第28話「悲哀の過去」
薄暗い一室でベッドの上で汗をかきうなされる老人…。
「う…うぅ…」
「ラング殿、ラング殿!」
「うぅ…!…はっ…こ、ここは…」
ラングが目を覚ました先には天井が広がっていた。
「目を覚まされましたか?大丈夫です。ここは我々の施設の医務室です」
「そ、そうか…ワシは助かったのか」
ラングは自分の命が助かったことに安堵した。
「はい、よくあの瓦礫の中をご無事で…」
「よく覚えておらんが…無我夢中で…そ、そうだ!ヴィオラル殿は!?ヴィオラル殿はどこに?」
「…それが」
「ま、まさか!?」
ラングの顔が真っ青になる。
「その…い、命に危険があったので本国の方に施設に送られました」
「そ、そうか…」
それを聞き安堵するラング。
ガチャッ
すると男が1人部屋に入ってきた。
「目を覚ましたかラング…」
「ジ、ジーク司令…」
「ここの施設を放棄することが正式に決定した」
「え…」
「フィールランドの王立私兵団と軍の情報部に場所を特定された。これ以上ここで任務を続けるのは不可能になった…。やはりヴィオラルの失敗が決定的だったようだ。あの方に頼まれたType-11の回収も不可能になった今ここにいる意味もない」
「すると…」
「我々はこの施設を破棄し、本国へ帰還する」
「わ…わかりました…。その…ヴィオラル殿はどうなるのでしょうか?」
「奴は失敗した…左遷と降格もしくは除隊だ…(まぁ最もその時ヴィオラルがまともに生きているかもわからんがな)」
薄っすら笑みを浮かべるジーク。
「そ、そんな…なぜですか?」
「上の決定だ。それ以上はお前が口を挟める立場ではない…。」
そう冷たく言い放つジーク
「ぐっ…しかしヴィオラル殿は一生懸め…」
「それがどうした?結果を出せなければ何も意味はない。結果が全てだ。一生懸命が何になる?」
ラングの言葉を一蹴し、それを聞き黙ってしまう。
「…最も貴様が失敗の穴を埋めてくれるなら別だがな」
「穴を埋めるとは…?」
「お前がクレア・フィールランドの首でも持ってくればヴィオラルの失敗は帳消しにしてやることを考えないでもないということだ…。まぁ無理な話だと思うがな」
するとラングは…
「今の話…本当に約束してくれますね?」
「ヴィオラルの件か?」
ジークはラングの質問を聞き返す。
「そうです!本当にフィールランド連合王国の王女クレア・フィールランドを亡き者にすればヴィオラル殿の失敗は取り消してくれるのかと聞いている!」
鬼気迫る表情で質問を繰り返すラング。
「あぁ…王立私兵団司令のクレアを葬りさればフィールランド連合王国の戦力を削ぐことが出来るからな」
「…わかりました。やってみせましょう」
部屋を出て行く司令とラングに呼ばれていたジークとその付き添いの兵士。
「宜しいのですか?あのような約束をして…」
「構わんさ…それに次の首脳会談でヴィオラルとType-11の戦闘データをフィールランドの大臣共に叩きつければこちらの交渉も思惑通り進むはずだ。任務は半分は成功したようなものだからな…失敗しようと失敗しまいと私には関係ない。成功してクレアを亡き物に出来れば願ったり叶ったりというやつだ」
「左様ですか…」
「それにしてもクレア…厄介な奴だ…まるで隙がない」
クレア・フィールランド…フィールランド連合王国の王族であり、次期女王でもある。普段は学生をしながら裏ではフィールランド連合王国軍とは別に存在する軍事組織フィールランド王家の私兵団の司令官という顔を持っている。兼ねてより何度も命を狙われたこともあったが全て失敗に終わっている。
それは彼女がフィールランド内でも屈指の紋章士の実力者でもあるからであり、並大抵の暗殺者では返り討ちに合うのが関の山だったからだ。
ジークにクレアを暗殺を暗殺することが出来ればヴィオラルの失敗を帳消しにすると言われたラング。
「ヴィオラル殿、いえ…ヴィオラル様…必ずやあなたの仇このラングが…取ってみせますぞ…」
