第10話 胎動


 轟然たる雷鳴が鳴り響き、子供が散らかしたBB弾のような霰が地面に散らばっていた。


 ドォーン!! ドカン!!


 あっ、近くに落ちたな。


 地響きがする。


 この時期の雷は、冬の到来の合図として、この地区では「鰤起こし」と呼ばれる。


 地元の人にとっては、寒ブリの季節がやってきたと思うらしいが、東京の生活に慣れてしまった人間としては、この天候は憂鬱以外のなにでもない。


 その日は、午後一番に年末年始向けの急な注文が入り、全員が倉庫に集合し、借り出されることになった。


 私も使い古されたマニュアルを手元に置きながら、慣れない検収作業を見よう見まねでやってみる。


 単純作業の連続ではあるが、不器用な私には難しすぎる。目の前のおばさんの手さばきが神業にみえる……。


 このような緊急の場面では、役員だろうが、若い者も年老いたものも協力しなければ関係ない。そうでなければ、そもそも中小企業は成り立たない。目の前のおばさんも夕飯の準備があっただろうに、ほんと、申し訳ない。


 それにしても、倉庫の凍てつく寒さに手は悴み、吐く息は白く、身体の芯から冷える。


「さっさと終わらせて、みんなで飲みに行こうぜ!!」


 中堅どころの社員が、閉塞感が漂う雰囲気を打破するかのように、周りにハッパをかけた。


 冗談交じりに、みんなで円陣を組もうという話になった。


「花城さんも、入ってくださいよ!!」


「え!? 俺はいいって!」


「ほら、恥ずかしがらないで……」


 円陣を組むなんて、いつ振りだろうか。中学の野球部でやったかどうかだろう。干支を一周しているだろう若者たちと肩を組んでいる。みんなの体温が伝わって、人のぬくもりを感じ温かい。


 せっかく、恥を忍んで老若男女が円陣を組んだにもかかわらず、言い出しっぺのリーダーがモジモジしてる……


「こんなとき、なんていえば、いいんだろう」


「さむっ、仕事も押してるぞ。早くしろ。テキトーになんか言え!!」


「わっ、なんでもいいや。みんな、頑張るぞ。エイエイ………」


「オーーーー!!」


 あまり締まらなかったが、みんな笑っている。このような体育会系のノリは嫌いではない。いくぶんか、寒さが和らいだような気がする。


 円陣を組んだ効果かどうか分からないが、早く終わらせようという一体感がうまれ、周りのテンションが上がっているのを感じる。


 よそ者ではあるが、その時ばかりは会社の一員になれた感じがした。



最終確認が終わったのは、結局、夜10時過ぎだった。


 無理な仕事を押し付けてたのは、東京の本社であった。それにもかかわらず、皆文句も言わずに頑張った。ちょっと前までは、偉そうに納期は守らせろよ! と言ってた立場だったのがはずかしい。


「花城さん、おつかれさまでした。みんなで、お疲れさん会するんですが、ぜひ来てくださいよ。」


 先ほど、円陣で掛け声をかけた部下が誘ってくれた。彼は、下の子たちの面倒見もよく、この会社の中心となっていくのだろうと思っていた。


 せっかくの誘いだが、慣れない立ち仕事に足がパンパンだ。さすがに、明日の仕事に響く。もう、限界だ。


「また今度な。若者たちで行ってこいよ!!」


「花城さんもそこそこ若いじゃないっすか」


「なんや。そこそこって。四十肩が痛いんじゃ。またな!」


 そういうと、肩をぐるぐる回した。その気遣いの気持ちが嬉しかったが、今は人と交わるのが怖い。当たり障りのない形で断った。


 どこに飲みに行こうかと、社員たちは学生のようにワイワイと盛り上がっていた。


 それを横目に会社をでると、顔に冷たい風が吹き付ける。


 空を見上げると、途切れ雲の合間には、小さな星達が見えた。空気が澄んでいる分、東京とは輝きが違う。人もそうだ。


 本社の若者と違って、癖がなくて何をするにしても真っ直ぐだ。疲れ知らずの彼らの若さが、眩しくて羨ましい。



 あまりの寒さに小走りで駐車場に向かおうとすると、ロングコートをきた男が、ブーツをコツコツと鳴らしながら、暗闇の奥から近づいてくる。


 暗闇で顔がみえない。


 一直線で私の方に近づいてくる。誰だ!?


