第39話「赤い傷」

「ノエル君遅いな……何してるんだろう?」


部屋から出て空が夜になろうとしている玄関先でノエルを待っているメリッサとジェシカとアレックス、そしてアイリ。


「トイレでも行ってるんじゃねぇの?」


「う~ん……それにしても長くない?」


「だよなぁ……そんなアイツすっごいでかいウンコでもしてんのかねぇ?」


「ちょっと……アレックス、レディ2人の前でやめてよね」


「はいはい……ったくそれぐらいの話でうるせぇな」


「何か言った?」


「何にも、てか俺もトイレ借りてくわ。ノエル見たら知らせる」


そう言うとアレックスは屋敷に戻っていってしまった。


「あっもう!……でもほんと遅いわね……ノエル君、どうしたのかしら」


「何かあったのかな?クレア先輩のことすごい気にしていたし」


「確かにね……」


アイリは2人の会話を聞いて待っているも先ほどからソワソワしていた。そして……。


「私ちょっと探してくる!」


「あっ!アイリちゃん」


いてもいられなかったアイリは走って屋敷のほうへ戻っていってしまった。そして、その背中を見つめるジェシカとメリッサ。


「あらら、行っちゃった。……メリッサは行かなくて良いの?」


ジェシカは先ほどからメリッサの様子が気になっていたので何気なく話しかけて様子を聞いて見ることにした。


「えっ……!」


「えっじゃなくて、どうせノエル君に自分の思いを伝えること……出来なかったんでしょ?」


「……うん」


「まぁ……あのアイリちゃんってノエル君の妹、彼女中々の強敵だもんね」


「あの子……本当にノエル君の妹なのかな?」


「あら、メリッサも気付いていた?」


「……そりゃあね。あのアイリちゃんのノエル君を見つめる目……あれはお兄さんを見る目じゃないって私でもわかるよ」


「だよねぇ……まぁどんな事情があるかは知らないけど」


「まぁそれだけじゃないんだけどね……」


「それだけじゃないって?」


「人形劇が終わった後、私ノエル君に自分の気持を伝えようとして手を握っていたの……」


「へぇーやるじゃない」


「でも、クレア先輩がその後倒れたのを見て握っていた手をすぐパッと離されちゃって……」


「まぁ……それに関してはしょうがないといえばしょうがない気がするけどね。人が倒れてたんだし」


「そうなんだけどね……でも私……それがちょっと悔しくて……。ノエル君の心の中には私なんて入る隙間なんてないのかなって」


「……大丈夫よメリッサ。あの鈍感に1回ぐらいのハプニングでヘコんでいたらキリないわよ?」


「そう……だよね。ありがとうジェシカ……」


するとジェシカがメリッサに質問をする。


「というかさ……ノエル君のどこが良いの?」


「優しいとこ……かな」


「まぁ優しいといえば優しいけど……他は?」


「あとはかっこいいとことか……ってもう何言わせるのよ」


そう言うと顔を赤らめジェシカの背中をドンッ!と叩く。


「ゴホッ!……いたたっ……!」


叩かれてバランスを崩しそうになり、咳払いをしてしまった。


「あ!ご、ごめんジェシカ……」


「あはは……いいっていいって。私もちょっといじわるな質問しちゃったし……」


(もう、ノエル君ったら本当に罪な男ね。こんな可愛い子を悩ませているなんて……)



◇◇◇◇◇◇


「これは……」


クレア先輩のベッドで苦しそうにしている姿に僕は言葉を失う……。


「見ての通り……クレア様は今意識を失っている状態です。しかも専属の医者によるとどんどん悪化しているとのことです……」


「そんな……」


クレア先輩の今にも苦しそうな姿に自分が何も出来ないことの無力さを感じた……。


「今まで……その……クレア先輩がここまでひどく衰弱したことって……あるんですか?」


「いえ……私も今までクレア様に長く仕えておりますがこんな状態になったのは初めてでございます」


「そうですか」


すると部屋から治療を担当していると思われる医者が出てくる。


「どうでしょうか?」


執事が部屋から出てきた医者にすぐさまクレアの容態を聞いた。


「……ん?この少年は?」


どうやら僕のことを聞いているようだ。


「クレア様の同じ学校の生徒でご学友のノエル様と言います」


「ふむ……なるほど。では……クレア様の容態についてなのですが……」


医者は難しい顔をしながら口を開く。


「……全くもって原因はわかりませんな。体の内部の写真を撮って見たものの検査結果からも異常はありませんでした。今点滴と呼吸器をつけていますが……クレア王女の容態はどんどん悪化していくばかりだ。こんなケースは初めてです……何か心当たりはないのですか?」


すると質問された執事が少し考え間を置くと口を開いた。


「あるとすれば……」


「あるとすれば?」


「はい……今日のパーティーの前日の深夜に実はクレア様はどこかの暗殺者に命を狙われました……」


「えっ……!」


クレア先輩がどこかの暗殺者に命を狙われた……。僕と1つぐらいしか違わない女性の命が狙われる。その事実だけでも僕は自分の中で衝撃が走った。


「なるほど……」


「じゃあ……もしかしたらそれが原因で!」


「いえ……」


執事が首を横に振る。


「クレア様はこのフィールランド連合王国でも屈指の紋章士としての実力を持っています。そうやすやすと暗殺者にやられることはないでしょう。今までにも何十人という輩がクレア様の命を狙いに来たことがありましたが全てクレア様の足元にも及びませんでした」


