第7話 総会
「只今より、x財団法人の定期総会を始めさせて頂きます。開催に先立ちまして、理事長の赤海からご挨拶をさせて頂きます」
財団法人の定期総会は、日本海側にあるマイナーな地方都市で始まった。
……私は何故かこの総会に参加している。自分の気持ちの中で、財団法人へのモヤモヤは払拭できておらず、総会に参加することへの抵抗がなかったわけではない。
ただ、出向で飛ばされた赴任地から、ここまでそう遠くはなかったこと。
宿泊費、交通費、会費がすべて財団法人持ちであったこと。
なによりも気分転換をしたかったことが、この不思議な組織の総会への参加を決めた大きな理由となった。
もし、あのまま東京にいたら、この総会にでるためには、妻の厳しい稟議が必要だった。とてもじゃないが、参加は実現できなかっただろう。妻は歴史とか古代とかそんなものは大嫌いだ。それよりも、地方のグルメ番組なら飛びついてみるだろう。
あたりを見渡すと、ホテルで開催されたこの総会には、ざっと見て約100名くらいが集まっているのだろうか。私が想像していたよりも、はるかに大規模で驚いた。
なにより異様な雰囲気を醸し出しているのは、財団法人事務局の一部を除いて、参加者はすべて男性であることだ。
司会から紹介された赤海理事長が、結んだままの唇に、かすかな笑いを浮かべながら、ゆっくりと登壇した。
「今日は、ご多忙のなか、全国各地から多数のご参加を頂きまして、誠に有難うございます。3年前に決議しました遺伝子検査サービスがようやく実用化に漕ぎ着け、本年度から本格的に開始となりました。法人の一般社員、いや……我々の同朋は昨日の時点で1,000名を超えました。本日の社員総会には、約120名の方にお集まりいただきました。本年度は、当法人にとって、確実に飛躍の年であったように思います。詳細につきましては、後ほどの活動報告にて説明させていただきます」
机の上には、総会の議事進行内容、収支報告、「我々の歩み」という分厚い資料が置かれていた。
パラパラと書類をめくっていくと、ようやく財団法人というものが、おぼろげながらに分かってきた。
Y染色体のUタイプと判定された選ばれし者だけが、この財団法人の一般社員となれるらしい。Y染色体は男性にしか受け継がれない。そのため、継承が不確実な女性が参加を許されないため、このようなむさ苦しい総会になっているのかと思った。
「これまで、この総会は東京で開催してきました。なぜ、このような地方都市でわざわざ開催することになったか、不思議に感じられた方も多かったのではないでしょうか? みなさん、お分かりですか?」
理事長は、あえて沈黙の時間を作り、ゆっくりと語りかけた。
「それは……私たちの生誕地、つまり『庄の国』がこの地であると結論づけたのです!!」
会場が一瞬どよめき、そのあと一気に熱気がこもった。まだ、理事長の挨拶の途中にもかかわらず、激情を抑えきれない中年の男性が立ち上がった。
「それは、本当か!! ということは、ついに、我々の祠は発見できたのか? 」
「貴重なご質問、有難うございます。我々の祠の場所はほぼ特定しておりまして、裏付け調査をしているところです」
そう話しながら、理事長は春の優しく温かな光が差し込む窓の方へ移動した。
「皆様からみて、右手に見える川は何という川かご存知ですか。『庄の川』と言うんです。地名は歴史の生き写しだと言われています。庄の国に流れる川、これは単なる偶然でしょうか? 」
一気に拍手とともに歓声があがった。嗚咽をあげて、涙を流している老人もいる。
……私自身も、心の層のずっと奥深いところから泉のように湧いてくるものがある。
……身体の中の遺伝子が震えているのだろうか?
「それらについては、追々ご説明しますので……。ありがたいことに、我々の会も、ここまで人数が増えました。より明確に組織化し、そして一族の真のリーダーを決めなくてはいけない時期になってきました。私はこれまで、あくまで代理としてトップをつとめてきましたが、そろそろ引退をさせて下さい」
「理事長、死んで骨になるまでやれ!!」
野次がとんで、会場が春の陽気のような笑いに包まれる。
「このまま、挨拶で時間を使いすぎますと、本当に私の寿命が尽きてしまいます。今回は、新規の一般社員の方々にご参加いただいていますので、これまでの『庄の国』の歴史、財団法人の活動内容を詳しく振り返りたいと考えています。それでは、当法人の生みの親とも言える楪葉教授に主役を譲ります!!」
そういって、うまい幕引きをした赤海理事長は壇上を降りた。かわりに、冷静で頭が切れそうな楪葉教授が登壇し、淡々と学校の授業のように説明し始めた。
第1号議案「これまでの沿革と活動報告について」(要約)
① 楪葉教授の家には、代々伝わる古文書があった。その古文書には記号のような文字で書かれており、解読不能だった。楪葉教授自身の研究テーマとした。
② 教授の研究が進み、古文書は、滅亡した古代国家の痕跡であるとの結論にいたった。文書を一つ一つ解読すると、国家存亡における悲哀の物語が隠されていた。
③ 教授は、遺伝子学的側面でアプローチできないかと考え、創薬ベンチャーに勤務する縁戚に相談した。両名の遺伝子を解析すると、特異なY染色体を持っていることがわかった。同タイプのY染色体は、親戚筋からも複数発見された。この発見(Uタイプとして)を学会に提出したが、脚光を浴びなかった。検出数が圧倒的に足りなかったためだ。
④ そのことを、赤海理事長に相談した。遺伝子検査サービスを利用することによって、全国からY染色体のUタイプの同朋を探し出す事業を立ち上げた。
