第22話 発掘


 中間期で下方修正をせざるを得なかった我が社は、今期の着地見込みを一転して上方修正することを発表した。短期間でのV字回復をエコノミスト達が大絶賛したことにより、株価は大幅に続伸した。


 今回の増収要因は、どこからとなく湧いてきた新規のクライアント達だ。彼らが、売上を底上げしてくれたことに尽きる。


「花城執行役員には、常日頃からお世話になっていまして……」


 新規クライアント達は口を揃えて、付け加えた。そう言われても、身に覚えのない名前が並ぶ。


 私への社内評価は、株価と歩調を合わせるかのように駆け上った。元雨池派の役員達が企てた雨池復帰待望論も、一瞬にして消え失せた。来年には、何段階も飛び越して取締役か常務に昇進するのではないかとの噂も出始めた。


 これ程までに成果を出しているにもかかわらず、金川社長からは良くやったとのお褒めの言葉は全くない。昇進においても、周りが言うほど甘いものではないということは重々承知している。ただ、周りからの歯が浮くようなお世辞には、下心があると分かりながらも、悪くはない気分だった。一度ドン底に落ちた私にも、欲が出てきたということか。この前まで、地方に飛ばされていた身分にもかかわらず。


「当選確実がでました。」


 テレビでは、どの放送局も選挙速報が流れている。政治に疎い私でも、今回の参院選は注目をせざるを得なかった。畦地との面会後、自らの無知さを思い知った私は、政治や経済について、新聞や雑誌を読み漁った。


 畦地が所属する政党は、予備調査においてすこぶる評判が悪く、この選挙で全て議席を失うのではないかと見られていたほどだ。


 間接的にとはいえ、こんな政党に太鼓判を押したことに後ろめたさと恥ずかしさを感じた。だが、あんな書面一枚が影響を及ぼすわけがないだろうと思いながら、選挙速報を見始めた。


 だが、蓋をあけると、野党連合が惨敗した中で、畦地の政党は議席を失うどころか、議席を伸ばすという大健闘を見せた。


 これは、畦地が言う通り、財団法人の会員達の力なのだろうか?


 私の署名したあの書面にここまでの効果があったのだろうか?



 さすがに、あの書面一枚で、選挙の投票に影響を及ぼすなどは考えにくい。ただ、あの悪評極まりない畦地の政党が選挙に勝ったのには、窺い知れぬ大きな力が働いたような気がする。


 一方で、実際に我が社の売上が急伸し、株価も私の評価も上がったことは、まぎれもない事実である。素直に喜びを感じるとともに、どこかしらの気持ち悪さも感じざるを得なかった。


 あのとき交わした怪しい商談は、見事な黒い花を咲かせた。


 今年最後の幹部会を開催するというので、冬の冷たい空っ風を避けながら、いつもの場所に向かった。ビルのエレベーターで偶然にも、畦地議員と乗り合わせた。


「花城くん、先日の参院選では、本当に助かった。ありがとう!!」


 畦地は、心から喜んでいる様子で、無邪気に握手を求めてきた。


「いえいえ、私の署名の力などありませんよ。先生の実力と頑張りによるものでしょう。私どものの会社の業績も上向き始めました。先生が力添えして頂いたのですよね。これは、間違いなく先生のお陰です!こちらこそ、ありがとうごさいました。」


 エレベーターの狭い空間で頭を下げて御礼を言った。その瞬間、幹部会のある事務所のフロアに到着し、扉が開いた。


「なにを水臭いことを言うんだ。みんな、花城くんには是非協力したいと言っていたぞ。庄の国は、絶対君主制だ。君がお願いすれば、そりゃみんな従うさ!! 君はそのまま、思う通りに会社の業績を伸ばせばいい。会員たちはそれを逆に幸せと感じるだろう。」


 最初の幹部会で会った傲慢な畦地は、間違いなく私の嫌いな部類の人間だった。ところが、何度も駆け引きをしたり、同じ苦労を重ねると、どこか盟友のような不思議な関係になってきたような気がする。


