第16話 演出


「大将、取締役会はうまくいったようだな。雨池を無事に追い出すことができたようだし……今度は俺たちのお願いをきいてもらう番だな」


 中央の席で、椅子にどっかりと腰を下ろしている畦地は言った。


 財団法人の定期総会まで、あと2週間をきった。最終の打ち合わせとして、幹部会が東京の事務所で行われていた。


「分かっております。その節は本当に助かりました。私にできることならばご協力します」


 私は素直に、頭を下げた。この男は嫌いだが、悔しいが本当に助けられた。



 嵐のような取締役会が終わった数日後、雨池専務は依願退職する形で会社を去った。人事担当役員も、パワハラやセクハラを放置した責任をとり、地方の関連会社へ出向となった。ついに、金川社長が引導を渡したのだ。社長が言ってた会社の膿とは、この事だったのだろうか。


 内部告発者が誰だったのか、最後までわからなかった。だが、経営陣が雨池を失脚させたことに対しては満足したのか、それ以上の要求はなかった。とにもかくも、会社の恥部をさらすという最悪のシナリオは、寸前でなんとか避けられた。


 やはり、畦地からもらったキックバックの証拠資料が、大きな武器となったことは否めない。これがなかったら、雨池をここまで追い詰めることはできなかった。


 だが、この目の前の男からどんな見返りを要求されるのかが不安で堪らなかった。それが、毒を飲むということだった。その畦地が、財団法人の幹部会に来いというので、従わざるを得なかった。



「それでは、皆さんお集まりなので、幹部会を始めましょうか。今度の定期総会では、花城新理事長のお披露目の儀式となります。つまり、失われた庄の国の首長の誕生ということになります。失敗は許されないので、十分作戦を練っていきましょう。」


 赤海がそう言うと、分厚い総会打ち合わせ資料が配られた。その資料を見るだけで、気が滅入ってきて、最後の抵抗を試みる。


「打ち合わせの前に、皆さんにお聞きしたいのですが。本当に、私なんかが理事長となってよろしいのでしょうか? 身分不相応というか、やはり、他の方がやった方が…」


「それについては、私から説明します。遺伝子検査サービスで、財団法人の会員一人一人の遺伝子解析を慎重に進めました。やはり、花城さんの遺伝子が、我が民族で最も古いタイプに分岐したものとして、科学的根拠に基づいて認定されました。古文書にも、神からもっとも早く分岐したものを首長とする旨が書かれております。その血の掟を、守らなければなりません。よって、花城さんが、我が民族の正統な首長で間違いありません。もっと、自信を持ってください。」


 楪葉教授が、一族の長としての正統性についてを和かに話した。古文書に書かれていることが絶対だという空気が、この幹部会には流れている。だから、他の幹部からの反対もなさそうだ。


 しかしながら、これまでの経緯をみると、この財団法人の人間はいまいち信用ができない。ましてや、理事長なんかなりたくもない。とりあえず、就任したとしても、あとからなにを要求されるかわからない。


 この面子で一番信用できそうな人物。


 助けを求めるように、経理担当である木枯を見たが、彼は目線を背けた。幹部会の前に、廊下ですれ違う木枯と話そうとしたが、会釈だけをして私を避けた。


「はぁ、そうですか。それにしても、荷が重いですね。理事長の仕事とは具体的になにをするのでしょうか? 私も普段の仕事が忙しいものですから、なかなか法人の行事には参加できないかもしれませんが」


 なんとか理由をつけて、理事長という職を避けたい。最悪、役員にはなってもいいが……。


 

「ご心配には及びませんよ。引き続き、私が副理事長として、補佐をさせて頂きます。法人の運営、雑務については、すべて私共にお任せください。花城さんは、この一族の首長として、象徴のような存在であればよろしいかと思います。もちろん、報酬もお支払い致しますよ。」


