第29話「望む姿」

ラングはスラム街で孤児となり、再び残飯を漁る日々に戻っていた。だが幸いにも父親の貯金が家の中に残っておりしばらくはなんとか生きていけそうだった。しかしそれではすぐに貯蓄が尽きてしまうと考え、自ら生きるために行動を起こした…。


ラングは父親がいなくなった後、時々自分の中に変な感覚に陥る時があった。まるで自分の中に何か得体の知らないものが目覚める感覚が…

そしてこれが何なのか、ラングにはまだ知る由もなかった…。


自分の父親と死別してから数年後、ラングはスラム街で同じような境遇の子供達が集まり窃盗のグループに入っていた。

そして下水道の一部の場所をアジトにし、今日も金目の物を盗んでいく。


「よし、今日の報酬を出し合おう。俺は今日2万フラル入った財布」


「俺はアンティ-クの刃物…結構高く売れそうだ」


「こっちは食料」


するとラングが少し笑う…


「みんなシケてるなぁ」


ラングはみんなにわざと聞こえるように言った。


するとリ-ダ-と思われる少年が口を開く。


「じゃあそういうラングは何盗ってきたんだ?もちろん大物だよな?」


「へへ…まぁ見ろよ…俺はこれだ」


そう言うとポケットからダイヤモンドをとネックレスを出して見せびらかした。まわりにいる奴らが驚き腰を抜かす。


「すげーどうやって盗ったんだよ?」


「…別にちょいとお貴族様の家に入って盗ってきただけだよ」


「ラングは口は悪いが毎回金目の物を持ってきてなんだかんだすげぇよ」


しかし、ラングは毎回高い宝石など盗んでくるがその分足が付きやすくなるというリスクを彼らはまだ知らなかった…。


グループに入りしばらく経った頃…今日も報酬を出し合いラングがアルスティン王国の貴族の屋敷から盗んできた金品を買い取ってもらうため質屋までにグループの1人であるジェフという少年が出向いていた。


すると質屋の前で私服の男が数人立っていた。


「何だ?あいつら…?まぁ良いか」


特にジェフは気にすることなくいつも通り換金するために質屋に入ろうとする。すると…


「ちょっと君、鞄に入っている荷物見せてもらっていいかな?」


「はぁ…?何でだよ」


「こういう物でね」


私服の男が警察手帳を出す…アルスティン王国の警察のようだ。どうやら張り込みをしていたらしい。


「ここ最近質屋で盗品が出回っていてな…被害届がかなりの件数出ている。だから質屋に入ろうとするお客さんに1人1人こうやって荷物検査をしているのだよ。さぁ見せてもらおう」


するとジェフから無理矢理鞄を取上げる。


「おい!やめろよ!俺の鞄だぞ!」


「中身を確認しろ」


「はっ!」


「おい!」


警官の1人が鞄を開けると何かを見つけたようだった。


「警部!被害届のリストにあった指輪とネックレスです。こいつ黒です!」


「よし取り押さえろ!グループでの犯行のはずだ。こいつにアジトや関係者全部吐かせろ!」


「はっ!」


ジェフは警官から逃げようと抵抗し暴れた。


「ちきしょう!離せ!離せよ!!」


そして数日後…


「おい…やっぱおかしくねぇか?ジェフが質屋に行ったきり帰ってこねぇぞ…やっぱり持ち逃げしたんじゃ…」


「いや…アイツはそんなことしねぇ。きっと何かあったんだ」


「ん…なんか足音聞こえねぇか…?」


すると…


「見つけたぞ。ドブネズミ共!」


「何だ!」


突然懐中電灯に照らされる。ラング達のアジトには警官達が押し寄せてきた。拷問の末ジェフが口を割り

アジトの場所をしゃべってしまったようだ。


「クソガキ共!お前達の悪事もこれまでだ!全員取り押さえろ!」


「くそっ!ジェフの奴アジトの場所言いやがったな!クソォォォ!」


ラング達は警察に捕まり刑務所に入れられることになった…がしかし未成年で市民権がないというこもありすぐに別の孤児の収容所に入れられることになった。


収容所での生活は朝昼晩ちゃんと食事が用意され、読み書きなどの授業もやってくれた。スラム街での頃は学校などは行ったことがなく、ラングはここで一般教養を身に付けた。数年間ここで過ごした…悪くはない生活だった。友達も数人だが出来た。