そもそも呪術師ラングと呼ばれる老人。彼はなぜヴィオラルにここまで入れ込むのか…それには彼の悲しい過去に関係があった。
---45年前---
アルスティン王国…強大な軍事力と豊かな国土を持ち大陸全体に大きな影響力を持っていたこの国。絶対王政を政治体制とし貴族や階級制度が存在する大国。
ラングはそのスラム街で生まれ育ち、幼少の頃は今日食べるものさえ困る日々であった。しかしスラム街の一歩外へ出れば立派な建物と立派な服を来た貴族達が優雅に歩いている。そして食べ物を探すため今日も街でゴミ箱を漁り残飯を探す日々であった。
「ちっ…今日はこんだけかよ」
ゴミ箱に入っていたのはわずかな廃棄の食料があっただけであった。これだけでは今日1食分の食事程度にしかならない。
「他をあたるか…」
「まぁ…汚らわしい。またあの子供パン屋の残飯を漁っているわよ…」
「ほんと…またスラム街の子供よ…何とかして欲しいわ…臭いったらありゃしない」
豪華な衣装を身に纏った婦人達がこちらを侮蔑的な目で見ている。だがそんなことはラングにはいつもの事なので関係がなかった。
夕方になり、いつも通り家に帰るとラングの父親が酒を飲んで寝ていた。母親はラングを生んだ後すぐにまともな栄養が取れなく死別している。
スラム街の住民は市民権がなくまともな仕事に就くことが出来ない。この問題についてはアルスティン王国は見てみぬフリをしていた。父親は日払いの仕事を朝早くからして出かけて行き夕方には家に帰り、その日銭で稼いだ少ない金で酒を飲んで寝ているのがいつもの光景だった。
そして日が落ち暗くなると電気が通っていないということもあり夜にはもう父親とラングは床について寝ていた。そんな日々が繰り返される毎日だったのだが、ある日ラングの父親が急にこう話しかけてきた。
「おい、ラング」
「なんだよ親父…」
ラングの父親はやたらニヤニヤして話しかけてきた。
「もうすぐ良い生活ができるかもしれんぞ?」
「はぁ?」
ラングには意味がわからなかった。こんなスラム街で暮らしている自分達が良い生活が出来るとは子供ながらにとても信じられるものではなかった。きっと親父が酒に酔っただけだろうと思い、その時は気にも止めなかった。
だが、ある日残飯探しから家に帰ると家には飯があった。信じられない光景だった。
「よぅ…帰ってきたか」
「親父…これどうしたんだよ」
「へへ…ちょっとな。だから言っただろう?これから良い生活できるかもしれねぇって。残飯探しなんて惨めなこともうやらなくていい」
家に飯がある光景が未だに信じられず呆然と立ったまま固まっていた。父親が言っていたもうすぐ良い生活ができるかもというのは本当だったのだ。
「まぁ…食えよ。たくさんあるぜ」
「あ、あぁ…」
ラングは目の前にある食事に被り付いて食べた。こんなにうまい食べ物は食べたことがなかったのだ。
そしてその日から父親が家に帰るたびに豪華な飯を持って帰る日々が続いていった。
「ラング、そろそろこの街から出て行くか…もうこんなとこ住む必要もなくなりそうだしな」
父親がラングにそう言った。だがラングには気になっていた。自分の父親はどうやってこんなに食べ物を買ってこれるんだろうと。自分の父親の日払いの仕事の報酬ではとてもじゃないがこんなに食料を買えるとは思えなかったからだ。
「お、親父…」
「ん?どうした」
「どうやってこんな毎日飯買って来れるんだよ…」
すると父親は不適な笑みを浮かべた。
「まぁ…そう疑問に思うのも無理はないな。他の奴には誰にも言うなよ」
すると父親はポケットをゴソゴソとし始めある物を見せた。
「何だよこれ?」
ラングに見せたものは袋に入った粉であった。
「へへへッ…ピーキングっていう薬でな。吸ったり注射で体内にいれると気分が楽になるっていう薬なんだよ。今アルスティン王国のお貴族様の間で大流行しててな…これが高く売れるんだ」
「…こんなのが?」
「ちなみにこの1袋だけで10万フラルの値がつく」
「じゅ、じゅうまんフラル…!?」
