第17話 建国
「あとから来た奴らが攻めてきたぞ!!」
暗闇から演者が叫び、闘いのシーンとなった。会場の至るところで、叫び声が聞こえ、舞台の横からは灼熱の炎があがる。
この演劇は、演者の身体に取り付けたセンサーによるリアルタイムの動きにあわせた映像演出と、立体的なプロジェクションマッピングを組み合わせた最先端技術を駆使したものだ。財団法人の総会に参加したものたちは、次第に心を奪われた。
今回の総会は、東京のコンサートホールでの開催となった。
財団法人は、女人禁制の掟を破り、女性を含めた家族同伴での総会への参加を認めた。その結果、参加希望人数は700名を超えて、前回の開催地であった地方の都市には収容できるところがなかったからだ。そのおかげで、この東京の会場では、音響施設も充実しており、今回のデジタル演出が可能となった。
いま、会場では「庄の国」の成り立ちから滅亡までを舞台化したものを上映しているところだ。
楪葉教授の研究論文をベースに、例の映像プロデューサーが演出家として組み立てた。それに、最新のデジタル演出のエッセンスが加わり、舞台は完成した。
胡散臭さ満点の映像プロデューサーが演出したものなので、半信半疑だったが、なかなかの出来栄えだ。下手な三流映画よりも泣ける仕上がりとなっている。
遺伝子検査という科学的な裏付けによって、同一民族と証明された私達が、この会場に一堂に集められている。我々の遠い祖先が、このような残酷な歴史を辿ってきたことをバーチャルリアリティで体験することになる。これで、血の結束が固まらないはずがない。
会場の誰もが、自分自身の体験として感情を移入し、隣にいる家族との関係をダブらせる。家族を守る=民族の誇りを奮い立たせることになった。
現に、何人のものたちが、その舞台に心を打たれ、泣きながら嗚咽している声が会場に響き渡る。
「会場を盛り上げるために、サクラを何人か仕込んでいたんですけど。この様子をみると、そんな必要はなかったみたいですね。想像以上に皆さんの気持ちが高まっています。私も演出家として、何度も観客の反応を想像して、試してみるんです。このような感覚になることは初めてです。まるで、会場全体がマインドコントロールされているようです。」
裏方で待機している私に、映像プロデューサーが耳元で囁き、私の肩を叩いた。
クライマックスのシーンに差し掛かった。
後から来た者たちが、一瞬のうちに庄の国との闘いを制し、我々の一族が皆殺した。それはそうだ。武器を全部捨ててしまったからだ。そして、庄の国のシンボルである祠が、後から来た者たちによって、無残にも壊された。辛うじて生き残った者たちは、身を隠すように離れ離れになって村を去ることなる。
この財団法人のことは、まだ信用をしていない。赤海や畦地たちが、この財団を使って、何を企んでいるのかも分からない。当然、この舞台も虚像であって、騙されるなと叫んでいる自分がいる。ところが、私自身も心を打たれて、心の底からの涙がでてきた。
その様子に気付いた映像プロデューサーが、私のほうに近づいてきた。涙を流しているところを、この男には絶対に見せたくない。
「花城さん。それにしても、我ながら良いものができました。これは、商売にしたいくらいの私の最高傑作です。僕は、あなた達とは全く関係がない他人だけど、仮にこの民族の一人だったら、胸が切り裂かられるくらいに辛いんだろうな。花城さん、僕が書いた原稿よりも、あなたが心のなかで感じたことをそのまま表現した方がよい。あなたの感じたこと、心の叫びをそのまま会場にぶつけてください! 期待してますよ。」
彼は、この舞台の主役である私に最後の演技のアドバイスをした。
私の心の中で、何かが生まれたような気がした。いや、何かが降りてきたような気がした。うまく表現できないが、少なくとも、映像プロデューサーが書いた偽物の原稿のほとんどが頭の中からとんでいた。
舞台の余韻が残っている中で、再び、司会である赤海副理事長がマイクを握った。感泣するのを恥じるかのように、掌で顔を撫で下ろしてごまかした。
「私も一族のものとして、今の舞台をみて心が大きく揺さぶられてしまいました。感極まってしまい、このような無様な姿をみせて申し訳ありません。しかし、我々は過去の辛い歴史を嘆いてばかりいてはいけません。現代まで生き残った私達は、先人に感謝をしながら前を向いて歩かなければなりません。楪葉家に伝わる庄の国の古文書には、こう書かれています。我が一族の王は、神から最初に分岐したものとすると。その古文書に忠実に再現するために、財団法人のスタッフは、約2,500人の会員すべての詳細な遺伝子解析をし、次の我々のリーダーを特定することができました。人類史上、ここまで公正なトップの決めかたがあったでしょうか? それでは、これからの我々一族の未来を導いてくれる方を紹介します。花城新理事長です!!」
そのように赤海が叫んだあと、一瞬にして会場が暗転し真っ暗になった。壇上には、小さな朽ちかけた石碑が、立体的な映像として現れた。木枯と一緒に見た庄の国の崩れかけた祠の残骸だ。まるで、あの森の中にいるようなリアリティのある不思議な感覚がある。