…しかし収容所の生活は終わりを迎えると時が来た…。


「ラング、お前を引き取りたいという里親がいる」


収容所の所長がラングにそう言った。


「俺を…?」


「あぁ…基本的に里親を申請された場合はここを出なくてはならない。まぁ良かったじゃないか…お前のことを面倒見てくれる人がいて」


ここでの生活は悪くなく、友達なども出来ただけに出て行くのは寂しかった。


「それに里子になればちゃんとした戸籍や市民権も得られる。普通に仕事にも将来就くことが出来る」


ラングは所長にそう言われ、自分を引き取るという親と会った。


「君がラング君かね?」


無精髭を生やし、背が大きくガタイも良い40手前ぐらいの男性だった。


「はい」


「今日から君のことを引き取ることになった者だ。君の父親ということだ」


その日からラングはその一家に引き取られることになった。これからは普通の生活が送れると思っていたラングだったがその期待は大きく裏切られることになる。


「おい、ラング!庭の草むしり全然出来てねぇじゃねぇか!…ったくこの役立たずが!」


するとラングに手を上げる胸ぐらを掴み暴力をふるう父親


「ご、ごめんなさ…い」


「…ったくほんとつかえねーな!早く終わらせとけよ!ボケ」


そしてその光景を見ても他の家族は誰も助けようとしなかった。それどころか嘲笑すらしていた。

言われた家事を終え夕食の時間なのだが…里親の家族はテーブルに付き、ラングだけは床で食事を取らされていた。まるで家畜扱いだった…。


「あの…これだけ?」


家族の方は普通の食事に対し、ラングだけはスープとパンだけという非常に少ない食事であった。


「食えるだけありがたいと思いな!文句あるんだったら食わなくていいよ…ったく」


母親の強烈な罵声が浴びせられる。これが日常茶飯事であった。


「ママーおかわり!」


この家の母親の実の息子カルーヤがおかわりを言う。カルーヤは色白で太っておりよく食べる子供であった。


「はいはい、カルーヤ今用意するからね」


自分の本当の子供にはご飯を普通に食べさせるのにラングにはまともな食事すら与えられなかった。ラングは家族内で差別を受けていたのだ。


するとラングが寝た頃…引き取った両親はこんな会話をしていた。


「…ったく気持ち悪いったらありゃしないよあの子」


「まぁ…そういうな。これも補助金を得るためだ」


「そうなんだけどさ…もうちょっとマシな子いなかったのかい?」


アルスティン王国ではここ数年、スラム街の子供や孤児になった子供をどうにかしようという動きがあった。そのため孤児を引き取った家にはそれなりの金額を手当てとしてもらえるのだった。

そしてこの補助金目当てで孤児を引き取る家がかなり増えたのだが、ラングを引き取った家のように補助金だけもらって孤児をひどく扱うところも少なくはなかった。


通っている学校では気味悪がられ孤立していた。


ある夜…ラングに与えられた物置同然の天井裏部屋で就寝している時だった。


「うぅ…う…!」


ひどくうなされる夜がここ最近続いた。変な夢も見るようになった。


ラングは寝ていると真っ白な景色も何もない場所にポツンと気付いたら立っていた。


「どこだ…?ここ…」


「ラング…コッチコッチ…コッチ見テ」


「誰だ!」


声がした方向を見ると黒い影のようなものが立っていた。


「ネェネェ…マワリノニンゲンが憎イダロ…?ネェ…ラング…殺シチャオウヨ…ネェ…キット気持チ良イヨ…」


「な、何だお前は…!」


「オレハオマエダヨ…オマエノ望ンデイル姿ダヨ…サァ…俺ト一緒ニナロウヨ…コッチニオイデヨ…ヒヒヒヒッ!…」


黒い影が笑いながら自分のほうにゆっくり近寄って迫ってくる…。


「やめろ!?来るな!こっちに来るな!うわぁぁぁ!」


布団から急に飛び起きた。どうやら夢だったようだ。


「はぁ…はぁ…なんだまたこの夢か…」


起きれば家族に罵倒され、学校では気味悪がられ孤立していた状態であり誰にも相談できなかった。そして夜寝れば悪夢にうなされる日々…ラングの味方をしてくれる人は誰もいなかった…。父親からの暴力などもエスカレートしていき、このような生活がしばらく続いた。そしてラングは毎日の生活に精神を徐々に磨り減らしていく…。


この家に引き取られてしばらく経った頃…今日は疲れたので早く床についた。気持ち悪く食事も取りたくはない気分だった。どうやら風邪を引いたようだ。言われた掃除だけ最低限に済ませ寝ていたラング。

しかし途中で目覚め、喉が渇き水を飲もうとしリビングのほうに行こうとした。家族で食事をしているようだった。そしてその時の会話を偶然にも聞いてしまった…。


「あ~あいつのおかげで家事はやらなくて済むわ、金は入るわ、気持ち悪いけどほんと便利だな!へへへ」


酒を飲みながら父親がそう言った。


「まぁ私も楽になったし、孤児の補助金も入ってくるからねぇ。あと数年はこき使わせてもらうとするよ。アハハハ」


「ねぇ!パパママ今度新しいおもちゃ欲しいんだけど」


「おぉいいぞ!買ってやる買ってやる!あの気持ち悪いガキのおかげで金が入ってくるからな。ガハハハッ!」


その会話を壁ごしに聞いたラングは絶望した。そして自分の中で何かがドス黒い感覚が目覚めた感じがした。そして再び眠りにつく。


またあの夢を見た…今日もあの影が真っ白な場所で自分に話しかけてくる。


「ネェ…ラング分カッタダロウ?アレガアイツラノ本性ナンダヨ…」


「あぁ…」


「ネェ…殺シチャオウヨ…ラングニアンナヒドイコトイッタリ暴力ヲフルッタリシテイルンダ。アンナ奴ラ殺サレテ当然ダヨ…ネェ…ラング」


「…」


ラングは下を向いたまま何も言わなかった。


「サァ…一緒ニナッテアイツラヲ殺ソウヨ。キットスカットシテ気持チ良イヨ…」


「……」


「サァ…俺ト一緒ニナロウヨ…ラング」


影が手を差し伸ばす。すると…


「…あぁ…わかった」


ラングは夢の中でその不気味に思っていた正体がわからない影の差し出してきた手を握った。


手を握った瞬間、影が不気味に笑った。


「アリガトウ…ラング…コレデ…ヨウヤク…オレ…ハ…オモテニデレル!!!」


ラングの体に影が侵食し頭からつま先まで全身に入り込んでいった。


「うわぁぁぁぁぁ!!!た、助け…」


影に覆われていくとドス黒い感情と共に、今まで感じてきた得体の知らない力が何だったのか自分の中でだんだんと理解していき目覚めていく…。


「お、俺の…体…心…」


そして影が体全体を覆いラングの体を全体を包む。しばらくすると夢から目を覚ました。


ラングは不気味な笑みを浮かべる。


「クククッ…アハハハハハ!」


こんなに気分が良い日は生まれて始めてだった。ラングの笑いが止まらなかった…。


後に呪術士ラングと呼ばれる者の誕生である…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る