「花城さん、ご無沙汰をしております。先日の我々の非礼をお詫びに参りました。わたしの話を、少しだけでも聞いて頂くことはできませんでしょうか? 」


 私を待ち伏せていたのは、財団法人の赤海だった。急な不意打ちをうけて、驚きを隠せず、狼狽えてしまった。こんな田舎のはるばる遠いところまで来たということか?しかも、こんな寒空の下、私を待っていたのか?なんだ、こいつは。常軌を逸してる。


「なんなんですか。わざわざ、こんなところまで。あなたに謝罪されるようなことはありませんし。私はもうこれ以上、あんた達に巻き込まれたくない。帰ってくれ! 」


 赤海の顔をみて、吐き気がした。今まで誰にも言えず、心の中に抑えていた汚いものがこみ上げてきた。今にも暴発しそうで、この老人を殴ってしまいそうだ。


「あなたの気持ちはわかります。まさか、私どもも、ご子息にあのような結果がでるとは露にも思いませんでした」


「ん?? なにが、気持ちはわかりますだ。あの時、短い時間とはいえ、ショッピングセンターで幼い子供をさらって、遺伝子検査をするために、強引に唾液を採取したってことだろう。そんな卑劣で可哀想なことを、よくできたな。普通の人間のする事ではない。あなたたち、狂ってるよ。」


 赤海は、ゆっくりと深々と頭を下げた。


「おっしゃる通りです。私どもも、自らの正義を優先して、やり方を間違えてしまいました。少なくとも、もっと花城さんにご説明し、ご両親の許可をとったうえで行うべきでした。ただ、誤解していただきたくないのは、息子さんには危害を与えるつもりも全くありませんでした。そこだけは……、ご理解を」


「もう、やめてくれ!! 言い訳はいい。そんなこともどうでもいい。あの子は自分の血が繋がった息子でないことは、あんたらからよく教えてもらった。それに、そんなことさえも、もうどうでいい!! もう、私には関わらないでください。今日は疲れたんです。あなたと話をするだけで面倒だ。それでは、もう、私の前には現れないでください」


 冗談抜きで、連日の残業続きで、私の限界でにきており、頭が働かない。今まで、肉体労働をしてこなかったため、こんな身体の芯からくる疲れははじめてだ。それに加えて、こんなめんどくさいやつの相手などは、まっぴらだ。


 それも、今日は長時間にわたり慣れない立ち仕事をした。1分でも早く風呂に入って寝たい。


 行く手を遮ろうとする赤海を制し、車に向かおうとした。


 無視して、数歩進んだ。


 赤海は、私の背中の向こうの奥で、低い声で語りかけてきた。



「それにしても…今日は寒いですね。倉庫は相当冷えたでしょう。これは私の独り言なのですが。私は花城さんという男を高く評価しているのです。あなたは、本社の中枢で、新規開発事業の責任者として、会社に多大な利益をもたらしてきた。ところが、会社はその恩に報いるどころか、あなたをゴミのように捨てた。あなたのような有能な人が、こんな冷える倉庫で、ただ単純作業しかできない人たちと仲良く検収ですか。じつに、勿体ない。あなたのことは、いろいろな調査会社を使って、調査させていただいたのです。あなたは、自分のこと、自分の価値をよくわかっていらっしゃらない様子だ……」


「ん。いきなり、ベラベラと何を訳の分からないことを言ってるんですか?今度は、私を財団法人のお飾りの理事長にするためのお世辞ですか? そんなことを言われて、私がホイホイと乗るわけないでしょうが。それとも、惨めな私をこれ以上侮辱するのですか?あと、一緒に働いている会社の仲間達をそういう言い方をするのは、すごく気分が悪い。調査会社になにを調べさせたかは知りませんが、私のことをよく分からないくせに、勝手なことを言うのはやめていただきたい。」


「それは失礼しました。私も思わず感情的になり、言い過ぎました。でも、あなたを侮辱するつもりも、決してお世辞ではありませんよ。何も根拠もないなかで、あなたを賞賛している訳ではないのです。遠い昔ですが、私は民間の環境リサイクル会社に携わったことがあるのでわかるのです。7年前……あなたが開発した次世代水処理プラント事業でしたっけ。あの企画の内容を拝見させて頂きました。あの事業内容は本当に素晴らしかった。あなたの事業としての着眼点、環境問題へ取り組む姿勢。誰でもできることではありません。」


 ん。次世代水処理プラント事業!?……


 たしかに、私は個人でも組織としても新規事業開発はいくつかを手がけてきた。


「次世代水処理プラント」は、開発部署に異動となり、私が初めて企画したものだ。


 もう7年にもなるのか……あの時の苦い記憶が蘇る。


 当時、我が社は事業を拡大するために、上場で集めた金でいくつもの会社を買収した。当時は、本業とは全く関係のない業種の会社を買収したり、やり方が強引であったため、ハイエナとよく叩かれた。その買収戦略のやり方では、企業文化がそぐわなず内紛が起きたり、トラブルが複数発生し、うまくいかなかった。結局は、会社を転売せざるを得なかったり、廃業させたりと会社は大損をした。


 ちなみに、出向しているこの会社も、その時期に買収したものだと聞いている。


 そこで、金川社長は他人頼りの戦略を見直した。長期的な目線で、新規事業を一から育成することへ転換し、各部門から優秀なものを集めて、新規事業開発部を創設した。


 その会社の命運を握る新設部門に、私は選抜をうけて配属された。会社に、今までの頑張りと私の能力がようやく認められたと思った。


 意気揚々とその部署に入ったが、新規事業と一概にいっても、なかなか生み出すことは難しかった。そこで、なにかのキッカケになるものがないかと、藁をもすがる気持ちで、過去に買収した企業の特許を、全部見返してみた。


