第33話「前夜」

朝食を食べ終えるとラングはヴィオラルに大広間に行くように言われた。言われた通り行ってみると大広間ではヴィオラルの父親がソファーに座っていた。


「来たか、ではうちの使用人になりたいということで早速採用試験をやってもらう。付いて来い」


ヴィオラルの父親に別の部屋に連れて行かれる。その部屋には少しふくよかな体型をした屋敷の使用人の格好をした50歳ほどの女性が中で立っていた。


「紹介しよう。我がヴィストラル家で使用人をしてもらっているトーラだ」


「はじめましてこの家の使用人を勤めているト-ラと申します。我がヴィストラル家の使用人になりたいという話は旦那様から伺っています。よろしくお願い致します」


「よろしくお願いします」


「では早速ですが採用試験のほうをしてもらいたいと思いますので準備をお願いします。まずは…今着ている服から使用人の作業服に着替えてもらいます」


するとト-ラは使用人の服をラングに渡してきた。


「隣の部屋が更衣室になっていますので着替えたらこちらの部屋にまた戻って来てください」


「わかりました」


ラングは服を受け取り隣の部屋に行き早速使用人の服に着替える。


ガチャッ


「着替えました」


「よろしい、ではさっそく庭に行きます」


「はい」


ト-ラに付いていき外庭までやってくる。


「オホン…ではさっそく試験のほうを開始させてもらいます。2時間以内にこの庭を綺麗にしてもらいまたいと思います。全部出来なくても構いません、2時間以内にどれぐらい綺麗に出来るかを見ます。道具は庭の隅にあるので自由に使って構いません。以上ですが…何か質問は?」


