答1 偶然の危険

 何が・・・お化けが。

 いつからだろう。

 どこからだろう。

 誰が・・・これは僕か。

 どのように・・・説明難しいのでパス。

 なぜ・・・不明。

 

 どうした・・・見えるようになった。


 中学の英語の授業で習う5W1Hを並べると、こうなった。

 簡潔に言うと、僕にはお化けが見える。

 本当に。

 マジで。

 本気で。

 ガチで。

 でもまあ、「証拠写真を撮ってくれよ」とか「話してみてよ」とか言われても、それは無理な話。だから、自分ではわかっていても他の人に証明するのは難しかった。

 こんな仕方がないことで精神科にお世話になって、多額の料金請求されてまでこの事象を解決してもらう必要はないし、それにお化けたちが自分を攻撃したりとかはなかったので、基本的にこの事象を解決してもらう必要はなかった。

 したことといえば、友達に説明するときにどうしようもなかったので一言。

 「中二病じゃないかな・・・?」

 これだけ。

 中二病てのは、ただクレイジーになるだけではなく、中学二年生ごろの精神の成長によって起こるさまざまな症状のことを言うから、適当に使ってみただけだ。

 でまあ、僕の患う病気の名前は、みんなの話し合いの結果「サイ霊二病」になった。サイコパス+霊感+中二病といういかにも危ない組み合わせだ。

 ニックネームは普通・・・もとい中二病のやつが着けた「神眼の暁」になっていた。

 さて、そんな超ド変人呼ばわりされた中学校生活を終え、進学先の高校があるこの町に引っ越してきて僕こと志摩 暁 15歳(高1)は、現在修羅場に立っている。

 どんな修羅場か?

 簡単に言えば、逃○中なうだ。

 今目の前にいるのはただのおじいちゃん(たぶん60歳くらいのおじいちゃん)がなぜか追っかけてくる。

 ただ、それだけならよかったのだが・・・なんかいきなりそのおじいちゃんが襲ってきて、裏路地の行き止まりに追い詰められて、そしてお約束のごとくサイドから金属バット持ってるやつらが出てきて・・・てこれ、完全に相手やばい人たちじゃん!

 さてここでのお約束は二拓だ。

1、金を出せば殴らないと言っときながら証拠隠滅のために金を取ったうえで俺を殺す。確立約99%。

2、正義の味方が現れる。確立約1%。


―――Before.

 本日、4月10日。

 月曜日。

 晴れ。

 イベント・・・入学式


 両親の海外転勤の都合で、俺は叔父さんが住んでいる町・・・僕は昔から「叔父さんの町」と呼んでいたが、正式には不知火町、という町に住み始めた。3月末に叔父さんの家に住み始めたのだが、叔父さんも仕事の都合、ハワイへ行ってしまった。自称「バカンスなど楽しむ暇のない仕事」だが、今頃絶対にカメハメハ大王の像の前でピースサインで写真を撮っているだろう。

 というわけで、一人暮らし開始後初となる登校。

 僕が進学したのは私立「八郎学園」。 古臭い名前だけど、実は10年前できたばかり。授業に積極的に最新技術を取り入れているので、授業はパソコン使うし、黒板は液晶パネルだし、WiFiが完備されてるし。まあとにかくすごいところ。

 でもまあ、さすがに入学式といえばいつものあれだった。体育館に集合し、校長の長くてだるくてためになる話しを聞き、入試の成績がいいやつがたぶん昨日適当に書いたであろう感謝状を読み、あとは始めて耳にしたときには新鮮に感じるが、後から歌うと長く感じてしまう校歌を聴いたり。

 これだけで午前中が終わり、午後からLHR(ロングホームルーム)だった。

 もちろんここも、普通の高校と変わらないだろう。自己紹介を順番にしていくだけだ。笑いを取るやつもいたが、僕にはそんなつもりはなく、本名を名乗るだけで終わった。というか、笑いを取る意味が分からない。

 LHMが終わって荷物を詰め込んでいたところ、やって来ました積極性のある男二人!

