3


 森を出た僕らは、森の傍に広がっている草原にいた一人の女性と合流した。

 それは森の近くにある岩の上に胡坐をかいて座っていて、その容姿は褐色の肌が目立つ女性だった。

 多分、僕を連れている二人の仲間だろう。二人と僕を見ては複雑そうな笑みを見せた。


「よお、なんだなんだ。まさかこんな森の中で調査のついでに男狩りとはね、恐れ入ったよ」


 その言葉に二人は違うと声を張り上げて叫んだ。

 その後に小柄の方が懐からスマホを取り出して褐色の女性に渡した。

 褐色の女性はそれを受け取ると表裏を回して軽く見た後、顔に近づけてスマホを視線と平行にしてみたり、逆に垂直にして顔を遠ざけたりして念入りに見ている。

 そして左右にあるボタンをポチポチ押す。それを見た小柄の方は仰天したように声を出す。


「おっまえ! それ押すんじゃない! 何が起きるか分からないんだぞ!」


 小柄の方が唾を飛ばさんばかりに言うが、褐色の女性は適当に相槌をしているばかりで上の空だ。

 小柄の方が話を聞かない褐色の女性に唸っている横で、エルフの様な女性が話しかけてくる。


「で、さっきの続きなんだけどさ、便利ってどんなことが出来るの?」


 そう聞かれるが、どう答えればいいのやら。下手に中途半端に言うのは駄目だ。そこから聞かれてしまうから一部の機能だけをハッキリと言ってしまおう。ここまで来てしまったのだから仕方がないというか、なるようになれだ。


「あれ、言葉とかを翻訳できるんですよ」

「は?」


 ポカンとした顔をした。いやだから、と再度言うがそれでもポカンとした顔をしたままだ。

 ややあってエルフの様な女性は退屈そうな顔になってため息をつく。


「マジ? そんな程度?」

「え、ええ」


 どうやら思っていたようなものではなかったらしく、酷くガッカリしているようだ。

 いったいどんなものを予想していたのだろうか。

 そんな少し下やり取りの後に、褐色の女性が喋り出した。


「随分と精巧な逸品だな。この片面のこれは一瞬ガラスかと思ったが何かの樹脂の様なもので固めた物かもしれないな、だが少なくともこんなゴミが無く綺麗なものは初めて見た。いやそれよりもそこらの樹脂品では磨いたところでこんなツルツルにならない上に引っ掻いても傷一つ付かないのは不可解で何で出来ているのか全く分からん。それ以外の部分は金属のようにも見えるが少なくともアタシは知らんし故郷の職人の家にもこういったものは無かった上にこっちも傷一つ付かん。ボタンの様なものを押してもが重さからして何かあるのは間違いない。だが、分解しようにもどこにも取っ掛かりがないからばらすことも出来ん。何かの道具だとしてもウンともスンとも言わないからお手上げだ。ただ一つ言えることは」


 褐色の女性は間をおいて僕ら三人を見渡して告げる。


「少なくともこれを作ったのはここいらの者じゃない。人かすらも怪しい。以上だ」


 そういい終えるとポイとスマホを投げてしまう。放物線を描いたそれは僕の目の前に落ちてきた。スマホは割と小気味の良い音で地面に転がり僕は壊れていないかが気がかりになったが縛られている以上確かめられない。

 するとエルフの様な女性がスマホを拾うと差し出すように僕に見せた。


「あんたなら使い方分かるんじゃない?」


 そういったエルフの様な女性に小柄の方は非難の声を上げた。


「そんなのは当たり前だろうが! そいつが持ってたんだぞ! そんな簡単に渡そうとするな! そいつが奴らの化けた姿の可能性のあるんだからな! っていうかこの森の中にこんなガキがいる時点でおかしいんだからな! もう少し考えて行動しろ!」