 その中に、「高性能水処理プラント」という隠れた宝の特許があった。その特許は、倒産した会社から二束三文で買ったものだった。資料によると、過去に大きなベンチャー大賞を受賞したことがあったようだが、無能な経営者が潰してしまったらしい。


 技術的にもそうだが、この発想と信念が面白い。これに当社の技術を加えて改良すれば、飛躍的に品質があがる。当社と提携している商社の販売網にのせて世の中に売り出せば、水問題を抱える国や人たちの救世主となり、世界が変わる。経営能力は残念ながらなかったが、この特許の開発者の果たせなかった夢を引き継いで叶えてやろうと本気で思った。


 その後、期待された新規事業開発部は、主立った実績も残せず、会社のお荷物とささやかれ出した。その不甲斐なさに焦った金川社長は、社運をかけて、全社規模の新規事業コンテストを開催すると言い出した。そのコンテストで選ばれると賞金と事業化の予算が与えられることとなった。


 そのため、部署の存続をかけて、必ず賞を取ることが要求された。私は「高性能水処理プラント」を「次世代水処理プラント」にアレンジしてコンテストに提出した。当時の私は、出世と手柄が欲しく、自ら改良を加えたことは事実であるが、コア技術においてもあたかも自分が考えたことにしてしまった。


 後ろめたさがなかったわけではない。ただ、私も生き残りをかけて必死だったのだ。自分をよく見せたいという弱さの表れだった。


 「次世代水処理プラント」は、コンテストで見事に大賞をとり、本格的に事業化されることになった。社内での知名度があがり、私をトップとしたチームが立ち上がり、自由に動かさせる予算もついた。



 だが、そうは上手くはいかなかった。我ながら良いものはできたと思うが、売れるものは作れなかった。高性能にこだわりすぎて、プラント自体が高額であったことと、受注先になるはずの地公体の反発が強烈だった。既得権益を守るために、全く協力が得られなかった。新規事業は、コンセプトがどんなに良くても、売れて利益をあげないと意味がない。タイミングと運が、一番大事であると勉強させられた。それが、今後の教訓になった。そのまま、私のチームは解散させられた。


 だから、成功体験というよりは、頓挫したという苦い思い出として残っている。


 社内でも忘れられた企画であることは間違いないが、何故、この人は知っているだろうか………。


「どこで見たかは知りませんが、そんな昔に頓挫した企画など、忘れましたよ。そもそも、あなたには関係ないでしょ。いまの仕事での最大の関心ごとは、明日の年末の出荷に間に合うかどうか。それだけです!」


「私がここまで言っているのに、謙虚な方ですね。この世の中、なにが起きるかは誰もわかりません。なにかのきっかけがあれば………そして運があれば、全てが変わる。今までのあなたは、たまたま運がなかっただけです。あの頓挫した企画も、当時は時代に合わなかっただけで、なにかのきっかけがあれば、明日には変わるかもしれない。それだけ、あの商品は素晴らしいものですから」


「失敗した企画に、いまさらなにをいってるんだか。もし、仮にあの商品が売れたとしても、そんな手柄など、誰かにくれてやる。悔しくもなんともない」


「そうですか……。今回のご出向の件はどうですか? あなたは全く悪くないにもかかわらず、上司の罪を被り、強引な形で責任を取らされた」


「よく、ご存知で。それが、会社というものでないでしょうか? どれだけ能力があろうが、どれだけ会社に貢献しようが、結局は手柄を奪い合い、足を引っ張りあい、上にどれだけ好かれるかだけだ! それが会社というゲームでしょう」


「そんな人生、負けっぱなしの人生、悔しくはないですか? 」


「そりゃ、悔しいですよ……ただ、会社という組織は、一旦、失敗するとリカバリーできない減点主義となっているんです。あなた方のような、現実社会を知らない人には分からないでしょうが。」


「そうですか。あなたは、まだ悔しい気持ちをお持ちなんですね。それを確かめるために、今日はあなたに会いにきたのです。あなたの気持ちは、わかりました。お任せください。取り戻してみせますよ。あなたの誇りと地位を!! 」


「できるもんなら、勝手にどうぞ。もういいですか。それでは、さようなら」


 何を言ってるんだ。この男は。私だって、積み上げてきた仕事へのプライドはある。可能ならば、本社に戻って、思いっきり仕事がしたい。本来あるべき姿に、早く戻りたい。こんなところで、こんなことをしているのが間違いなのだから。



 また、霰が降ってきた。



 この地区の天候は気まぐれで変わりやすい。



 傘も差さずに立ち尽くし、BB弾を浴びている赤海を残して、家へ車を走らせた。

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