After Data.12 弓おじさん、雪山の戦い

 敵の数は5体。

 最初は1体だけだったが、後からボコボコ雪の中から現れた。

 位置関係は向こうが山の上の方にいて、こちらは敵を見上げるような形になっている。


「狙撃は本来高所から撃ち下ろすのがベストだけど、そうもいかない時は……そのまま攻撃する!」


 ありがたいことに雪男たちは飛び道具を持っていないらしい。

 一斉に雪の斜面を滑り降り、こちらに突撃しようとしている。


「良い的だ……! インフェルノ・ショットガンアロー!」


 両手の『ショットクロスボウR』から奥義を放つ!

 相手の属性は見るからに氷……!

 ならば火にはめっぽう弱いはずだ!


 ゴッ!? ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


 奥義2発で2体の雪男を撃破!

 やはり火に弱いのは間違いない。

 このまま【インフェルノアロー】を混ぜ込んだ攻撃で、接近される前に十分処理できる。


「全力連射インフェルノ・ガトリングアロー!」


 白銀の世界に赤黒い炎の矢が無数に舞う!

 想定通り雪男たちを接近させることなく撃破することに成功した!


「よし、だいぶクロスボウにも慣れてきたなぁ」


「見事だ。私の出る幕はなかったな」


「あ……」


 ネクスとの初の共闘のはずが、ネクスの有効射程内に敵が入ってくる前に撃破してしまった!

 ついついソロの時の癖が……。


「気にすることはないぞ。私としてもそなたの本領が間近で見られて良かったのでな」


「あはは……。そう言ってもらえると助かるよ」


「それにしても、ウワサ通りの弓の腕前だ。気楽に撃っているように見えるが、まるで狙いを外さないではないか」


「まあ、今回は運が良かったのもあるよ。敵はまっすぐこちらに滑ってくるだけだったし、まだ完璧に使いこなせてないクロスボウも妙にしっくりきたし。それにエイム力ならネクスも相当なものじゃないか」


「……それこそ、運が良かったというやつだ。あのミサイルを正確に撃ち落とせたのには私も驚いた。この武器は実験段階なのでな」


 ネクスは銃剣を見つめる。

 全体的に赤いカラーリングで、刃の部分も艶やかな赤みを帯びている。


「これは新カテゴリー『銃剣』に分類される『蓬莱ほうらい玉刀ぎょくとう』という武器だ。『銃剣』はその名の通り『銃』と『剣』の2つのカテゴリーを併せ持ち、スキルも両方の物を使用することが出来る。ゆえにバランス調整に悩んでいてな。私がテストしているのだ」


「複合武器とはロマンがあるね。でも、テストってこう……実際にゲーム内で使わなくても、データ上でチャチャッと出来たりしないのかな? AIの高速思考とかで……」


「ふふっ、AIは万能ではない。それにデータ上でと言うが、その実戦データは誰が提供してくれるのだ? もちろん新たな武器のステータスを他の武器による戦闘のデータに反映させて、ある程度のシミュレーションは出来るが、案外これが信用ならないのだ」


「やっぱり予測と実際の結果とで違いが出る……ということかい?」


「うむ、その通りだ。我々もやってみなければわからんことは多い。いや、それどころか結局のところプレイヤーの手に武器が渡ってみないとわからないというのが本音だな。人間の『ひらめき』は時に予想外の結果を招く。計算の積み重ねで思考する我々にとって、ふっと急に何かが浮かび上がってくる人間の感覚というのは、理解しがたいところがあるのだ」


「なるほど……」


 認識したことに対応する速度はAIの方が圧倒的に速いが、本来なら知りえない情報に対する勘やひらめき、理屈では言い表せない『直感』の領域は人間の方が勝っている……ということか。


「選択肢や運要素が少ないゲームでは我々は負けない。将棋やチェス、囲碁などのAI開発が盛んだったのは、シーンごとの選択肢がさほど多くなく、運要素がゼロに等しかったからだ。もちろん、これらのゲームにも人間のひらめきが絡む状況はあるが……そのひらめいた選択肢すら予想の範囲内とすることが出来る」