 そういった小柄の方はスマホをひったくる。エルフの様な女性は呆れるように肩をすくめたが、何も言わずに一歩下がる。

 小柄の方は褐色の女性にスマホを渡しつつ話しかける。


「おいガルガ。あれを使ってこのガキを調べろ」

「えぇ……、なんでそんな無駄ことを、それよりも報告とか色々と」

「早くしろ!」


 褐色の女性――ガルガは渋々と腰にあったポーチから白い何かを取り出す。

 それは白い紙をギザギザになるように折りたたんで一部を持ちてのように固定したもの、どこからどう見てもハリセンと呼ばれるものを出した。

 それを片手にガルガはゆっくりと近づいてきて、何の合図もなく僕の頭をブッ叩いた。

 パァン!! というやたら響く破裂音が木霊した。

 痛みはなかったがそこそこの衝撃に僕は頭がガクンと下に向いてしまった。


「何するんですか」

「……ほうら、無駄だった」


 僕の抗議の目線を無視してガルガはスマホをエルフの様な女性に渡した後ハリセンで肩を叩きながらダルそうに岩の上に戻った。

 スマホを受け取ったエルフの女性は興味なさそうに視線を遠くへ飛ばしている。

 小柄の方は僕をジッと見た後に肩を落とす。


「肩透かしだな」


 なんだか想定していた容疑の様なものが晴れたようなので縛りを解いてもらうように聞いてみよう。


「あの」

「なんだ?」

「これ解いてくれません?」


 僕は後ろを小柄の方に向けて聞いてみる。

 小柄の方はマスク越しにでも分かるほどに面倒臭そうなため息を吐いてエルフの様な女性に手をヒラヒラ動かす。

 するとバツンという音と共に腕を縛っていたものがなくなった。

 腕の調子を確認した後に後ろを向くと足元に何かのツタの様なものがあった。

 つまり縛っていたのはロープといったモノではなく植物を用いたものだった。

 これは多分エルフの様な女性がやった物でますますエルフっぽい。そこで直接質問することにした。


「あの、金髪のお姉さんってエルフですか?」


 そう聞くとエルフの様な女性はまたしてもポカンとした表情を浮かべる。雰囲気的に今度のはガッカリではなく理解が及ばないといった呆け方だ。

 その証拠に、


「あんた、何言ってるの?」


 こんな返答をされてしまった。

 どうやら違うようなのでそこから情報を聞き出そう。


「あれ、じゃあなんていうんですか?」


 そういうとエルフの様な女性と小柄の方とガルガは顔を見合わせた後にエルフの様な女性は小柄の方とガルガの方を指さす。


「この二人がどんな人種か分かる?」

「え?」


 そう言われ、小柄の方を見るが中身が分からないので不明。ガルガの方は一見して褐色という他は全くおかしい部分は分からない。

 僕が答えに詰まっているのを見たエルフの様な女性は、信じられない、と口にした。

 そして沈黙が僕らを包み込んだ。

 どうやら種族とかそういうのは常識のようだった。これはヤバい質問をしてしまった。

 ここは腹をくくらないといけない。下手したら介錯だ。

 あることない事とか言いながら意識を変えなければ。


「あ、あのですね。僕は皆さんのような人が居ないところから来ました。信じられないかもしれませんが本当なんです。で、僕は色々なものを見るためにここまで来たんです。怪しくないとは言いませんが道も何もわからず路銀もなく森を彷徨っていたんです」


 あることない事を一息で言い切ると小柄の方が考え込むように手で口元を覆い、エルフの様な女性は少し目を大きく開いた後にそっかーとウンウン頷き、ガルガは興味深そうこちらを見ながら岩の上で頬杖をついている。

 ややあって、エルフの様な女性が口を開いた。


「そう、そう! ならここら辺の事とか私たちの事を知らなきゃね!」

「おい! いきなり何言ってるんだ!」


 エルフの様な女性の言動に小柄の方はまた声を上げるがエルフの様な女性は指を振るう代わりに持っていたスマホを左右に振るう。


「待って待って、何も考え無しってわけじゃないのよ。一応この子の事を知りたいって考えはあるけど、貴方たちはこの板のような何かが気になるでしょう? 私はどうでもいいけど。ならここでこの子に色々レクチャーすれば、その分色々教えてくれそうだし、お互いの心のシコリも無くなる! ねー!」