ラングに取ってはそれはとてつもない額であった。
「だからお前はもう生活の心配をしなくて良い。これから俺達は楽な生活が出来るんだ」
親父は自信満々にそう言った。ラングもそんな日々が続くとは思ったが、長くは続かなかった。
そして…ある日家にアルスティン王国の警察が来た。
「貴様だな…?我がアルスティン王国で違法な薬を売買している男は」
警察が突然家に来てラングの父親にそう言った。
「知りませんねぇ?何ですか藪から棒に」
「とぼけても無駄だ!ある商人からお前が我が国にピーキングを流通させている証拠は掴んでいる」
すると、その一言を聞いた父親が表情を歪ませた。
「チッ!あいつめ口を滑らせやがったな…」
「貴様を違法薬物取締り法の違反で逮捕する」
手錠をかけられ連行される父親。
「おい!親父をどこへ連れて行くつもりだ」
警官に食って掛かるラング。
「お前の父親は我が国で罪を犯したから然るべき場所で法の下で罰せられる」
「我が国で…法をもってだと…」
「…?」
ラングは怒りに震えた。
「お前達がこのスラム街の住民にちゃんと市民権を与えないから俺達はこんな惨めな生活をしなきゃならないんじゃないか!だから俺の親父は明日を必死に生きるために薬を売った!悪いことをやったかもしれないけど…生きるために仕方なくやった!お前達国が何もしないから!それで自分達に不利益がおきたから今度は市民権もロクに与えてもらえない俺達を法で罰するとかふざけんじゃねぇよ!!!」
警官にそう叫んだ。するとまわりの住民も騒動に何事かと思い集まってきた。
「貴様…!」
そう言うと警官はラングの胸ぐらをつかみ顔面を殴った。
「いてっ!」
するとその光景を見た父親は激昂し…
「おい!お前ら!俺の子供に手を出すんじゃねぇ!」
「貴様も黙っとけ」
すると今度は別の警官に親父は腹を蹴られうずくまってしまう。
「うぅ…」
「親父!何するんだ!お前らそれでも市民を守る警官かよ!」
「や、やめろ…ラングこいつらに言ったところで…」
「そうだな…市民を守る警官だもんな。だからその市民を守るためには悪者は排除しなきゃいけない」
すると警官は腰に構えていたサーベルを構えた。
「な、何をするつもりだよ…!」
「どうせここのスラム街の住民は市民権もなければまともな人権もない…。だから殺しても何も罪はない。しかもこいつは我がアルスティン王国に違法な薬物を流通させた罪人だ。殺しても何も問題はないだろう?」
「や、やめろ!やめろよ!やめろよ!」
サーベルを構えた警官を止めようとしたが他の警官がラングを羽交い絞めにして取り押さえた。
「やれ!」
「親父ィィィィ!やめろぉぉぉぉ!」
警官のかけ声と同時に構えたサーベルが父親の首に振り下ろされた。
「ラングゥゥゥ!!!」
自分の子供の名前を叫んだのが父親の最後の断絶魔であった。警官のサーベルでラングの父親の首と胴体を切り離し、父親の首は地面を転がっていった…地面は血の海となっていった。
「ハハハ!ざまぁないぜ!俺達警官隊にスラム街の住民ごときが逆らうからこうなるんだよバ-カ!」
「あ~あ、クソガキが生意気なこと言うからこうなるんだよ。大人しく連行されてればいいものを。服に少し汚ねぇ血がついただろうが」
「今日は悪者に正義の鉄槌を下したし、良い酒が飲めるな…ガハハハハ!」
「親父ィィィ!!!」
警官が高笑いする横でラングは転がった父親の首の元まで走り、服が切り落とされた首の血で真っ赤になりながらもラングは抱きしめて泣き叫んでいた…。
「親父ィィィ!…親父ィィィ!…」
だが、まわりのスラム街の住民はその異常な光景を見ても誰も助けようとはしなかった…。
「くそ…何で…何でお前ら誰も助けてくれねぇんだよ…何でだよ…う、うぅ…くそっ…くそっ…」
悲しみに暮れるラング…彼はこの日を境に世界を憎み始めた…。
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