 今後も、この赤海らが財団の実権を握るという意思表示であり、私には口を出すなということだ。つまり、私はお飾りの代表ということだ。いまの仕事を掛け持ちしながら活動できるわけもなく、それならそれで、都合が良いと思った。煩わしいことはたくさんだ。あとは適当にやってくれ。


「私には、カリスマ性もないし、ただの凡人です。いくら役員の皆さんが、私を理事長として認めるとしても。何千人といる会員のみなさんが、納得するわけがないと思いますが………」


「そうなんです。ただ、花城さんが理事長に就任しましただけでは、血の結束は生まれません。だからこそ、今回の総会において、花城新理事長が誕生したという儀式が大事なんです。つまり、この現代に、我々一族の王が生まれたということを皆さんに印象づけなければならないのです。そこで、今回の総会で、ご協力いただける方をご紹介します。総合演出を担当されますイベント企画会社の方です。」


「ながながとご説明有難うごさいます。よろしくお願いします。」


 部屋に入ってから、幹部会に見慣れない若い男が座っていると思っていた。その男が、はじめて言葉を出した。


 イベント会社の映像ディレクターという肩書きの名刺を、私に渡してきた。改めて彼を見てみると、服装、雰囲気、いかにも業界人という見た目で、軽い感じがする。


「こちらこそ、よろしくお願いします。それにしても、私のようなもので大丈夫でしょうか? 」


「そうだなぁ。花城さんは、見た感じが地味だけど。ま、僕が演出すれば、みんな騙されるから! 騙すって表現はおかしいか。上手くいきますって、大丈夫!! 大丈夫!! 」


 やはり、見れば見るほど、胡散臭い。


 彼はアイドルのライブやコンサートのデジタル演出をいくつも手掛けてきており、業界の中では有名人らしい。



「今回の総会を盛り上げるために、多少は脚色のある演出を彼にお願いしておりますが、総会の進行は、わたしく赤海がやりますので。花城さんには、そこまで負担はかけません。ただ、総会の最後に、新任理事長としてご挨拶をしてもらわなければなりません。」


「そうなんですか。人前で話すのは苦手なんで、嫌だなぁ」


「大丈夫だろ。この前の取締役会でも見事な立ち振る舞いだったと聞いてるぞ。自信をもて!! あの雨池を追い出したんだぞ」


 畦地が、珍しく私を褒めている。どこか親近感が湧いてきて、その存在感は頼もしく見えた。人前で話さなければならないのならば、議員の演説手法でも教えてもらおうかと思った。


「こちらで、挨拶の原稿を用意しましたので、目を通して頂ければ……」


 赤海が、就任挨拶文の原稿を渡してきた。結構なボリュームであり、全部覚えられるか不安になった。


「花城さんは、心配性だなぁ。その原稿は俺が書いたもんだよ。多少、失敗しても僕の演出でカバーできるし大丈夫!!」


 映像ディレクターが、学芸会の打ち合わせのように軽いノリで言ってきた。この人が書いた内容で本当に大丈夫なのか。やはり、こいつは、絶対に信用できない。


 映像ディレクターが、総会の流れを一通り説明した。そして、幹部会も終えようとした。



 楪葉教授が、慌てて手を挙げた。


「ちょっと待ってください。みなさんに、お聞きしたいことがあります。庄の国の学術的な研究は、順調に進んでおります。例の森の中にある祠も、私の研究では庄の国のものと特定できました。早く、財団法人で予算組みをして、発掘調査をやってみたいのです。発掘調査については、前からお願いしているのですが、いつになったら取り掛かることができるのでしょうか? 」


 財団の運営には、ほとんど口を挟まない楪葉教授が、胸につかえたものを吐き出すように言った。


「教授のお気持ちも分かりますが、まだ、発掘調査をするのには早いのではないでしょうか? 」


 赤海が、丁寧な言葉使いとは裏腹に冷たく返した。その様子をみて、楪葉教授は私に懇願するように問うた。


「花城さんは、一族の長としてどう思われますか? 祠から、庄の国の遺跡が発掘されると、一族の結束をはかれると思うのですが……」


「私は飾りだけの理事長なので、残念ながらよく分かりません。私も、1度だけ森の中の祠を見たことがあります。廃れてはいましたが、とても美しくて、神聖なものを感じましたよ。」