 そう言いながらエルフの様な女性はスマホを僕に渡しつつ顔を覗いてきた。

 僕がスマホを受け取っていると小柄の方はその様子が気に入らなかったのか悩み所が増えたからなのか指で眉間を抑えている。

 その中にガルガが岩から降りて入ってきた。


「いいじゃないか。人助け、遭難者にモノを教えて、遭難者が持つ謎の物に近づく。面白いじゃないか」

「へっへっへ。わかってるじゃ~ん」


 そういうとエルフの様な女性とガルガは拳を合わせた。

 そしてエルフの様な女性は僕の後ろに回り込み僕の両肩に手を置いて顔を覗かせる。


「リ~ダ~。いいでしょ~? 人助けなんだからっさ~」

「リ~ダ~? おやや? うちのリーダーはこんなにも非情な人だったのかな? んっ? んっ?」


 僕の後ろに張り付くようにしているエルフの様な女性の言葉と共にガルガは小柄の方の横に歩み寄って煽っている。

 小柄の方は体が震えているが、多分、いや明らかに怒りを堪えている震えだろう。気の毒だが、ここからどうやって生きていけば分からないからここで放置されても非常に困る。まあそこら辺はあの女神がどうにかしてくれればよかった話だがそんなこと言っている訳にはいかない。

 僕は背中に張り付くものを連れながら小柄の方に歩み寄って頭を下げる。


「すいません! ご迷惑だと思いますが、生きていくためにここら辺で可能な働き口を見つけたいんです!」


 かなり我がままな言い方だったが、お金を要求するよりはいいはずだ。

 それを聞いた小柄の方は僕を睨み付ける。


「はぁ!? なんでそんなことまで面倒を見なきゃ――」

「そうでもないんじゃない?」


 小柄の方の言葉を遮ったのはエルフの様な女性だった。

 僕の背中越しにエルフの様な女性は僕の手のスマホに指を指しながら言う。


「私は興味ないけどさ、これって翻訳? っていうのができるんだって」

「なんだって?」

「ほう」


 小柄の方が訝し気な声を出し、ガルガは興味深そうに声を上げた。

 それにエルフの様な女性は続ける。


「例えばさ、たまに冒険者と一緒に遺跡調査とか行くじゃん? その時にこの翻訳とかって使えそうじゃん?」

「まてまてまて! 待て! なんで翻訳ができる前提の話をしているんだ!」


 小柄の方は声を荒げた。確かに、何も証明するものがない。僕からは分かるような事でも、この人たち側からすれば証明にならない。例え翻訳アプリを切って日本語で話しかけてもふざけている様にしか見られないはずだ。

 そこにガルガが声を掛ける。


「あ、その更なる前提なんだが、そもそもそれは道具なのか?」


 それに対して僕は電源ボタンを押す。すると画面がちゃんと点いた。良かった壊れていなかった。

 それを見た三人は揃えて驚きの声を上げた。

 小柄の方はますます考え込むように口元に手を添えて、ガルガとエルフの様な女性は興味深そうに画面を見ている。

 でも、ガルガがボタンを押しても何もなかったことから考えるとこのスマホは僕にしか使えないという事かもしれない。呼び戻せるし、完全に僕専用スマホだ。

 そして、画面を覗いたガルガはその内容に全く分からんと言葉を漏らした。エルフの様な女性も同調するように頷き言葉を漏らす。


「なんていうか、文字? っぽいのもあるけど、全くわからないね」

「これは僕の故郷の文字なんです」


 それを聞いてガルガとエルフの様な女性はへぇーと興味深そうに頷く。

 そこから、恐らくですが、という前置きと共に、使っている文字だけでなく喋っている言葉が異なり、それもこの道具が翻訳しており、この道具は僕にしか使えないことも一通り話した。