「志摩 暁くんだったかな?趣味なんかある?」

 即答

「特になし」

「アニメとか見る?」

「見ないね」

「音楽は?」

「洋楽をちょっとだけ」

 とどめの

「連絡先を頂戴する!」

(with スマホ)

 断るのは諦めて

「なかなか読まないから」

 ちなみに趣味は?ときかれても、機械いじりと話したらなんと言われるだろう。


 さて、長くて短い初日が終わった。

 僕は早く帰りたいので、みんながガヤガヤ話すのを振り切って逃げた。

 そんな帰宅真っ最中の僕を止めようと必死でがんばるのは、部活動の勧誘活動をする先輩たち。

 「サッカー部はいらないかー?モテるぞー!」

 それでモテたら非リアはいない。

 「野球部入らないかー?マッチョになれるぞー!」

 それでマッチョになれたらこの世はゴリラで溢れてしまう。

 「吹奏楽部だぞー!」

 ・・・メリットないのかい!

 とまあ、僕には入る部活なんてない。筋肉は無いに等しいし、頭は悪いし、彼女もいないし、手先も不器用・・・ではないかもしれないが、とにかくいろいろ不自由だ。

 僕はすたこらさっさと逃げようとした。

 が。

 目をつけられたような気がした。

 いや、ほぼ間違いない。

 この先輩たちのなかに、間違いなく僕を睨んでいるやつらがいた。はじめは文科系部活か何かのお誘い部隊か何かかと思っていたけど、何かがおかしい。

 それは2人組だった。・・・が奇妙なことに、片方は至近距離なのに双眼鏡(?)でこっち観てるし、片方はスマホで間違いなく僕を撮影してるし。

 でも、これはどうでも良かった。

 一番気になったのは・・・僕の「お化け」が見える目に映った。10mくらいまで近づくとはっきりと見えた。彼らが「お化け」を纏っている・・・正確には彼ら本体に残像のようなもやが重なって見えた・・・ようなな気がしただけだろう。知らん振りして、こういうときこそランアウェイだ。そう自分に言い聞かせた

 その二人は、去り行く僕を見つめていた。

 即答、ウザい。


 同時進行、怪しい二人組。

「やっと一人出てきたぞ・・・ん? あれは校則違反では? 髪の毛で右目隠れてるし、ワイヤレスのイヤホンか何かつけてるみたいだし」

「髪の毛の規定はあんまりねーし。あと、あれ補聴器だったらごめんなさいだろ」

「うっ・・・そうだな」

「たぶん普通の人間だな・・・お、次のやつらが続々と出てきたぞ・・・あいつゴツいじゃん! 雇おう」

「却下。離脱反応なし。今年はいるといいが・・・ん? おい待て」

「・・・どうした」

「・・・さっきの髪長いヤツ、写真取っとけ。」

「どうして? 反応あり? でも使えなさそうだけど・・・ガリっぽいし」

「・・・いつもならな。でも今回はそうとはいかないみたいだ。ああ、通り過ぎるぞ! 写真写真!」

「あわわ、スマホスマホ!」

「・・・間に合った?」

「・・・ピントあっとらん」


 その1時間後。

 とある飲食店にて。

「一人だけいたな・・・今年はいいほうだ。」

「そうみたいだな。」

「え、ホント?ボクも会いたかったなー」

「まだ話しかけちゃいねーよ。」

「捕獲もしてないし。」

「え?なんで誘拐して縛って服脱がせて鞭打ちしてとどめに『はい仲間になりますごめんなさい服従して奴隷になって一生尽くすからどうか勘弁してください』と吐くまでスタンガンで苦しめるみたいなプレイを考えつかないの?」