「いえ、特にありません」


「よろしい…では開始いたします。2時間経ったらまたここに来ます」


「はい」


そう言うとト-ラはこの場から離れていった…。


「草むしりか…そういや引き取られた親に毎日嫌という程やらされたな…ちょっとでも汚い場所があると罵詈雑言と暴力が飛んで来るから必死にやってたなぁ…」


物思いにふけながら庭に生えている雑草を見つめる。


「っとこんなことしてたら2時間なんてあっという間だ!早く綺麗にしないと」


庭の隅のほうにある道具を持ち、さっそく庭の掃除と草むしりを始める。


そして2時間後…


トールが時間通りやってきた。


「ラングさん出来ましたか?」


「はい一応」


「では早速…ん…これは…!」


2時間以内という短い時間でこの広い庭をラングは見事に綺麗にしていた。これには思わずト-ラもびっくりしてしまう。


「あなた…どこか別の家で使用人していたり庭師をしていたりした経験は?」


「いえ特にないですけど」


「う~ん…そうですか。経験もなしに…では庭の方は合格とさせていただきます」


「はい…(なんか昔嫌々やらされていた草むしりの経験がこんな所で役に立つとはな…)」


今度はト-ラに再び家の中に連れて行かれトイレの前に止まる


「次の試験はトイレ掃除です。道具は好きに使って構いません。必要なものがあったらおっしゃって下さい。では40分ほど経ったらまた見に来ます」


「わかりました」


「では始めて下さい」


さっそくブラシを手に取りトイレ用洗剤をつけようとした。しかし…


「ん…便器が少し黄色いな…。これはこの洗剤だと落ちないな…どうするか」


ラングは少し考えるとあることを思いつく…


「もしかしたら…」


そして台所にまで行くと別の使用人が昼食の準備をしていた。


「あの…何か用でしょうか?」


ラングに気付きこちらに話しかけてきた。


「あのーレモンの皮とかもしかして生ゴミにありませんかね?もしあったら少しわけて頂きたいんですけど」


「レモンの皮ですか?はいそれでしたら今料理で使って絞り終わったレモンがありますのでそれで良ければ」


「ありがとうございます。それ大丈夫です」


そう言うと使用人から絞り終わったレモンを受け取り再びトイレに戻る。


「よし…これがあれば」


40分後…


「終わりましたか?」


「はい」


「ではさっそく拝見させていただきます…ふむふむ…これは…」


ト-ラがトイレの便器を鋭い目でまじまじと隅々まで見つめる。


「ど、どうでしょうか?」


「うむ、素晴らしいですわね…便器に付いていた黄色いシミがあったと思うのですがどうやって取ったのですか?」


「あぁ、はいこのいらなくなったレモンの皮から汁を出して、それをブラシにつけて汚れを取りました」


「なるほどレモンの汁にはクエン酸が含まれているということを利用して便器の黄ばみを取ったのですね」


「はい」


「そして便器だけではなく壁も綺麗にしていますね…うむ合格です」


そしてその後も使用人の試験は続き、全ての項目が終わった。


「お疲れ様です、ラングさん」


「はいどうも」


「結果の方ですが…」


「はい…」


「…合格とさせていただきます」


「あ、ありがとうございます!」


これでようやく働ける場所が見つかったと思うと安堵した。子供の頃、里親に無理矢理やらされたことが大人になった今役に立ったようだ…。芸は身を救うとはまさにこのことだと痛感させられた。


「おめでとうラング」


後ろから誰かに声をかけられた。


「え…?」


「ん…?お嬢様」


声の主はヴィオラルであった。


「これで晴れて私の部下になれたというわけね、ラング」


「え…あぁ…い、いやはい、そうですね!」


合格が決まりこの家の使用人になるということで、ヴィオラルにはもう失礼な口は聞いてはいけないということで言葉遣いに気をつけた。


「私は旦那様に報告して参りますのでここでしばらくお待ち下さい」


「は、はい」


そう言うとト-ラは部屋を出て行きヴィオラルと2人きりになってしまった


「フフ…ラング、これからは私の手取り足取り動いてちょうだいね。頼んだわよ」


「はい、わかりました…ヴィオラル…様」


「あぁ、そうそうあと多分昨日あんたが割った窓あるじゃない?」


「ん…?そういえば、そのままにしていたな。これはまずいぞ…」


窓を壊して進入したとばれれば合格を取り消されるかもしれないという事実にラングは気が気ではなくなった。


「フフッ…安心して今日の朝ここに来る前に私が証拠隠滅しといてあげたわ」


「そ、そうでしたか…これはお手数おかけして申し訳ございませんでした」


「だから後片付けよろしくね」


「えっ…後片付けですか?」


するとその言葉が気になり昨日割った窓を見に行くと大きい石が廊下に落ちており、窓ガラスは跡形もなく割れていた。さすがというべきかヴィオラルは行動が子供にしては少し大胆すぎるようだ。


「…これは片付けるのに相当手間がかかりそうだな」


そう言うとほうきとチリトリを部屋から持ってきて破片を片付けていった。


そして食事の時間、ここの主人とその奥さん、そしてヴィオラルがテーブルに席を着いていた。


「ラング、何そんな隅にいるのよ。もっとこっちに来なさい」


ヴィオラルがもっとこっちに来るように言う。


「え…でも、私は使用人ですし…」


ラングは使用人という立場から考え一緒のテーブルで食事をするというのは失礼だと思い距離を開けていた。


「何言ってるのよ!使用人も大事な家族の1人よ。さっバカなこと言ってないでこっちに来て一緒に食べなさい。これは私の命令よラング」


「は、はい…すいませんヴィオラル様」


言葉は少し厳しかったがどこかラングに対するヴィオラルの言葉は温かかった。前の里親の家の時は地面で食べさせられていた上に誰かとまともに家で食事をするという機会はあまりなかったのでこういう感じは不思議な感覚であった。


(家族か…家族で食事をするってこんな感じなのか…母親はもう子供の頃には亡くなっていたし、夕方になると親父は酒飲んで寝ていたし一家団欒で食事なんてしたことなかったからな…)


