第21話 実験


「畦地先生、この度の参院選大勝、おめでとうございます。今晩は、お一人で美酒を味わっていらっしゃるのですか? 」


 時計はすでに零時を回っている。雑居ビルの地下のバー隅っこでポツリと黄昏ている男に、赤海は声をかけた。


「今日は独りで飲みたい気分だったが、あんたも来てたのか。突然、現れたと思ったら、いきなり皮肉か。あんなもの大勝でもなんでもないよ。」


「ご謙遜を。野党大惨敗のなか、唯一、議席数を伸ばしたではないですか? ほんと、マスコミという奴は、信用できませんな。」


 赤海は、一つ席を開けて座り、畦地と同じものを頼んだ。


「うちのような弱小政党は、生き残るので必死だ。この国にあってもなくても同じようなものだからな。そもそも、存在価値も存在意義もない。花城からは、畦地先生のところは、まともな政党なのかと聞かれたよ。ずばり、痛いところをついてくる。たまに、俺でもそう言いたくなる。」


 畦地は、タバコの煙とため息をグラスに吹きかけた。


「それにしても、今回は財団法人の会員たちを、花城という男を使って、うまく操ることが出来たじゃないですか? かなりの組織票が、先生の党に集まったと聞いておりますが。」


「まぁな。わしが一番驚いている。選挙において、一票を集める大変さは身に染みている。我々のような弱小政党は基盤を持っていない。あんたが一緒に財団法人を作ろうと誘ってきたときに、言ってた通りだったよ。これからの選挙には、国民の半分は投票にはいかない。選挙に行くのは頭の固い、死にかけのジジババだけだ。選挙に勝つためには、血の結束で固められた組織票が必要だと。我々が思うままに動く団体を作りましょう。なければ、一から作ればいい。そして、洗脳すればいいとな。」


「私も死にかけのジジィですがね。歳は取りたくないものです。そんなことを言いましたかね。先生は、これからもあの組織票を思う存分使えばいい。それこそ、庄の国、万歳です!!それにしても、自分の置かれた立場も分からず、愚かな民族ですね。それよりも、畦地先生、喜んでください。財団法人の会員もついに5,000人を超えたところです。まさに、これからが本番です!」


 暇をもて遊ばせているバーテンダーに、赤海が水割りのおかわりを要求した。


「相変わらず、楽しそうだな。もう、そんな人数になるのか? それにしても、会員数を増やすペースが早いのではないか。花城に気付かれるぞ。赤海さん、前に言ってたことを、あんたは本気でやろうとしてるのか? そんなことをしたら、この国はバラバラになるぞ! 」


「この国がバラバラ? 数千年前に、いろんな民族が集まって、ごちゃ混ぜになってできたのがこの国ではないですか。寒い北からやってきたもの、暑い南からやってきたもの。その後も多数の移民者がやってきた。我が国民は、勝手に単一民族と錯覚してるだけです。Y染色体とは、この国民を科学的に分類する道具なのですよ。遺伝子そのものが違えば、歩んできた歴史も違う。当然ながら、考え方も異なる。今まで、この国の人は争わないこと、差別をしないことを美徳に、臭いものに蓋をし続けてきただけだ。本当は、精神的にも物理的に相容れないものがあるのに。バラバラにするのではなく、あるべき姿に戻す。これこそが、本当の民族自決主義ですよ。」


 赤海が、飲みかけのグラスをかかげる。


「そんな荒唐無稽なこと、できるわけがないだろう。」


「簡単な話です。国民全員に遺伝子検査を強制させればいいんですよ。畦地先生が総理大臣になって、法律を通して下さい。そしたら、世の中が変わりますよ。遺伝子解析がもっと進化すれば、もっと正確な歴史を知ることができるかも。そうだなぁ。あなたの祖先は、残虐な武力で多民族から略奪した罪深い一族の出身です。あなたの祖先は、全てを略奪され、逃げ回った臆病者の一族の出身ですとかね。これまで語り継がれたこと、歴史の教科書は、実は全くの嘘だということに気付くでしょう。過去の祖先がやってきたことに、子孫達は遺伝子によって縛られるのです。これまでは長い年月が解決してくれましたが、犯罪者の子孫は、いつまでも犯罪者なのです。本来ならば、遺伝子の枠組みで、居住区を決めて、国を作りなおすのが正しいのでしょうがね。」



「そんな妄想……第一、国民自体がそんなものを許さないだろう。そもそも、そんな昔の話など、誰も知りたがるはずがない。過去の祖先が歩んできた歴史を知らされて、生まれた瞬間に差別とか嫌がらせを受けるかもしれないのに。赤海さん、その世の中にはならない。遺伝子には、そこまでの力はないさ!」


 この店は、音の概念を忘れたかのような静けさだ。畦地が乱雑に置いたグラスの音が鳴り響いた。


「私もすぐに実現できるとは思っていませんよ。だから、私はこの財団法人を使って、実験をしてるんです。遺伝子がどれだけ人を惑わすかを試しているのです。花城という虚像のリーダーが、うまい具合に誕生したところですし。実際に、遺伝子に縛られた財団法人の会員たちは、自分で考えることをやめて、妄信的にあなたの党に流れたじゃないですか。これは、画期的なことだと思いませんか? 遺伝子なんて、自分の目でみることもできないものに踊らされて。マインドコントロールされる新興宗教の信者のように。その様は滑稽だ。」


 赤海は笑った。


「恐ろしい人だな。だが、今回は、あんたのいう通りだったよ。財団を作った時は半信半疑だったが、血の結束がここまで強いものだとは、思わなかった。今回の選挙で、その力も十分見せつけられた。怖いくらいだ。」


「大丈夫です。私がしっかりやりますから。畦地先生は、これからも、花城や財団法人を政治の道具として使えばいい。何度も言いますが、私はあなたの最大の支援者なのですから。金も票も献上しますよ。」


 赤海は、畦地の肩をポンポンと叩いた。


「赤海さん、あんた、次はなにを考えているんだ?」


「これからも、欲にまみれた人達から、金をむしるだけむしりとります。これは、私をこれまで馬鹿にしてきた奴らへの復讐です。そして、この財団法人の会員数も資金力も、もっともっと大きくします。そのためには、あの花城には、もっと頑張って働いてもらわなければなりませんよね。花城は、畦地先生のことを信頼し始めているようですし。これからも、頼りにしてます。頼みますよ。」


「あなたの復讐のことは、わしには関係ない。赤海さん、この財団法人のその先にあるものは? 」


「そうですね。あいつらのいう通り、本当に庄の国とやらを作りましょうか。武器をこっそり輸入して、財団法人の会員たちを武装化して。盲目的な彼らなら本気でやるかも知れない。そのあとは、本当に独立宣言して、現政権をぶっ潰しましょうか。楪葉の言葉を借りれば、後から来たもの達へ復讐でしょうかね。」


 赤海は、可笑しくてたまらないかのように、気持ち悪い笑いをみせた。


「あんた、狂っているよ。まるで、あんたにとっては、財団法人も花城もおもちゃだな。」


「畦地先生、最高の褒め言葉です。赤ちゃんはすぐおもちゃに飽きますが、ボケ老人におもちゃを与えたら、一生離しませんよ。」


 この男の過去は知らない。ただ、選挙の票集めに利用価値がありそうだったから、軽い気持ちで付き合っただけだ。今回の選挙では、裏方としてよくやってくれた。ただ、赤海の猛毒に触れて、畦地は引き返すことが出来ない焦りと後悔を感じた。

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