「花城くん、最近、奥さんとは上手くいってないんじゃないか? なんなら、かわいい姫君も世話してやるぞ!! 」


 畦地の笑い声が、廊下いっぱいに広がった。私は不覚にも、年頃の中学生のように顔を赤らめた。


 この人は最後の一言がいつも余計だ。


 暖房の効いた幹部会の部屋には、いつものメンバーが勢揃いし、私ら二人が来るのを待っていた。冷えたコートをかけて、私は用意された真ん中の席についた。


「皆さん、御多忙のなか、お疲れ様です。幹部会を始める前に、皆さんに嬉しいご報告があります。先月末で会員数はついに6,000人を超えました。来年度には、10,000人の大台も見えてきました!」


司会の赤海副理事長が、満面の笑みで言った。


「えっ、もうそんなになるですか。なぜ、会員数はそこまで急激に増えたのでしょうか? 」


 夏に畦地議員と取引をしたころは、確か、会員数は4,000人くらいと言っていたはずだ。この3ヶ月余りで2,000人も増えたことなる。世間一般に、遺伝子検査が認知し始めたとはいえ、あまりにも異常なペースだ。


「これも、花城理事長の影響力でしょうね。前回の総会以降、遺伝子検査サービスの希望者が急増しているんです。有難いことに、会員の皆さんが、自発的に周りの方に勧誘をしてくれているようです。身内の方に声掛けをしてくれているので、当然に我々の一族の可能性が高い。おかげさまで、検査会社の方もてんてこ舞いで、急ピッチで解析を進めている状況にあります。お手元に会員数の全国分布図を示した資料を配りました。これをご覧になると分かるのですが、財団法人の会員は、北から南まで全国各地に散らばっているのです。つまり、庄の民は、まさに全国各地へ分散したということでよろしいですよね。楪葉教授!」


 今日は、いつにもまして饒舌な赤海副理事長は、真向かいの楪葉教授を見た。


「そういうことになりますよね……」


 どこかしら、元気が無さそうな楪葉教授は、うわの空気味と言った感じで、赤海とは対照的なトーンで答えた。


「それにしても、6,000人というのは、すごい数字ですね。楪葉教授、ところで、どこまで会員数は増えそうなのでしょうか? 」


 元気のない楪葉教授を気遣って、私は問うた。


「私にはわかりません…」


 全員に聞こえるかどうかというくらいの小さな声で答えた。


 やはり、今日の楪葉教授は、体調が悪いのか、どこかおかしい。その様子をみて、赤海が議事の方向性を戻した。


「これはこれで、喜ばしいことなのですが、会員達が各地で自主的に会合や懇親会などを開いているようなのです。さすがに、この会員数になると収拾がつきません。あとで、問題を起こされても困ります。そこで、会員数もここまで増加したので、この財団法人の組織をもっと明確にするべきだと思うのです。ここに、財団法人の組織体系の素案を作りましたので、ご覧いただけますか? 」


「まるで、一つの国のようですね…」


 赤海が手渡した素案には、私を頂点としたピラミッドとなっている。その下に実務のトップとして畦地議員。役職は総理大臣と書かれている。


 官房長官には、赤海副理事長、文部大臣には楪葉教授、財務大臣には木枯が記載されていた。それ以外の役職には知らない名前があるが、新規会員から選んだものということだった。地方には、各支部が置かれ、支部長が運営していくようだ。


 赤海の説明では、理事長である私が絶対君主として侵されない領域にあり、総理以下が運営を行う組織らしい。


「これを、今度の総会に諮ろうと思います。皆さんのご意見はありますか? 」


「さすがに、絶対君主制度というのは、時代錯誤と言うか、私にとっても荷が重いような気がしますが。それに、役職を大臣とか名乗るのは重々しいような気がします。もっと、現代風に軽いものにしませんか?」


 飾りの首長、象徴の存在ということは分かっているが、このような組織図を見せられると、さすがにこれはキツイ。そもそも、絶対君主の私はどんな顔をすればいいのだろう。どこかの王国の王か、新興宗教の教祖さまか。