 私は話の流れが読めず、発掘調査について、賛成も反対も言わなかった。深いことを何も考えずに、木枯と行った時に感じた祠の感想を述べただけだ


「そうでしょ。花城さんが感じられた通りです。あの下には、きっと庄の国の遺跡が眠ってるはずです。これは、この国の歴史的な発見に繋がります。今すぐ、発掘調査に取り掛かりましょう。法人に資金もたっぷりあるはずだ。そうだろ、木枯くん。」


 楪葉教授は、従兄弟であり金庫番の木枯に、頼み込むように、眼差しを向けた。争い事が嫌いな木枯は、俯くのが精一杯だった。木枯は、この楪葉の提案の結論を知っているようだ。


「もし、金をかけて何も出なかったら、どうするんだ? その瞬間に、庄の国の威厳もこの財団の存在意義もガタ落ちだ。財団の資金も無制限にあるものではない。そんな不確かなものに金をかけるよりも、今は遺伝子検査サービスを世間に広めて、会員数を増やすことが先決だろう」


 あからさまに、畦地が苛立ちをこめて言った。さすがに、線の細い楪葉教授では、百戦錬磨の畦地の相手をすることはできなかった。戦いに負けたボクサーのように、真っ白になった。



 私は、畦地の交換条件を果たすため、流れに従い、飾りの理事長をやるしかないのだ。楪葉の提案など、どうでもいいのだ。ただ、ここにいる幹部達は決して一枚岩ではない。それぞれの想いが衝突し、渦になっている。


 何故、楪葉教授はあんなにも、発掘調査にこだわったのだろうか?


 財団法人の会員数も、この1年で急激に増加して2,500人を超えたということだ。何故、ここまで急ピッチで増えているのだろうか? Uタイプの一族たちは、どこまで膨張していくのだろう?


 この財団法人の資金は、遺伝子検査のスタートに20億もの投資をしながら、剰余金は積み上がっている。どこから、金が湧いてくるのだろう?


 そして、この財団法人は、どこに向かっているのだろうか?


 すべてが、分からないことだけだ。ピエロは演出家に従い、忠実に踊るだけだ。アドリブをする事さえも許されない。操り人形のように踊るだけさ。



 幹部会が終わり、応接室には二人の男が残った。


「ようやく、ここまで来たな。さすが、赤海さんだな。あんたの描いた通りになってるな。お疲れ様。」


 畦地が、タバコの煙を吐き出した。そういうと、赤海に自分のタバコを差し出した。


「いや、一度貧乏をした時に、買える金もなくなり、タバコをやめたのです。先生、まだまだ、これからがスタートですよ。あとは、あの男がちゃんと踊ってくれるかどうかです。」


 赤海が冷淡に笑った。二人は、遠くに視線をむけて、決して目を合わせない。


「あの男は、しっかりと理事長としてやってくれるさ。最初は頼りない男だと思ったが、なかなかやりよる。多少は助けてやったが、自分の力で自分の会社の専務を追い出しやがった。」


「そうですかね。あんな取るに足りない男。これからも飴を与えながら、我々の思う通りに動かして行きましょう。それよりも、今回の総会がうまくいけば、会員数は急増するでしょう。そうなれば、必ずどこかで、畦地先生の政治活動のお役に立てる局面があると思いますので。その時は、存分にお使いください。私は、先生の一番の応援団なのですから。」


「そうなればいいけどな。その時が来ればよろしく頼むよ。」


 畦地は、赤海という男を、不気味で、相変わらず食えない男だと、前から思っている。いまは、忠実な素ぶりを見せているが、いつか、牙をむき出しに刺してくるかもしれない。それほど怖い男だ。今は、利用価値がありそうだから遊ばせておこう。ただ、決しては心を許してはいけないと思った。

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