 一通り聞いたガルガは感嘆の声を上げた。


「真偽はともかくとして、かなり面白いな! これは組合に連れていってみても良いかもしれないぞ! なあ聞いてただろリーダー!」

「……」


 ガルガの言葉に小柄の方が俯く。エルフの様な女性が僕の後ろから、ねえいいでしょう? とヤジを飛ばす。

 小柄の方はちらりと僕を一瞥すると、上体を倒すように肩をガックリと落とし、


「分かったよ、援助すればいいんだろ? 分かったよ全く」


 そう言って折れた。


「さっすがー! リーダーは話が分かるぅ!」


 エルフの様な女性はそう言って僕の背中から前に躍り出る。


「じゃあ自己紹介! 私名前はヴィリス。家名はアギアナで、アギアナ・ヴィリスよ。よろしくね! あ、人種はシェルフ族よ」

「あ、はい。よろしくお願いします。ヴィリスさん」


 エルフの様な女性――ヴィリスは良い笑顔で自己紹介してくれた。

 シェルフ族、エルフとほとんど同じけど言い間違いとか聞かれなかったな、そういえば人種と言っているけどそこら辺も関係してるのかな。

 そう思考を巡らせていると、ガルガがヴィリスの横に並び流れに便乗する。


「アタシはガルガ、家の方はディーダっていって、ディーダ・ガルガってフルネーム。人種は一応ドガフ族だ」

「よろしくお願いします。ガルガさん」

「ほらリーダーも」


 ガルガの自己紹介の後にヴィリスは小柄の方に諭しかける。

 小柄の方は再度肩を落とした後に、マスクと頭の布を取る。

 その姿に僕は驚いた。

 手とかは手袋をしていて分からなかったのだが、その肌は緑色。鮮やかさの無いやや暗い緑色の肌をしていた。そして頭の布地から出てきたのはそれだけではなく顔の幅ほどに長い両耳。そして、マスクと頭の布地に挟まれて上手く見えなかったが、その瞳は真紅に輝いていた。

 小柄の方は驚いている僕を睨み付ける。


「ったく、私はイドリス。家名はテン。テン・イドリス。この徒党のまとめ役をやっている。人種は……ゴブリン族だ」

「……、あっよろしくお願いします」


 僕の様子に癪が触ったのだろう。

 小柄の方――イドリスは舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。

 それを見たヴィリスは苦笑いを浮かべる。


「ごめんね。リーダーは希少種族だから驚かれるのが嫌いなのよ」


 それに対して僕はそうなんですか、としか返せなかった。こういう人の内面については他人である僕が何かを言えるわけがない。少し気まずくしてしまったが、僕はそれではと前置きをする。


「ええっと、僕は名前の方が鏡太郎きょうたろうで、苗字というか家名は保桝ほますで、保桝鏡太郎といいます。よろしくお願いします」

「ホマス・キョウタロウ? こう言っちゃなんだけど、変ね」


 ヴィリスの言葉に僕は苦笑いするしかなかった。

 ヴィリスはごめんごめんと笑う。

 それから僕はこの三人に連れられ、三人が拠点としている町に向かう事となった。

 軽く話ながら草原を進んでいく。

 日本の都心では中々見られない大きな草原と遮る物のない青空。

 僕はやっと一息つけると思いながらも、これからどうやっていこうと悩みと不安を抱えながら歩いていく。

 さっきまでどうなるか分からない状況だったけど、何とかなってよかった。

 ヴィリスとガルガがいなければどうなっていたか分からない。

 僕は二人に感謝しながら、もしかしたらこの采配は女神が寄越した物なのかもしれない。なんて考えてみたりしてみる。

 そんなことを考えている時ふと周りを見てみる。

 後ろは先ほどまでの森なのだが、それ以外は草原や緩やかな丘の原っぱしか見えない。


「あの~」

「どうしたの?」

「町までどのくらいかかるんですか?」


 ヴィリスが反応したがヴィリスの声を遮ってイドリスが答える。


「ずっと歩いて5時間だ」


 ……。

 僕は別に運動不足というわけではないのだが、5時間ずっと歩くのはキツイ。

 これも女神の采配? 女神が言っていた体験?

 …………。

 僕は落ち込みながら三人に付いて行く。

 途中、ヴィリスに励まされた。いい人だ。どっかの「ヤベッ」なんていう女神と違って。

 僕は落ち込む気を紛らわすために三人と会話をしながら町を目指すのだった。

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