After Data.16 弓おじさん、月下の砲撃

 ……勢いで叫んでしまったが、まだこの砲撃がビッグフットキャノンによるものかはわからない。

 しかし、少なくともこの雪山に砲撃を行えるモンスターは存在するのだ。

 それもすでに俺たちをロックオンした状態の……。


「まずは相手の位置を把握しなければ……」


 俺も長距離射撃の使い手だ。

 一発砲撃を受けただけでも大体の目星はつく。

 敵は俺たちよりも少し標高の高いところに陣取っている……!


 さらに狙いの正確さを考慮すると、敵は俺たちの姿がハッキリ見える位置にいるはず。

 なのに俺たちからは敵の姿が見えない。

 つまり、敵は次の砲撃の準備が整うまで障害物に身を隠しているのだ。


 長距離射撃の使い手としてはなかなかの手練れの動きと言える。

 一撃で仕留められれば身を隠す必要はないが、もし仕留めきれなかった場合は敵も位置を探ろうと動いてくる。

 そして、見つかれば敵は必ず距離を詰めてくる。


 一度攻撃を仕掛けた時点でその存在とおおよその位置がバレてしまうのは避けられない。

 でも、ここで姿をハッキリ見られてしまうか、そうでないかの違いは案外大きい。

 姿を確認しない限りそれは『予想』でしかないからだ。

 99%当たっていても、100%確定の時の動きよりは慎重になる。

 その1%の差で、狙撃手にもう一度射撃を行うチャンスが生まれる……。


 おそらく敵から2度目の砲撃をくらうのは確実だ。

 問題はその砲撃の瞬間を捉え、相手の存在を『確定』させることだ。

 しかし、この一面の銀世界に障害物など……。


「いや、あれは……樹氷じゅひょうか!」


 凍り付いて真っ白になった木……『樹氷』。

 それらが密集する『樹氷の森』がここから少し離れた位置にある。

 地面の雪と同じ白だから曇り空の時はわかりにくかったが、今は月光に照らされ黒い影が伸びているのでよくわかる。


 間違いない。敵はあそこから砲撃を行っている。

 それを証明するかのように、木々の間からまばゆい閃光が放たれた!

 あれは……2度目の砲撃の光だ!


「ネクス、またさっきのやつが来る! 君は砲弾を相殺してくれ! 俺は敵を狙う!」


「心得た!」


 さあ、どう攻める?

 敵の位置はわかったが、ハッキリと姿を捉えてはいない。

 こういう時は広範囲攻撃で一面焼き払ってしまうに限るが、今は切り札の【獄炎天羽矢の大嵐インフェルノアローテンペスト】が使えない状態だ。


 ……いや、まだ俺には切り札がある。

 むしろ、【獄炎天羽矢の大嵐インフェルノアローテンペスト】が使える状態でも、こちらを優先した方が良いくらい今の状況にピッタリな奥義が!

 俺は弓を空に向けて構えた!


「むっ? 砲撃の対応は私に任せるのでは……?」


「ああ! 任せるさ!」


 俺が空に向けて放った矢は、空中で砲弾と交差したものの衝突することはなく、さらに高いところへと上がっていった。

 これで反撃はよし!

 あとは少し待ってから距離を詰めれば……。


大紅蓮鉄火弾だいぐれんてっかだん!」


 その前に敵の砲弾が来る!

 ネクスは洞窟の壁画ビッグフットにも使った奥義を空に向けて放った。

 今回は放たれた2つの火球が混ざり合って1つになることなく、そのまま砲弾へと飛んでいく。

 1つの大火球か、2つの火球か、どちらかを選択できる奥義のようだ。

 壁画ビッグフット戦ではあまり良いところがなかったが、流石にフィールドに出るモンスターの攻撃くらいは軽く相殺して……。


「な、なにっ!? 私の奥義が……また押されているだと!?」


 一度ならず二度までも、ネクスの奥義【大紅蓮鉄火弾】は敵の攻撃の前に敗れ去った……!

 敵の砲弾はまだ生きている!

 威力は減衰しているだろうけど、モロに食らうのは避けたい……!


「退魔防壁!」


 矢を撃ち込んだ場所を中心にドーム状のバリアが展開する!

 使い勝手の良い防御スキルだが、強度の方は心もとない!

 なんとか耐えてくれ……!


 ピシッ……! ピシピシピシッ……!


 バリアの一部が割れ、爆風が内部に吹き込む!

 あ、熱いぞ……!

 この砲撃は氷属性じゃないのか!?