「それはお前だけだよ・・・」

「相変わらずエグいな・・・」

「・・・ん?ボクなんか言った?」

「・・・どうでもいい。問題が一つあってだな・・・こいつ超イレギュラーなんだよな。」

「どこが?」

「なにが?」

「センサーを通してみたとき・・・全身から反応はなかった。だから普通の人間かと思ったのに、離脱率はでてた。だから近づいてきたときにちゃんと見たら・・・目だけ反応してた。離脱率30%。もしかしたらサーチ系とかそういうやつかも」

「目からビーム出せたりして・・・つおいじゃん!」

「・・・無理でしょ。ていうかそれじゃ攻撃系じゃん」

「てことで・・・どうだ?捕まえるか?」

「賛成!」

「異議なし」

「というわけで・・」


「本年度最初の獲物は、八郎学園高等部1年D組7番 志摩 暁ということで。」


「さて、いたずらのはじまりだ。」


 ほぼ同時刻。

 僕は家に帰り着いた。

 「ただいまー」

 といっても誰もいない。

 そりゃ、一人暮らしだからね。

 なぜかわからないけど、ちゃんと玄関をくぐったら「ただいま」を言う癖はちゃんとついていた。ここに引っ越す前の家にも親はほとんどいないのに・・・なんでだろうか。

 さて、叔父さんの家こと現在の僕のマイハウス。小高い丘の上に立っていて、一階はコマ職人の叔父さんが使っている作業場兼直売所。二階が住処だ。叔父さんは一回は好きに使っていいと言ったけど、いじったら壊しそうな機械ばかりだ。

 僕は鞄を降ろすと、まずはスマホを除く。SNSをチェックするけど、ニュースだらけ。さっき連絡先をあげたやつからのチャットはまだ来ない。

 お腹が空いた。

 まだ午後3時だというのに。おやつの時間なのに。

 なにか調理してもいいが、今日はそんな気分じゃない。

 僕は私服に着替え、鞄にスマホと財布と家の鍵だけ詰め込んでコンビニへ向かった。

 家を出ると、不知火町を町を一望できる。日本海に面していて、あまり大きいわけじゃないけど貿易港があり、それだけで栄えているような町だ。僕は都会生まれだから、あんまり海を見たことがなく、引っ越してきたときからこの景色は気に入っている。

 コンビニまで徒歩5分。丘を下り、信号を渡るだけ。この町は車より歩行者が多いタイプの町だ。まだ勤務時間だと思うんだけど、歩くリーマンが多い。コンビニには長居は無用なので、焼き鳥とおにぎりを買って後にする。

 まだ引っ越して10日しかたってないけれど、結構道にもなれた。叔父さんの家以外は、この町で訪れるのは最近始めたことなのに、もう体になじんでいた。

 

 帰り道。信号で待っていると後ろからなにかがぶつかってきた。背後に立っていたおじいさんの杖だった。

 「ありがとうございます。」

 おじいさんはかすれた老人らしい声でそういった。

 そして、老人は手を出した。

 僕は拾って手渡した。


 いや、そうしようとした。


 なんで「そうしようとした」のか。

 おかしかった。

 杖は左手で受け取ろうとしているのに、なぜか右手のほうが僕の近くにあった。僕が渡そうとすると、左手で杖を握ったと思ったら、右手を僕の手に添えようとしてきた。

 普通の人なら「バランス崩しただけじゃね?」で済む話。

 でも、僕もその老人も普通じゃなかった。だから済まない話。

 見えた。

 黄色い靄を帯びた右手が僕に触れようとしているのが。

 僕は素早く杖から手を離す。

「どうかしましたか?」

 そのおじいさん、いや老人の顔をしたお化けは不自然に首を傾げてきた。

 やばい。

 これはたぶん人間じゃない。

「いえ、ちょっとふらついただけで・・・」

 すると、お化けはポケットに手を入れて・・・飴を取り出した。

「お礼です。どうぞ」

 受けと・・・ったらいけないことはもう分かっていた。

 逃げよう。

「ごめんなさい!急いでるので!」

 

 走った。

 さっきのはなんだ。

 なにがしたいんだ。

 どうして僕になにかをしようとしたのだろうか。

 ひょっとして・・・僕の目が原因なの?

