After Data.38 弓おじさん、大空へ

「早速飛ばしてみよう!」


 といっても周囲に建物が多い場所ではスカイシップを呼び出せない。

 里のはずれの殺風景な空き地へと移動してから再度ステータス画面を開く。


「スカイシップ召喚!」


 合図と同時に展開される巨大な魔方陣。

 その上で光の粒子が踊り、集まり、固まって巨大な船を構築していく。

 完成までに5秒とかからなかった。


「実物大になると……ますます俺の乗る船とは思えないデザインだな!」


 ほぼ全パーツ『ロイヤル』の高貴な船『アルテミス号』!

 そのオーラに思わず圧倒されるが、見物客のようにボーッと見ていてはいけない。

 繰り返すが、これは俺の船なのだ……!

 タラップを颯爽さっそうと上り、甲板に乗り込んだ俺は早速操舵輪そうだりんを握る。


 スカイシップの操縦方法は普通の船よりも複雑だ。

 加速・減速、面舵おもかじ取舵とりかじに加えて上昇・下降の操作も行わなければならない。

 そのため昔々の帆船に備え付けられているような操舵輪だけではとても動かせない。


 では、どうやって動かすのか?

 一番簡単なのは音声認識だ。

 言えばその通りに船が動いてくれる。

 ただ、最大船速で進む時ならまだしも、速度を細かく調整したい場合は、その微妙な加減を声だけで伝えるのが結構難しい。

 また、戦闘中に細かな船の動きをいちいち口に出すのも、なかなか忙しいだろう。


 そういう場合は操舵輪以外にもサイドレバーやフットペダルを取り付けて、レバーで上昇・下降の操作、ペダルの踏み込み具合で加速を調整……という方法もある。

 しかし、結局のところ戦闘になると大変という部分は解決していない。


 そこで登場するのが最後の手段……『操舵ロボ』だ。

 こいつはその名の通り操舵を代行してくれるロボで、目的地や向かう方向を指示するだけで後は勝手に船を動かしてくれる。

 戦闘に入れば独自の判断で回避行動や攻撃行動をとり、プレイヤーは何も考えず戦闘に集中出来る。


 でも、俺は船に操舵ロボを乗せていない。

 というのも、店で手に入るロボはどれもなんというか……デザインからしてポンコツ感満載で、説明文にも不安にさせるような文章がちらほら書かれていたのだ。

 例えば『ビックリすると適当に何かを動かしてしまう』とか、『たまに加速と減速を間違える』とか、リアルで乗り物を操縦する時に絶対にやっちゃいけないことが、まるでチャームポイントのように書かれていると、流石にこちらも乗せる気が起きない。


 おそらく、操舵ロボはスカイシップそのものとは違って、店売り品では満足な性能は得られないのだろう。

 装備のようにクエストクリアや特別なモンスターからのドロップ品で、少しずつアップデートしていかないと信頼できる操舵手にはならない……そんな気がする。

 だから、今回は操舵ロボに頼らなかった。

 もちろん、最初の1回くらい自分の船を自分の手で動かして見たかったというのもあるけどね。


「アルテミス号……上昇開始!」


 船体がふわりと浮き上がり、ぐんぐん空へ昇っていく。

 ……想像より上昇スピードが速いな。

 眼下に見える風雲の隠れ里がどんどん小さくなっていく。


「す、少し減速!」


 命令1つで上昇スピードが緩やかになる。

 そうそう、初めてなのだから何でもゆっくり目の方がいい。

 景色も楽しみたいしな。


「ワープ、見張り台!」


 俺の体はバルーン上部に設置されている見張り台にワープした。

 構造上、甲板からではバルーンが障害物となり、真上がまったく見えない。

 つまり、この見張り台に誰かを置いておかないと上からの攻撃に対してまったくの無防備になってしまうというワケだ。

 理想としては俺自身が見張り台に居座り、長射程の矢で敵を撃ちたいところだが、あいにく操舵は音声認識も含めてあの操舵輪を握っていなければ行えないようになっている。


 ただ、上昇や加速などの簡単な操舵は操舵輪を離れていても継続させることが出来る。

 実際、今俺は操舵輪を握っていないが、船は緩やかに上昇を続けている。


「そろそろスカイマップに入るぞ……!」


 船の真上に金色の雲の輪っかが出現した。

 この輪をくぐれば、新たに実装されたスカイマップに突入することが出来る!

 船はそれを焦らすようにゆっくりと上昇を続け……って、ゆっくりにしたのは俺だったな。

 と、とりあえず今アルテミス号は金雲の輪をくぐり、スカイマップへ突入した!


「これは……雲海!?」


 さっきまで飛んでいた普通の空には存在しなかった大量の雲!

 それが海のようにどこまでも広がっている!

 そして、雲海より上空にはちらほらと空に浮かぶ島が見えている!

 さらには他のプレイヤーのスカイシップも……!


「なんか天国へ続く道って感じだな……!」


 縁起でもないことを言いつつ船を止め、バルーン上部の見張り台から甲板に戻る。

 そして船の真下を覗き込むと、まだ金雲の輪は残っていた。

 ここから元のマップに戻ることが出来るというワケだな。


 こういう帰り道というか、撤退路の確認は大事だ。

 特に初めてくる場所、それも実装されたばかりの場所となれば、その重要性は増す。

 なんてったって、どれくらいの強さの敵が出てくるかわからないからなぁ……。

 俺のアルテミス号を失わないためにも、いざとなったら逃げる!

 これもまた1つの勇気であり、戦いだ……!


 とはいえ、今のところ周囲に敵影はない。

 他のプレイヤーの船もかなり遠いところにいるし、しばらくは操舵の練習を……。


「……というわけにはいかないか」


 武器を構え、雲の海面をにらみつける。

 現れたのは低空飛行のスカイシップならばそのまま切り裂けるのではないかと思うほど巨大な背ビレだった。

 この形状……まあ、サメだろうな……。

 船を上昇させれば戦闘を避けられるかもしれないが、ありがたいことに敵は1匹。

 このスカイシップを守るうえで一番大事な戦闘の練習……こいつでやってみるとするか!


「総員戦闘配置! ガー坊はバルーンの見張り台にワープ!」


「ガー! ガー!」


 もちろん連れているユニゾンも船に乗せることが出来る。

 今回は何が起こるかわからない新マップだから、総合的な戦闘能力が高いガー坊を選んで船に乗せている。


「俺は……矢で迎撃する!」


 総員って自分とガー坊しかいないじゃないかとか、お前はそもそも矢でしか迎撃出来ないのに宣言する意味はあるのかとか、そういうのは……野暮じゃないか。

 一応このスカイシップは武装を積んでいるわけだから戦艦とも呼べる。

 ならば、ちょっとは雰囲気出してみたい……じゃん?


「攻撃開始! 目標は雲海のサメだ!」

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