第14話

 夕日が部屋の中を赤く染めあげる時間帯に珍しく堂真は一人で街に向かう。

 部屋を出るとメイドが歩いていたので一言残すと、車で街まで送ってくれる。

 お礼の言い、帰りは自分で帰ると伝え、堂真は街の中を歩き始める。


 最初に向かったのは、冒険者ギルドのビルである。

 現代とよく似た日本は眠らない街の様に暗いと言う印象は受けない。

 ビルの中に入ると、さすがに夜は冒険に行く人が少なくなっている。

 受付をしている香を見つけると堂真は片手を上げてアピールする。

 気がついた香はこっちに手を振って来る。

「どうしましたか? こんな時間に訪れるのは初めてですね」

「まぁ用事は無いが、少し探し物をしていてね」

「探し物ですか?」

「あぁ。武器を強化したいのだが、石かスクロールが必要かい?」

 ゲームならウィンドーで武器強化を選択すれば強化可能であったが、現状ではその項目が出ていない。

 なので、冒険者ギルドの受付に聞いた方が早いと思ったのだ。

 京花や花右京家に聞けばすぐにわかる事であったが、京花の聖騎士祝の贈り物をしたくて、黙って出て来たのだ。

「鍛冶屋で武器強化スクロールを使えば強化できますが、強化に失敗すると武器を紛失しますよ? 一応安全に強化できるのは5までです。それ以上になると壊れる可能性があります」

 強化値5から武器が壊れるのはゲームと同じで、持っているアイテムで強化が出来そうなのは助かる。

「なるほど、ありがとう。おすすめの鍛冶屋を教えてくれないか?」

 顎に手を当てて考える香。

「それなら…… 火竜の息吹と言う鍛冶屋をオススメします。知りあいと言う事もありますし大手ギルドで、ぼったくられる事は無いですよ。ビルの3階にありますよ。仕事もう終わるので案内しますね」

「すまない。助かる」

 慌てながら香は書類を片づけて、受付から出てくる。

「では行きましょう」

 ぐいぐいと背中を押す様に案内する香。

「で、何を強化するのですか?」

「ん? あぁ。アクセサリーを強化しようと思って」

「そうですね。堂真さんと京花さんは40階と言う前線組ですから強化も必要ですね。でも気をつけてください。強化の虜になった冒険者が破産すると言う話は意外と多いですよ」

 ゲームの中で今使っている武器にどれ程のお金が使われているか考えたくもない堂真であった。

 装備の強化のための金策を永遠と繰り返す作業は苦痛でしかない。

 話をしているとあっという間に香が言う火竜の息吹という鍛冶屋に到着する。

「すいません~」

 香りが中に入るなり声をだす。

「ちょい待っておれ」

 部屋の奥から渋い声が聞こえて来る。

 部屋の中は意外と広く、様々な武器を置いてある。

斬るためだけに作られた余分な装飾がない武器から貴族が好んで買いそうな武器、ゲームでも出てきそうな武器と様々ある。

堂真はつい武器に目がいき香の事を忘れてつい見入ってしまう。

 しばらくすると奥の部屋からガチムチのマッチョが出てくる。

 ジーンズみたいなダメージを受けたズボンに半裸という。

 鍛冶をしていたのかと思うと、隣の香はあの恰好が基本のスタイルと言う。

 まぁ人それぞれである。

「香か今日は何のようだ?」

 無精髭を生やし、ボサボサの茶色い髪に低い声にザ・職人と言う雰囲気を出している。

「今日は堂真さんが装備の強化をしてほしいと言うので連れてきました」

「そうかい…… で、そっちの兄ちゃんは香のこれか?」

 恋人なのかと聞いてくる。

「ちがうよ、お兄ちゃん。ただの冒険者の知りあいですよ」

 すこし慌てながら反論するように言うが、ここで堂真は聞き捨てならない言葉が出た事に気がついた。

 そう目の前にいる者に香がお兄ちゃんと言った事である。

「えぇ! 香りのお兄ちゃんなの!?」

「そうですよ。びっくりしましたか?」

 ドッキリ成功と言う表情で香は見てくる。

「あぁ、俺が八雲 頑鉄だ」

 名前も渋いと思う堂真であった。

「ビックリと言うか似てないな……」

「これでも血はきちっと繋がっていますよ」

 クスクスと笑いながら言う。

「俺は赤崎 堂真だ。よろしく」

 手を差し出すと頑鉄は堂真の握手に答える。

 日ごろから手を使う仕事なので頑鉄の手はごつごつとしていた。

「あぁ、よろしく。でだ、何を強化したい?」

「そうそうこのペンダントを頼む」

 盾の模様が入ったペンダントは何気ないアクセサリーに見えるが、オプションには、防御力とHP自動回復、そして状態異常軽減と盾職には是非欲しい能力が付与されている。

「おぉ、これは前衛職にはもってこいのアイテムだな。これを強化すればいいのか?」

「10まで上がるまで強化してほしいが出来るか?」

 堂真が言った強化値に頑鉄の表情が曇る。

「冗談を言っているのか? 強化値5以上になると壊れる可能性があるのだぞ? 鍛冶の腕がどんなに良くても確立は変わらないぞ?」

 ゲームの世界であれば同じ武器を幾つも用意する事は可能である。

 この世界の者は大体が5まで上げて止める事が前提で強化する。もちろん中には上を目指して、6、7と上げている者がいるが、その者は大量のお金を溶かして出来上がった物である。