冬の季節がきて、祠は猛吹雪に吹き付けられても、健気に耐えている。
厳しい冬が過ぎて、春がやってきた。雪解け水の流れる音がどこからして、空から、桜の花びらが一枚一枚と降ってきた。
会場が桜の花びらでピンク一色になったところで、一番後ろの扉が開かれた。
眩い光の奥で、民族の新しい王が登場した。
会場の何人かが、その場で立ち上がり、新しい王に頭を下げた。人間とはおかしいものだ。それにつられて、会場の全員が一斉に立て上がって、私を出迎えた。
後ろの扉から、舞台まで一直線光の道ができた。私はその光の道をゆっくり歩いた。一族の皆が、景仰の眼差しを浴びせてくる。
新しい一族の王が、光に包まれた壇上に立った。
しばらくの間、私は目を瞑った。自分で驚くほど、心は穏やかだ。
新しい王が、何を話すかを固唾をのんで待っている。こんなに広い会場なのに静寂が包む。
「この度、理事長に就任した花城と申します。いま、ご覧いただいのが、私どもの祖先が歩んだ暗くて悲しい歴史です。我々は、後から来たものに追われ、身を潜め、離れ離れになりました。そして、長い年月が過ぎることにより、我々は庄の民であることも忘れてしまったのです。ただ、現代の科学技術の進歩のおかげで、私たち庄の民は、こうしてまた集まることができました。それが、この財団法人なのです。皆さん、ようやく会えましたね。」
どこか、おかしい。なぜ、思ってもいないことをスラスラと出てくるのだろうか。
「私は、一般の家庭で生まれ、普通に育ってきました。振り返と、自分の祖先がどこで生まれ、どこからやってきて、どういう歴史を辿ってきたのか、そして、何者かも分かっておりませんでした。その時に、皆さんも体験された遺伝子検査サービスを受けたのです。解析の結果、我々の祖先は、平和を好み、仲間を愛し、誇りある民族だったのです。私は父親から小さい時に教えてもらったことを思い出しました。うちの遠い遠い先祖はね。昔、花の城に住んでいたんだよ。だから、うちは花城と名乗ったのだと。」
こんなの嘘だ。父親からこんな話を聞いたことはない。映像プロデューサーが書いた原稿にあったことを、さもあったかのように話している。
「我々の民族は、高尚で潔癖な考えを持っていたため、争いを嫌い、すべての武器を放棄することを選択しました。そのため、野蛮で残虐卑劣な後から来たもの達に滅ぼされ、全てを失いました。みなさん、悔しくないでしょうか? 我々の祖先はなにも間違っていない。正しい生き方、正しい行いを貫いただけなのです。」
先ほど上演された舞台のせいだ。私の感情が、知らない何物かに奪われたままだ。
会場の会員たちは、私の話をどのように聞いているのだろうか。こんな嘘のような話を信じているわけがない。白けて見ているのだろう。いや、違う。みな、私と同じく、恍惚の表情を私に見せている。こんな私の全てを受け入れてくれる。
「それでも、私達は生き抜いてきました。振り返って、今、私達が生きているこの時代ではどうでしょうか? 確かに、上辺では平和が守られているような気はします。ただ、それは幻想に過ぎないことは皆さんも気づいていらっしゃるのではないでしょうか? この現代においても、人は憎しみあい、人を蹴落とし、人から奪う。世界を見渡せば、この瞬間においても戦争で何人もの弱い者たちが犠牲となる。世界一平和と呼ばれるこの国でも、会社の中においても、学校の中においても、介護施設においても弱い者たちはいじめの標的となる。こんなにも、科学技術が進んだにもかかわらず、なにも、太古の時代と変わらないのではないでしょうか?そんなのはおかしい、もう、こんなバカなことはやめにしましょう。今の国家でできないのならば、我が一族でやり遂げましょう。」
なぜ、このようなことを語りかけているのだろう。会社で起きた雨池の一件があったからだろうか。
まずい。心の中で感情が暴走している。歯止めがきかなくなってきた。
私はお飾りの一族の首長、赤海たちに利用される象徴。そんなことは、わかってる。だから、これ以上、踏み込むのはやめろ。
「そこで、皆さんの心奥底にある遺伝子に話しかけます。もう一度、離れ離れになった我が民族を結集させましょう。そして、みんなで一緒に、我が民族の誇りを取り戻そう。そして、この腐り切った世の中を立て直し、先人たちが夢見た真の争いのない理想的な国を作ろうではないか!!」
私は、一体何を言ってるんだろうか? もう、後戻りはできなくなった。
会場の誰かが立ち上がって、スタンディングオベーションをした。それにつられて数人が続いた。そして、会場全体が拍手に包まれた。
いきなり、壇上の横にいた赤海が叫んだ。
「我が一族の王の誕生です。そして、今日は我が国、庄の国の建国記念日です!!」
民衆は、カリスマの指導者の誕生に我を忘れて乱舞した。非公認の新しい国が誕生した瞬間だった。
その様子をみながら、赤海が小さな声で呟いた。
「想像以上の働きだ。一族のみなさん、これから広がる未知の世界へようこそ! 」
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