 駒がその状況ごとに出来る動きは限られている。

 イレギュラーな状況に陥ることが極端に少ない……というわけか。

 これが運要素で急に『歩』が斜めに動けるようになったり、相手の駒を取ろうとしたら確率で攻撃を回避されて返り討ちにあったりすれば話は違うんだろうけどな。


「2Dアクションや2Dシューティングなどもまあ人間には負けないだろう。ただ、対戦格闘ゲームとなると少し話は違ってくる」


「ん? 格闘ゲームのAIって昔から強いイメージがあるけど……」


「あれは……ちょっと卑怯な手を使っているのだ。人間は相手の動きを見て判断するが、古い時代のAIはコマンドの『入力』から行動を判断しているからな。ゆえに『超反応』といわれる理不尽な反応を示すのだ」


「小足見てから昇竜余裕どころか、小足見る前から昇竜余裕ってことか……」


「しかも我々はコマンド入力をミスすることもない。相手の動きに対して最適な技を返すだけのシンプルな動きで勝ててしまう。まあ、最新のAIは人間レベルで強い動きを目指しているので、そういう理不尽な超反応は減っている。その分、弱くはなっているがな」


「勉強になるなぁ」


「私もフィールド内のプレイヤーとして振舞う時はそういったデータを読み取る機能はオフにされている。だから、まだ戦闘がぎこちないのだ。相手の動きを『目』で見てから素早く最適な判断を下すというのは、なかなか難しい」


「あれ? でも、俺と会った時はデータを読み取って俺の行動は把握済みって言ってたような……」


 あ、この発言は大人の男としてスルーしてあげたはずなのに、あまりにも気になったから聞いてしまった……!

 でも、ネクスの方はあまり気にしていないようで、普通に俺の疑問に答えてくれた。


「ああ、このフィールドに降り立つ前にそなたがどう動いているかを読んだ。そうして目的を把握し、フィールド内に入った時点で、もうデータは読み取れない。だからこそ、見えざる矢の攻撃に足をすくわれたわけだな」


 流石に制限はある……ってことか。

 データを読み取らず、人間のプレイヤーと同じように『見て』から反応する。

 それでもそもそもAIは反応が速いので、人間よりは機敏になる。

 しかし、予想外の行動への対応は判断がつかず遅れることもある。

 ただ、予想外の行動への対応が遅れるのは人間も同じだ。

 でも、極まった人間は『直感』で対応が出来る……。


 ……難しい話だ!

 どうやら、俺の頭はこの話に対応できないようだな。

 貴重な意見を聞くことが出来た異種族交流だが、この辺で話題を変えよう。


「じゃあ、もし今モンスターから不意打ちを受けたら、ネクスも驚くってことだね」


「理論上はそうだが、私がそうそう驚くと思ってもらっては……あ?」


 突如として雪の中から突き出てきた爪がネクスの足首をガッチリと掴み、ネクスを雪の中へと引きずり込んだ!


「ぎゃあああああああああッ!!」


 両腕を伸ばして周りの雪を掴み、抵抗するネクス。

 どうやら雪の下には深い穴が掘られているらしく、爪の持ち主はその穴の中にネクスを引き込もうとしているようだ。

 しかし、敵の姿が見えない状態では攻撃するのは難しい……!


「たすっ、あ、足に……! 何とかして……!」


 思った以上に驚いてる……!

 もはやパニックじゃないか!


「落ち着いてネクス! 何とか足元を攻撃できないかい?」


「あ、足……! 足元!? で、出来るぞ! 下がっていろ!」


 お、落ち着きを取り戻した……!

 言われた通りネクスから距離をとる。


火月闘気かげつとうき!」


 ネクスの体から燃え盛るようなオーラがあふれ出す。

 同時に周囲の雪が溶け、彼女の足を掴んでいたモンスター『雪モグラ』が姿を現す。


 モ……ッ!? モモモグッ!?


 雪モグラは明らかに熱がっている!

 これはステータス強化だけでなく、攻撃判定を併せ持ったオーラなのか!


石火刃せっかじん!」


 今度は銃剣の刃がまばゆく輝く……!

 ネクスはその刃を逃げ出そうとする雪モグラへと振り下ろした!

 このスキルもおそらく火属性で、雪モグラは名前からして氷属性だ。

 弱点を突かれた雪モグラは一撃で消滅した。


「……ふっ、他愛もないな」


 ネクスは乱れた髪と服を直す。

 そして、何事もなかったかのようにこちらを見つめてくる。


「うん、先に進もうか」


「うむ、そうしよう。ここは危険だ。決して油断するなよ……?」


 ネクスは銃剣を抜いたまま歩き始めた。

 その足取りは今までよりさらに慎重になっていた。

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