 強化は金貨一枚で出来る。日本円で言うなら一回一万と言う事である。レベルが上がれば上がるほど、お金は高くなる。

 基本お金のやり取りは、一般では電子マネーの様な仮想通貨であるが、冒険者では何時何が起こるかわからないので、武器、防具と言った物は硬貨のやり取りが多いのである。

 ちなみに銅貨は100円で銀貨になると1000円である。

 王金貨、白金貨等になると10万100万となる。

「構わない。5になるまでこいつを使ってくれ」

 通常の強化スクロールを頑鉄に渡す。

 20枚あれば5まではいくだろうと予想して渡す。

「金は後払いでいいか? 何枚使うかわからないからな」

「あぁ良いだろう。少し待て」

 頑鉄は部屋の奥に行き自分が日ごろから使っている金槌を持ってくる。

カウンターの上にペンダントを置いて左手に渡した強化スクロールをペンダントの上に置き、そのまま何度か軽く打ち続けると、カキンと綺麗な音を奏でて、強化スクロールは消える。

 成功した事によってペンダントの名前の横に+1と表記される。

 それから続けて、頑鉄は堂真に渡されたアイテムを使い強化していく。失敗するとパスンと気が抜けた音がして強化値が一段階下がる。それを何度も繰り返し、12枚目で+5になる。

騎士のペンダントの初期値防御が30とすれば5になった時には、45まで上がっている。

「ふぅ、これでいいか? 次からは破壊される可能性があるが、本当に良いのか?」

「あぁ問題ない」

 隣で見ている香もハラハラと見ている。

 強化値を5以上にする事を見る場面は何度もあるが、それ以上の強化をする所はあまり見かけないからだ。

 何度か挑戦して失敗して絶叫している冒険者は見た事があるので心配なのであろう。

 冒険者で言う武器防具は自分の命を守る物であり、そして財産でもある。

 その様な大切な物が目の前で失敗するだけで砕け散るのだ。

 冒険者としては致命的な事なのだ。

「次からはこれを使って」

 取り出したアイテムは祝福の強化スクロールと言うもので、失敗時に武器破壊を防ぐものである。

「これは!? 強化スクロール上位の物だと、この様なアイテムはまだ見た事が無いぞ! 失敗しても壊れないとは……」

 目の前に出されたアイテムを食い入るように見る頑鉄。

 まぁ破壊が防げるアイテムが目の前にあるのだ。興味が引かれないわけがない。鍛冶師にとっても冒険者にとっても嬉しいアイテムなのだから。

 その様な高価なアイテムを堂真はポンとカウンターの上に20枚程出している。 

「このアイテムをお前は何処で集めた? いや…… 言わなくていい。それでこのアイテムを使って10まで上げればよいのだな?」

「あぁ頼むよ」

 頑鉄は何故堂真に何処で手に入れたか聞く事をやめたのかと言うと、情報も冒険者からすれば金のなる木である。

 無理に聞いて不信感を抱かせるなら、このまま聞かないまま仲良くしていた方が良いと思ったからである。

 どんな鍛冶師でも5以上の強化を経験する者は少ない。

 それが10まで上げてくれと堂真が言っているのだ。過去に10まで強化を達成したものは居ない。

 なので、情報より今後の付き合いを取ったと言うわけである。

「よし! 行くぞ!」

 未知の強化に強面な顔の頑鉄も緊張しており、少し金槌を持つ手が震える。

 カンカンカンと部屋の中で音が奏でる。

 その様子を香も近くで見ている。

 カキンと成功の音を奏でると6になっている。

 その後も7、8と順調であったが、8回目の時に失敗をする。

 壊れたと思った二人であったが、堂真の持っていたアイテムのおかげで強化値が下がるだけで、アクセサリーは壊れる事無くその場にあった。

 現物が残っている事に頑鉄はふぅとため息を漏らす。

 壊れない事がわかったと言う安心感でもある。

 あとは、可能性にかけて10まで強化するだけの作業である。

残り5枚程残して、10と言うこの世界ではありえない強化値を叩きだした。

 アクセサリーの防御は30だったのが60まで上がり、オプションも強化された。

「はは、現実なのか? この俺が10まで強化をする事になるなんて……」

 あまりの偉業の事なのだろう。

 いくら非破壊の補正あったとしても偉業なのは変わりない鍛冶師としての伯が増えたと言うことだ。

「サンキュー助かったよ」

 ゲームで強化に慣れている堂真は10と言う数値は特に驚くほどでもない。

 なので、軽々しい言葉がでてしまうのだ。

「代金はいくらになる?」

「代金はいらねぇよ。いい仕事をさせてくれとこっちが感謝したいほどだ」

「ならお言葉に甘えるとするよ。代わりに余ったアイテムを上げるよ。使うなり売るなり好きにしてくれ」

そう言うと、アクセサリーをしまった堂真はお腹が空いたからご飯行こうよと言いながら香と店を出る。

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