過労か何かと思っていたが数時間以上寝て体調が戻らないということはもしかしたら何かしらの重い病気なのかもしれないという不安に駆られた。


「もう今日は遅いのでお車で皆様をお送りいたします。お帰りの準備を……本日は楽しいパーティーを行う予定だったはずなのに申し訳ありません……」


執事は深く頭を下げ僕らに謝ってきた。


「い、いえ……そ、そんな本来はこんな豪華に行う予定じゃなかったはずですし……こちらこそ色々気を使わせて準備までしてもらっちゃって……こちらこそすいません……」


「では皆様、お車を玄関先にまでまわしておいたのでどうぞ」


「はい」


そういうとみんなは部屋を出て玄関の方へ向かっていった。

しかし僕はかなり気がかりなことがあった。執事の人のあの表情……。まるで鬼気迫るような顔をしていた執事に引っかかりを感じた。


「あの……」


「……はい何でしょうか?」


「クレア先輩は本当に大丈夫なんでしょうか?」


「……なぜそのようなことを聞くのでしょうか?」


「執事さんのその顔……どう考えてもクレア先輩は寝て回復するような状態ではない。今かなり危険な状態じゃないんですか?」


「…………」


執事は何も言わず沈黙をした。


「クレア先輩は王族ですから多分忙しいのはいつものことだと思います。でも学校でクレア先輩が倒れたことを僕は聞いたことがありません……。一体クレア先輩の身に何が起きたんですか……?」


すると……


「ご案内いたします……クレア様のところへ……」


「え……あの……良いんですか……?」


意外な展開になった。クレア先輩の今現在の容態を聞くつもりだっただけなのだがまさか病室の所まで連れて行かれるとは思わなかった。

執事の人と一緒に部屋を出て屋敷に備えられているエレベーターに乗る。そして地下へと降りていく。


「……ノエル様」


エレベーターに乗っている最中、突然執事の人が僕に話しかけてきた。


「はい?」


「本来今日のパーティーは皆様を楽しませるというのはあくまでも表向きの理由でした」


「え……?」


「今日の本来のパーティーの目的はノエル様……あなたにあったのです」


「僕に……どういうことですか?」


「クレア様は今日のパーティーをこの屋敷で行い、そしてノエル様をこのお屋敷に呼びある物を渡すのが本当の目的でした」


「ある物……ですか?その物……っていうのは」


「それは私の口からは今は答えられません……でも、それも少し今は難しい状況かもしれないです」


そして、エレベーターのドアが開き、再び執事の後ろを付いていく。そしてクレア先輩が寝ている部屋へと付く。


「あちらを……」


視線の先には治療室があった。


「え……」


窓からクレア先輩がベッドで寝ている様子が見えた。ベッドのまわりには数人の医者と看護師と思わしき人物がまわりにおり、そこには呼吸器をつけ点滴を打っている辛そうな表情で顔色が悪くなったクレア先輩がベッドに静かに横たわっていた……。

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