 分からないけど・・・まずい。


 同時刻。

「いたいた・・・でもなんで走ってんだ?ランニングウェアじゃなさそうだし・・・」

「逃○中でもしてるんじゃねーか?  でもどこにもハ○ターがいないぞ。」

「やめなさい」

「あのおじいちゃんも走ってるね・・・一緒に逃○中かな?」

「便乗するんかい!」

「あのおじいちゃん足速いね。ボクより速いかも?」

「そうだな・・・ん? もしかして・・・」

「もしかして・・・」

「え、宇宙人が人間をラジコンにする機械を使ってを使って志摩とか言う若者を操ろうとしたら足が速すぎたから仕方なく老人で遊んでいるてきな?」

「あーでも間違いじゃないかも」

「ほんと? やったー!」

「いやいや90%は違うと思うぞ・・・でも、間違いない。足、および手か70%の離脱率を感知。これは間違いなく・・・犯罪者級ゴーストだな。」

「まじ?」

「おそらくヤツを乗っ取ろうとしているみたいだ。あいつを駆除しないとまずいぞ。せっかくの獲物を取られてしまう。」

「どうする? 突っ込む?」

「・・・いや・・・このまま泳がせよう。『いたずら』は常にスリルを味わえないと楽しくない。」

「・・・味わうのは彼なんだけどね・・・」


 二分間逃げ回った。

 とりあえず裏路地に逃げ込んだ。

 巻いたみたいだ。

 マジでリアル逃○中かと思った・・・。

 とりあえず家に帰りたいのだが、ここから出たらまた捕まるかもしれない。もしもしポリスメンをしてもイタズラ電話と思われるかもしれない。ここに居座ってたら・・・空腹が悪化する一方だ。

 さあ、どうしよう。

 でも、もうどうしようもなかった。

 