「いえいえ。ただの組織上の表現ですから。花城理事長がそこまでの責任を感じなくてもよろしいですよ。このような名称をつけたほうが、分かりやすいですし、みなさんの結束が高まるので、採用しただけです。エンターテイメントですよ。遊びの一種と考えてもらえれば!」


「役職の任期はあるのでしょうか? 私の任期も区切ってもらえれば助かるのですが。」


 できれば、こんな役目は早く終わってしまいたい。会社法では、役員の任期は2年だ。畦地に、助け船を求めようとしたが、なんとも言えない複雑な表情をしている。


「理事長職については、基本世襲制です。最古の遺伝子は、その子に継承されますから。ただ、世継ぎがいない場合は、会員の中から、我が民族の最も古いタイプをもう一度探し出さないといけないですね。我々の実務レベルの役職は花城理事長が指名するか、場合によっては、会員選挙すればよろしいのでは。とりあえず、この組織体系をスタートさせて、修正点を検証しながら、追い追い考えていきましょう」



 あくまで、この法人は公の法律である一般財団法人法に従う。この組織図に書かれている役職の名称は、あくまで組織の結束を図るためのあだ名のようなものだということか……。さすがに、あなたには絶対君主という身分が与えられますと言われると恐縮してしまう。


 だが、もともとは庄の国という古代国家をモデルにした組織なので、この組織図もエンターテイメントという遊びということなのだろうと解釈した。


 赤海の提案に対して、めずらしく、畦地は賛成も反対も言わない。畦地と赤海はただならぬ関係。事前に二人で打ち合わせした上での提案なんだろう。この件に関しては、他の誰も異論を出さないようだし、これ以上の議論はめんどくさくなり、認めることにした。


 幹部会の承認を得て、『庄の国』の体制が固まった。


 楪葉教授が恐る恐る手を挙げた。断崖絶壁に追い詰められたような表情を見せている。


「花城理事長、私からもお願いがあります。前回の幹部会でもお話しましたが、庄の国の祠の発掘調査を総会の議案としてあげてもらえないでしょうか? もう、私には時間がありません。なんとかお願いします。」


 楪葉教授の対象は、赤海でなかった。理事長である私をまっすぐ見て、提案した。


「だから、昨年も言っただろ。発掘してなにも出なかったら、誰がどう責任を取るんだ。今まで盛り上げてきた庄の国は間違いでしたので、解散しますと言うのか。そんなことしたら、この財団法人の根底がすべて吹き飛ぶぞ。そんなリスクは負えないさ。悪いけど、当分の間、教授諦めてくれ!!」


 苛立ちを隠せない畦地は、おもちゃに駄々をこねる子供を諭すかのように、あえて優しく言った。


「そんなことは、ありません。昨年から、寝る間も惜しんで、さらに研究を進めました。この研究資料をご覧下さい。あそこは、間違いなく、庄の国の聖地なのです。まさに、歴史を覆すものが埋もれています。さらに確信を持つことができました。」


 いつも、冷静な楪葉教授は、髪を取り乱しながら、分厚い研究資料をワタワタと配り始めた。


「教授、もういいよ。あなたの熱意は十分伝わったよ。でも、いまは無理だ。もうこれ以上は、やめておきなさい。」


 畦地は、配られた資料に目を通しながらも、尚も優しく諭した。


「やめろだって?あなたらは、私を最初から騙すつもりで、嘘をついたのですか? 都合のいいことばかり言って。それは卑怯だ。なんとかお願いします。あなただけが頼りだ。花城理事長!!」


 今回の楪葉教授は、目を充血させながら、なかなか引き下がろうとはしない。絶対に折れないという強い意思を感じる。


 最初から騙すつもり!? 嘘をつく!?一体なんのことだ。私は何故、教授がここまで発掘調査にこだわっているのか、そして何に騙されたと怒っているのかが飲み込めずにいた。