 思い返してみれば、砲弾は月のように黄金に輝いていた。

 見た目で判断するなら、光属性が近いかもしれない。

 それなら火属性とは有利不利がなく、純粋な威力勝負で【大紅蓮鉄火弾】が負けるのもおかしな話ではなくなる。


 しかし、それはネクスの奥義を打ち負かすほど強力な奥義を放てる野良モンスターがいるということになってしまう。

 ネクスだってプレイヤーのトップ層には及ばなくても、並以上のステータスと装備、スキル奥義を運営から授けられていると思うのだが……。


 疑問の答えは出ないが、敵の砲撃を受け止めることには成功した。

 粉々になる直前で【退魔防壁】が打ち勝ったのだ。


「す、すまぬ……! また役目を果たせなかった……!」


「いや、敵はただのモンスターじゃないみたいだし仕方ないさ。それに退魔防壁で受け止められるまで弱体化させてくれたら、それはもう相殺したみたいなもんさ。気にしなくていい。今度は攻めることを考えよう」


「わかった。では、あの樹氷の森へ……あっ!?」


 ネクスが驚くのも無理はない。

 樹氷の森は俺が放った【インフェルノ・インドラアロー】で赤黒く燃えている最中だったからだ。


 天高く矢を飛ばした矢が地に堕ちる瞬間、強力な電撃を広範囲に放つ奥義【インドラの矢】。

 それと赤黒い炎を矢に纏わせる【インフェルノアロー】を組み合わせれば、広範囲に炎をばらまく矢が完成する。

 まさに敵をあぶり出すのにピッタリの奥義だ。


 さらに今回は普段デメリットになっている独特な矢の軌道も有効に活用されている。

 一度上空で砲弾と交差させることで、あたかも迎撃のために放った矢が外れてしまったように見せかけたのだ。

 唐突に矢を空に向かって撃ち上げると、敵もそれになんの意味があるのか疑い始める。

 勘の良い長距離射撃の使い手ならば、狙撃するポイントを変えようと思うかもしれない。

 しかし、迎撃に失敗したと思い込ませることが出来れば、それ以降敵の頭から外れた矢の存在は消える。

 そう、それはすでに失敗して終わった攻撃だからだ。


 作戦は完璧に決まった。

 敵が樹氷の森から逃げ出す前に仕留められた……はずだった。


「レベルアップもドロップの自動回収も起こらない……」


 いや、俺もかなり高レベルになってるし、レベルアップはしにくくなっている。

 フィールドでやたら強い野良モンスターを倒してもノードロップなんてあるあるだ。

 でも、今回はそれらに加えてお金の回収も発生していない。

 どんな雑魚モンスターでも、少額のお金は落とすはずだ。


 つまり、まだ奴は生きている……!

 いや、むしろその方が俺としてはありがたい。

 倒してしまっては、敵の正体がビッグフットキャノンだったのかもわからないからな!


「ワープアロー!」


 逃さないように【ワープアロー】で素早く距離を詰め、謎の力によりすでに火が消えかかっている樹氷の森跡地に足を踏み入れる。

 大量の雪が一気に熱されたため、あたりは蒸気で満ちている。

 視界はすこぶる悪い。

 索敵能力に優れたガー坊を召喚しておこう。


「さて、奴はどこに……」


 ……いた!

 水蒸気の向こうから迫ってくる黒いシルエット、その姿はまさに……衝撃!

 謎の雪山の奥地にビッグフットキャノンは実在した!


 ヴルルルルルル…………ッ!


 全身を覆う白い体毛、手足の指や顔など一部から覗く黒い肌、何より特徴的な巨大でゴツい足。

 いや、人間に比べれば足以外も十分デカい……!

 それに加えて背中に背負っているのはロボットアニメに出てくるようなキャノン砲!


 情報の大渋滞が起こっているが、そこへさらに畳み掛けるように衝撃の事実が判明する。

 こいつ……無傷だ!

 【インフェルノ・インドラアロー】はかなり火力のある奥義だというのに、こいつには焦げ跡1つ付いていない……!


 火属性に耐性があるのか?

 いや【インドラの矢】は雷属性だ。

 火と雷の同時攻撃を完全に無効化できるモンスターがいるとは思えない。

 ボスならまだしも、フィールド上に存在する野良モンスターとしてはおかしい。


 ならば、別個体か?

 こいつは俺たちが戦っていたビッグフットキャノンとは別の個体で、戦いが終わった後に偶然ここに……。

 いや、ない。

 別個体ならばこんな場所に姿を現さずとも、遠くから奇襲の砲撃を仕掛ければいい。

 それが彼らの戦い方なのだから。


 でも、しかし、そうなると……本当に一体何なんだ?


『ビッグフットキャノンをユニゾンとして登録しますか?』


「……は?」


 突然聞こえたアナウンスに、ついに俺の思考は停止した。

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