 見つかった。


 お化けは問いかけた。

「なんで逃げた?」

 僕は何もいえない。

「質問を変えよう・・・俺は何だと思う?」

 あえて何も言わない。見えてるとばれたらどうしようもない。

「・・・本気で何も知らないのか・・・。じゃあ、しょうがない」

 お化けはおじいさんの体を操り、右腕を掲げる。

 すると・・・周りから金属バットを持って、サングラスを掛けて、いかにもワルな大人が十数人でてきた。

「最後の取引だ・・・俺の手を触れば、それで終わりだ。拘束を解いてやる。それか金だ。有り金を出せばなにもしない」

 所持金二千円じゃ許してもらえないだろう。でも、触るのは僕の目が「却下」の判定を出している。

 というわけで、答えは

「いやです」

 回答終わり。

 これじゃ面白くない。だからどっかの漫画みたいに最後の取引を申し出る。

「なぜ僕を狙ったのですか?」

 お化けは言った。

「くじ引きだよ」

 ああ、そうか。

「殺れ」


 おなじころ。

 裏路地の15m上空(つまりビルの上)にて。

「いた!・・・て、おいこいつら『シェイカー』の皆さんじゃないか!」

「賞金高かったよな・・・潰すか?」

「お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金お金」

「バグり乙だな。」

「でも今持ってる武器ナイフ一本ずつだけだよな?・・・相手は金属バットと、おそらく実弾銃。下手したら死人でるな・・・どうする?」

「しかたない。主犯は俺が封じて・・・周りのやつは止めて、始末だな。くれぐれも『魂』を破壊しないように・・・賞金減るぞ」


 そして、今に至る。


―――After

 金属バットが俺に振り下ろされようとしたときだった。

 いきなり、振り上げたおっさんが倒れてしまった。

 ただ倒れたんじゃない。げらげらと笑いながら、頭を振りながら、足をばたつかせながら・・・ようするに「笑い死に」常態だ。

 僕が目を開けたとき、1%がそこに立っていた。

 全身黒ずくめに、黒いキャップをかぶっている。手には武器を持っておらず、悪いおっさんたちに挑むような体制には感じられない。

 でも、それは「見る」前の話。

 僕には見えた。さっきのお化けと同じく黄色い靄を纏っているのを。

 つまりこいつ、敵と同じく「お化け」だ。

「はじめまして・・・暴力団『シェイカー』の皆さん。」

「・・・今日は何用だ?『凍結男』さんよ」

 凍結男・・・たぶん異名だろう。両方知り合いということは、おそらくこれが互いに初戦闘じゃないということだ。

「いつもなら賞金稼ぎ・・・なんだけど、今日は違う」

 僕のほうに親指を立てて言う。

「そいつをスカウトに来たところ、お前らが追っかけまわしているのでね・・・取られちゃまずいから、横取りに来たわけだよ。」

「そうか・・・でも悪いな。あんたらが狙う理由が分からないくらいそいつは極一般人。だから俺の新しい肉体に相応しかったのだが・・・そうと聞いちゃあ、レアものは力ずくで行くしかないな。・・・おい、おまえr・・・ああ?」

 敵が次々と倒れてドタンバタン音がしていたのに、男は気付いていなかった。

「あー悪い。お前がそいつと話している間に、部下にはちょっといたずらしといた。今日はあいにく武器がなくてね・・・殴り合いは避けたいので」

「リーダー、始末終わったよー」

「ご苦労!」

 見るとあと二人、キャップに黒ずくめの・・・お化けたちがいた。

 彼女たちの足元でおっさんたちはぶっ倒れていた。

「ちっ・・・!」

 とたん、おじいちゃんの体はバランスを崩し、床に倒れ落ちた。

 そして・・・さっきまでおじいちゃんが纏っていた黄色い靄・・・お化けが、黒ずくめに向かって右手を振り上げた。

「しまっt・・・!」

 お化けはちゃんとした人の形をしていた。たぶん30代くらいの男だろう。

 お化けはさらに手を振るう。すると途端、黒ずくめのお化けたち3人が吹き飛んだ。

 風は吹いていないし、ものを投げたわけでもない。でも、彼らは倒れこみ、もがいている。

「『凍結』はどうしたよ?・・・さて誰をいただくか。」

 そのお化けが歩き回る。

「俺は若いのが好きなんでな・・・こいつにするか」

 お化けは裏路地のゴミ箱に当たって倒れている子に近寄った。そういうことか。こいつは体を「乗っ取る」ことができるみたいだ。

 この場で動けるのは、僕一人。

 でも、目の前で対峙したお化けに怯えて、足がすくんでいる。

 まずい。

 ここでなんとかしないと。

 0,5秒後、足の鎖は外れていた。

 動いた。

 でも、相手はお化け。僕のパンチはすかぶるだけ。

「残念だったな。お前が大人しく乗っ取られていたら、こんなことにはならなかったのによ!」

 地面に倒れた。

 もう立てない。

 いや、立つという考えが無い。

 そう。

 狙われた自分がお化けの乗っ取り対象から外れたのが原因だ。そのせいで、違う人が犠牲にになってしまう。

 そう考えると、わかる。

 なにが。

 自分の無力さが、無能さが、そして勇気の無さが。

 力が、能力が、勇気が無いことが。

 自分は最低だ。

 ゴミだ。

 クズ以下だ。

 ・・・その考えが頭を満たした。

 ・・・負けだ。



―――負け?

 うん、負けだ。

―――ひどいね。

 うん、ひどい。

―――残念だけど、君は無力でも、無能でもない。

 ・・・なぜ?

―――君には力はある。でも「使い方」を忘れているだけ。

 ・・・そうなのか?