 だが、今回の楪葉教授は本気だ。


 楪葉教授は、最後の頼みの綱として、絶対君主である私の目をみて、懇願してきた。


 さすがに困った。訳がわからない……。



 突然、拳で机を叩く音が部屋中に響き渡った。おもちゃを諦めない教授に、畦地が爆発したかと思った。私も楪葉本人も。


爆発したのは赤海の方だった。


 これまでに聞いたことのない天地轟くような怒鳴り声をあげた。


「いい加減にしろ!! だから、何度もダメだと言ってるだろう!! 教授、いま、この財団法人は一番大事な時なんだ。せっかく、苦労してようやくここまできたのだ。庄の国伝説は、伝説だから価値があり、人を魅力するのだ。全てを明らかにしたら、人は興味をすぐに失ってしまう。教授、あなたは何もわかっていないから、もう一度言う。いまは、会員数を増やして、組織化を進めてる段階だ。そして、この法人をさらに強固なものにしなければならないのだ。あなたの夢物語に付き合っている暇はないのだよ。」


 ここまで、感情を剥き出しにする赤海を初めてみた。あまりの怒鳴り声に、私までもが驚きで心臓が激しく動悸した。そのかわりに、部屋は時が止まったかのような静寂が包む。


 楪葉教授は完全に戦意を喪失してしまったようで、先ほどまでの勢いが完全になくなってしまった。楪葉のあまりの落胆した様子に同情した私は、少しでも手を差し伸べようとした。


「ちょっとよろしいですか。楪葉教授にお聞きするのですが、発掘調査にはいくらぐらいかかるのですか?」


「えっと。そうですね。規模によりますが、発掘調査費用として3億くらいは必要かと……」


 楪葉教授は、絞り出すように答えた。


「そんなにもかかるのですか。木枯さん、いま財団法人の預金残高は、いくらぐらいあるのですか? 」


 木枯をみると、同時に彼も戦意喪失しているようだった。雰囲気は異なるが、従兄弟同士で似ているところもある。手元の財務資料をひっくり返した。


「約5億くらいです…」


「楪葉教授、不測の事態で追加の調査費用もかかるかもしれませんし、お金の面を考えると、今の段階では皆さんがいう通りに諦めた方がいいかもしれないですね。残念ですが、また、今度にしましょう。」


 さすがに、3億もかけてやる経済的価値は、今の所、見出せない。ここは、楪葉教授には我慢してもらうことにしようと思った。楪葉は、納得いかないような表情をしてる。それ以上は、何の意思表示も示さなかった。



 それよりも、今までずっと疑問に思っていたことを思い出した。


 この財団法人は、遺伝子検査サービスを開始するにあたり、多額の出資をしたはずだ。そこから生まれるリターンはほぼない。何故、法人には今なお5億もの金があるのだろうか? 収入はほとんどないにもかかわらず。そう思うと、聞かざるを得なかった。


「前から思っていたのですが、財団の収入源ってなんでしょうか? 預金が5億もの資金があるなんて、すごいことです。遺伝子検査サービスへの出資もそうですけど、経費も相当なものだと思います。定期総会の資料でも、その詳細は省略されているように思えます。木枯さん、もっと、具体的な数字をもって説明して頂けないでしょうか? 」


「………」


 木枯が、いつにも増して挙動不審となった。その仕草は、なにを隠しているかのようなそぶりだった。彼の本質そのものが、嘘をつけないタイプなんだろう。


「それは、私がお答えしましょう。財団法人の基盤は、善良な市民の方々からの多額の寄付によって成り立っているのです。今年度の単年度収支も黒字です。花城理事長にはご迷惑もかけませんし、ご心配には及びません。実務はわたしが責任をもってやっていますから。それでは、時間もおしてますし、幹部会も終わりましょうか……」


 先ほどの怒りが嘘かのように、赤海は穏やかで晴れやかな表情を見せて、幹部会をしめた。


 赤海は心の底を見せない。私がこの財団の実権を握っているのだから、お飾りの理事長は口を出すなと言わんばかりだった。


 その様は、まるで狂おしいほど光ったり、時には陰鬱に赤黒ずんだ海のようだった。

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