そう思うとラング少し目に涙が浮かばせた…


「あんた何泣いているのよ…?気持悪いわね」


「え…あ、あぁすいません」


「あっ!ちょっとあんたに気を取られてエプロンに料理こぼしちゃったじゃないの…もう!」


「も、申し訳ございません!ただ今お拭きいたします!」


そんな暖かい時間が過ぎていった。


そして…ラングは屋敷に住み込みで働きヴィオラルの身の回りの世話をこの十数年以上していくことになっていく…。



「ラング!自転車乗れるようになったのよ!ほら見て見て」


「さすがです、お上手ですよヴィオラル様」




「ラング!学校のテストでまた100点取れたわよ!すごいでしょ!」


「さすがヴィオラル様です」






「ラング、今度学校で演劇をやるからあんたちょっと練習付き合いなさい」


「かしこまりました」






「ラング、ちょっと買い物行きたいんだけど車の運転頼める?」


「はい、お任せ下さい」



そして年月は経ち…ヴィオラルはアルスティン王国の軍に入隊した。そしてそのタイミングと同時にヴィオラルをなるべく紋章士としての力を使って任務をサポート出来る様にラングもまた軍に復帰をした。


「どう?ラング、この軍服似合うかしら?」


くるりとまわって見せラングにアルスティン王国の軍服姿を見せ付ける。


「はい、とてもお似合いですぞヴィオラル様」


「ありがとうラング、まぁ当然と言えば当然ね!あっ…そうそうラング」


「はい何でしょうか?」


「別に家の中でなら私のことをヴィオラル様と呼ぶのは構わないんだけど…」


「はい…?」


「もう私も立派な大人でアルスティン王国の軍人なんだからいつまでも使用人に御供されてお嬢様扱いされるのもちょっとまわりに示しが付かないのよね」


「は、はぁ…ではどのようにお呼びすれば…?」


「それぐらいあんたが自分で考えなさいよ、全く」


「で、では…ヴィオラル…さん?」


「なんかあんたにさん付けで呼ばれるのも気持悪いわね…却下!」


「う、う~ん…で、では…ヴィオラル…殿?」


「まぁ良いでしょう、それでいいわ」


「かしこまりました、ヴィオラル殿」



そしてG.Z.1513年…現在


「ん…ゆ、夢か…フフッ…昔のことをつい思い出してしまってたようだな」


ラングはクレアを亡き物にするための計画を立てるため様々な資料を集めている間、どうやら疲れてしまいつい机の上で寝てしまっていたようだ。


そして目が覚めると自分の老いた手が視界に入る。


「年も取るわけだな…思えばワシの人生、常に誰かに翻弄されてばかりじゃった」


そして…ラングはある1つの古新聞が目に入ってきた。


「これは…!うむこれならば…。ヴィオラル様、必ず仇は取って見せますぞ…」




その夜…



フィールランド王家の家の自室でクレアは学生としてではなく、王女としての業務をしていた。その顔つきもどこか厳しげで学校にいる時のクレアとは顔つきがまるで違っていた。目の前にある大量の資料に1つ1つ目を通していく。


「ふぅ…これで報告書は全部」


コンコン…


クレアの部屋をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ開いています…」


ガチャッ…


「失礼します、クレア様」


ドアが開くとクレアに付いている執事が部屋に入ってきた。


「何かありましたか?」


「アイリ様のパーティーの準備が出来ましたのでそのご報告を…」


「そうですか…ありがとうございます。報告ご苦労様です」


「それとクレア様の少し顔色が私には悪く見えます。お休みになられたほうが…」


「大丈夫です…問題ありません。ところでフィールランドにあると思われるアルスティン王国の部隊の基地の捜索の方は進んでいますか?」


「はい、そちらのほうは問題ありません。場所も特定したため、ただいま我がロイヤルフォースの方で出撃準備をしているところです…。数時間後には施設の占領も終わるかと」


「そうですか…」


「…クレア様」


「はい」


「…本当にノエル・クスガミ様にあれを明日渡すというのですか?」


「えぇ…もちろんです。だからこそ我が家でアイリさんのパーティーを無理矢理やろうという話に持って行ったんですから」


「時期尚早な気が…」


「いえ…このフィールランド連合王国に再び不穏な空気が漂っています。何か起きてからでは遅いのですよ。それはあなたや私が一番良く知っていることではなくて?」


「はい…そうですね…これは失礼しました」


「必ずやあれをノエルさんに託せばこのフィールランドに満ちてきた不穏に満ちつつある空気に光明をもたらせてくれるでしょう。ノエルさんと…Type-12なら」

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