「そうですか……じゃあ一体何でクレア先輩がこんなに苦しんでいるんですか?やっぱりその命を狙ってきた暗殺者のせいで……」


「それが……特にクレア王女の体にこれといった外傷は見当たらなかったんだ……」


「え……でも……」


僕は医者の言葉にあるひとつの違和感を覚えた……この屋敷に来る時に朝クレア先輩の首にあった赤い傷のようなもの。あれは違うのだろうか?


「あの……」


僕はクレア先輩の首にあった赤い傷のようなものがやはり気になって聞かずにはいられなかった。


「ん……何かね?」


「朝、クレア先輩の首に赤い傷みたいなのがあったんですけど……。あれは外傷じゃないんですか?」


「首に赤い傷……?はて、そのようなものは見当たらなかったが」


「え……?そんなことないと思いますけど」


「……どのあたりかね?」


「首の左側の下の方に赤い傷があったと思います」


「ふむ……わかった。見てみよう」


僕がそう言うと医者は部屋に戻りクレア先輩の首をチェックしてみた。すると……

しばらくすると部屋から出てきた。


「……今一通りチェックしてみたが……首に傷なんてこれといって見当たりはしなかった」


「え……そんな……」


「見間違いじゃないのかね?」


「そんなことないです。確かにありました」


そういうと医者は少し考え口を開いた。


「ふむ、では……見た場所を教えてくれないか?」


「はい、わかりました」


「ではこれを着てくれたまえ」


そう言うと白いマスクと帽子と手袋、それと上着を渡される。そして渡された衣服を身に付け部屋に入る。


ガチャッ……


クレア先輩が寝ている部屋の重い重厚なドアを開け部屋に入る。


真っ白な広い部屋……。ピッピッピッピッ……と心電計の音が聞こえる。そしてクレア先輩が寝ているベッドに近づいていく。


「君が言っている首にあったという赤い傷……どこかね?」


「はい……ええと……あっここです!」


確かにあった。やはりこの医者が見落としていただけじゃないか……。やはり自分の勘違いではなかった。しかし何やら赤い傷が朝見た時よりも大きくなっている気がした。すると……


「ん……?どこかね?」


「……?ここですよ」


どうやらわからないみたいなので場所を指でさして教える。しかし……


「……赤い傷……見当たらないが……?」


「えっ……?」


赤い傷の場所をわかりやすく指をさし、教えているのだがこの医者には見えてないらしい……。一体どういうことなのだろうか。


「ふむ……君にはここに赤い傷があるように見えているのかね?」


「はい……」


そう言うと医者はしばらく腕を組み何かを一考する。


「わかった。少し部屋を出よう」


「……はい。わかりました……」


赤い傷は僕には見えて、この医者にはまるで見えていない……。そんなことが実際ありえるのだろうか?

そして僕達はクレア先輩の病室から出ていく。


「執事さん、少し頼みごとがあるのだが……」


医者がクレア先輩の執事に何か頼みごとをしたいようだ。


「はい……私共に出来ることならなんなりと……」


「この屋敷に紋章士はクレア様以外におりますかな……?」


「紋章士……ですか?」


「あぁ、少し気になることがあってな」


「えぇ……一応今警備兵に1人紋章士がいますが……それが何か?」


「少しここに呼んで連れて来てもらえますかね?」


「はい、かしこまりました」


そう言うと執事は誰かを呼ぶためにその場を離れた。しかし、クレア先輩の容態が一体何の関係があるのか……。この時の僕には全く検討がつかなかった。

そして、しばらくすると人を連れてきた執事が戻ってくる。


「お待たせしました……こちら我が屋敷の警護を務めている紋章士のリドと言います」


「はじめまして、リドと申します。先生……クレア様は大丈夫なのでしょうか?」


執事さんが連れてきた紋章士は外見は20代後半ぐらいの痩せ型で長身の男性だった。やはり王家の屋敷で警護を務めているだけあってどこか気品に溢れているように感じる。


「うむ、そのことなのだがね……リド君、君にちょっとクレア様を治療している部屋に入って見て欲しい部分があるのだよ」


「私に……ですか?え、えぇ……私に協力出来ることでしたら何なりと」


「うむ、では入ろう。ノエル君も来てくれたまえ」


「はい……」


そう言うとリドと呼ばれる男と医者はクレア先輩が治療している部屋に3人で入っていく。そして僕は2人はクレア先輩の横に立つ。


「この首の所なのだがね……ちょっと見て欲しい」


そう言うと先ほど僕が赤い傷があったと言った部分を指でさした。そして今もその傷ははっきりと僕には見えていた。すると……


「こ、これは……!」


リドはクレア先輩の首の部分を見ると驚いた顔をした。


「見えるのかね?」


「はい……クレア様の首にはっきりと赤い……紋章コードの跡が……」

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