⑤ 現時点で、全国各地から1,000名を超えるUタイプを確認できた。
⑥ Uタイプの同朋を少しでも集めるために、家族、親族にも解析するように進めてほしい!!との依頼が最後にあった。
なるほど、5,000円という採算度外視の価格設定の目的はここにあったのかと思った。同時に、この事業を立ち上げたというあの赤海理事長とは何者なのだろうかと。
第2号議案「庄の国の研究成果」(要約)
① 昨年、この街の体育館移転工事の際に、縄文後期と推定される遺跡が発掘された。
② 遺跡の中から発掘された人骨は、武器で殺されたものを埋葬したものと考えられる。詳しい解析をすると、国内で初のUタイプが複数発見された。
③ この土地には、古文書に書かれていることを推定される地名、遺跡があるため、裏付け調査をしている。
15分の休憩時間が挟まれた。皆が一斉にトイレへ駆け込むのを横目に、机の上に置いてある「我々の歩み」という分厚い冊子に目を通してみる。
これまでの研究で判明している「庄の国の歴史書」とも言える研究資料が書かれていた。すべて、壇上の楪葉教授が編纂したのだろうが、鬼気迫るほどの信念が練り込まれた研究資料だった。
楪葉教授のこの情熱はどこからやってくるのだろう。
最後のところには、財団法人の一般社員(つまりY染色体Uタイプ)の名簿が載っていた。
この時代、ここまで個人情報を公開してもよいものか……と思った。すると、皆様の同意を得て掲載されていますと隅っこに書かれていた。
「我々Uタイプは、平均に比べて知能指数が極めて高いのです!!」と楪葉教授が先ほど声高らかにいっていた。
名簿欄にある職業欄には、弁護士、医者、大企業の役員などが並んでおり、なるほど社会的成功者が多い。ここにいる会場の私を除いて。
念のため、名簿欄にあるはずの私のところも確認してみる。出向前の本社の会社名となっており、少しホッとしている自分がいた。なんの安心感なのだろうか……。我ながら情けない。
第3号議案「今後の運営方針」
① 一般社員の増加をうけて、明確な組織化を来年度までに目指す。
② 先人の国家思想である「誰も争わない、人を傷つけない、思いやりをもったもの」を財団法人の方針とする。
③ 平等精神を尊重し、財団法人の序列は、そのUタイプでも古く分岐したものから序列を決める。分析が終了後、新大王を決定する。
④財団法人の運営方針は、首長である新理事長に一任する。
第4号議案 収支報告は、あっさりしたものだった。むしろ、数字だけの羅列であり、あえて詳細な説明を避けているようにも見えた。
財団法人の沿革が正しいものならば、そこまでの歴史はないはずである。にも関わらず、新設の検査会社に対して、20億もの大金を出資したという。それを実現した原資はどこから拠出したものなんだろう。
それも、今年度の収支は黒字である。この総会の経費( 交通費も宿泊費も法人持ちなのに……)を含めて多額の支出もあるにもかかわらずだ。つまり、カバーする莫大な収入があるということだ。
新規事業を開始するには、経験上、とにかく金がかかる。
この財団法人には、一体どういうカラクリなんだろう……? その点については、誰も質問すらなかった。
無事、すべての議事進行が終了し、財団法人が用意をした立食スタイルの懇親会へとなだれ込んだ。もちろん、懇親会の会費も財団法人がもってくれる。
乾杯の挨拶と紹介されたのは、恰幅の良い男だった。名前は議員をやっている畦地という。政治家らしく、大きくて豪快な声で挨拶を始めた。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。我々は同じ故郷をもった同朋なのだから。今日は、つまらん肩書きなど取り除いて大いに語ろう。なぁ、同志たちよ!! 乾杯!!」
乾杯後の会場は異様な盛り上がりを見せた。まるで、祭りの後の酒盛りのようだった。ここに集まっている者は、ほとんどが初対面のはずだ。それがどうだ。昔からの顔なじみかのように肩を組んで呑んだくれた。
誰かが、即興で「庄の国」の歌を唄い出した。地べたに座りながら、下手くそな唄をうたっている。彼はとある学校の先生らしい。
……こんなに美味しい酒を交わすのは、どれだけ振りだろうか。
いま思えば、親戚付き合いも希薄になって久しい時代だが、目の前の彼らは、いや我々は繋がっている一族なんだろう。
「おい。若造。酒をもってこい!!」
となりの陽気なおっさんが、絡んできてうるさいので、私はしょうがなく酒をとり行こうとした。
すると、なぜか誰とも話さず、部屋の片隅にいる人物が気になった。
せっかく、みんなでこんなに盛り上がっているのに、何をやってるんだと!!我々は仲間ではないか。と、よく分からないが、すごく腹が立った。
ん、なんでだろう。
よく顔は見えないが、その片隅の男とは、どこかであった気がする。言葉も交わしていないのに、懐かしい気持ちになる。
「おお、これが遺伝子の力か!!」
酔いにまかせて、盃とお酒をもちながら、その片隅の男に話しかけようとした。待ってろ、今すぐいくから。気持ちとは裏腹に、千鳥足でなかなか前に進まない。
「隅っこにいないで、みんなで飲むぞ!!」
彼に声をかけたが、男はなにもいわずに、慌てて部屋の外に逃げていった。なんだよ、その態度は。せっかく、こちらから誘ってやってるのに。怒りがこみ上げてきた。
「え!? 」
自分の目を疑った。間違いない……
東京の電車のなかで、縄張り争いをしていた『ぱっちり二重のおっさん』だ。彼との2度目の再会も、言葉すら交わすことはなかった。
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