―――そう。そしてそれを呼び起こすのは、君の言うとおり、欠けている「勇気」だ。

 ・・・そうか。

―――そう。イメージするんだ。君の勝った姿を。君の戦う姿を。君の「勇気のある状態」を。

 ・・・わかった。

―――そう。妄想でも、想像でも構わない。でも、「始めないと終わらない」

 

―――思い出して、使え。殺せ。暴れろ。


君の本気を見せてやれ。



 僕は立ち上がった。

 聞こえた声を思い出す。

 でも、何をしていいかを教えてくれたのは、頭で考えたことじゃない。

 魂が直接、僕の体を操っているように思えた。

「まだやんのか?」

 お化けが睨んでくる。

「ああ、お前を殺る」

「・・・そうか。じゃあ死ね!」

 きた。あの風だ。

 でも、聞かない。

 その風に僕は逆らう、いや、その風を「喰らう」。

「・・・な、なぜ効かない!?」

 答えは無い。

 だって本人が分からないのだから。

 僕は笑みを浮かべる。ただの笑みじゃない。そのお化けをあざ笑い、憎み、死を宣告する「笑み」だ。

「・・・お前は誰だ?」

 答えられない。知らないから。

「死ね」

 僕はそのお化けに手を伸ばす。なんで伸ばしたかなんて覚えていない。強いて言うならば腕がそうしたからだ。そして、腕は目の前のお化けを侵食する。文字通り、魂を「喰らう」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!! やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 やめるはずが無い。

 なぜか。

 僕の魂が「暴走」していて、止められないから。


「そこまでだ」

 立ち上がった「氷結男」が言った。

 僕は手を止める。それと同時にお化けは逃げていった。やつは肉体を手放したからか、空を飛んで逃げた。

「・・・殺したらお前も犯罪者だ・・・危ないところだったな」

「・・・そうか・・・危なかった」

「リーダー、「ソラ」が重症。ブリキのゴミ箱に当たったみたい」

「まじか・・・とりあえず、アジトに戻るか」

 そのとき、僕は目の前がくらくらしてきた。その場に倒れる。

「お、おい。大丈夫か? おい、しっかりしろ!」

 その台詞以降は聞こえなかった。


 3分後。

 「シェイカー」のアジトにて。

「くそ。あいつなにもんd・・・いたたたタタ。」

「ボス、大丈夫ですかい?」

「・・・お前ら注意しろ・・・『侵食』の使い手が出た。危うく食われるところだったぜ」

「まじすか!?」

「ああ・・・食われたのは初めてだ。いまだに全身が痛んで・・・いたたたたたタタ!」

「・・・やっぱじーさん乗っ取ったのが間違いでは?」

「だな。次は若いの乗っ取るか。よし、お前ら! 俺の回復を進めるために今日は鍋食いに行くぞ!」

「ボス、鍋屋はこないだつぶれたんじゃ・・・」

「・・・じゃあ焼肉だ!」


 僕が気付いたときには、あたりは真っ暗だった。

「気がついたか?」

「・・・う、うん。・・・ここは?」

「俺たちのアジトだ。とりあえず、気分はいいか?」

「・・・うん。ありがとう」

 起き上がると、そこにはさっきの「凍結男」がいた。

「・・・悪かった。君が追われていたのは分かっていたが、まさか吹き飛ばしてくるとはね・・・申し訳ない」

「あ、うん。」

「・・・君にはいろいろとお話しなくちゃいけない・・・とりあえず、座れる?」

「うん」

 僕は、寝せられていたベンチに腰掛ける。

 ここで気付いたのだが・・・どうやらここは飲食店みたいだ。レトロな負陰気を漂わせるカウンターに四人がけのテーブルが三つ。あんまり大きくは無いけど、いい感じの店だ。とても「アジト」とは言い切れない。

「あ、さっき吹き飛ばされた・・・ソラくんだっけ? 大丈夫だった?」

「ああ、今ぐっすり寝てる。たぶん、もうそろそろ起きると思うよ」

「そうか」

 一安心。

 でも、なにかが終われば何かが始まる。

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