After Data.11 弓おじさん、雪原を抜けて

「じゃあ、一緒に雪山に行こうか。冒険の目的は移動しながら説明するよ」


「気遣いはありがたい。だが、説明の必要はないぞ。すでにデータを読み取って把握済み……あっ、いや、なんでもない! ぜひ説明してくれると嬉しいぞ!」


 そうか、ネクスはこのゲームを管理するAIだから、プレイヤーが何をしてきたかも丸わかりなんだ。

 さらにはマップのどこに何があって、どんなボスや仕掛けが待ち受けているかもわかっている。

 だから、俺がなぜ雪山に向かうのかも理解している。


 でも、それをプレイヤーにアピールしてはいけない。

 冷静に考えればAIなんだから何でも知っていることは当然なのだが、それを主張しすぎると冒険の雰囲気が壊れてしまう。

 ネクスはそれを察して口をつぐみ、話を変えた。

 このことを十分に理解しているということだ。

 ならば大人しく話に乗ってあげるのが大人の男よ……!


 俺は何も知らないふりをして、これまでの冒険の経緯を話した。

 それこそ最強パーティ決定戦優勝のところから話した。

 ネクスも初めて聞くようにうんうん頷いているが、首の動きが激しすぎて演技臭さが抜けていない。

 いや、ここまでくると過剰演技で面白い。

 彼女はこの不器用なキャラでいいのかもしれない。


 しばらくして、俺のこれまでの話が終わった。

 そして、2人の間に沈黙が訪れた。

 ……何を話せばいいんだろう?

 若い女の子と盛り上がれる話題なんて思いつかないし、さらに彼女はAIだ。

 世間話をするにも、どこまでがAIの世間なのかわからない……!


 そう考えると、チャリンのおしゃべりな性格は非常に合理的なんだな。

 向こうからいくらでも話しかけてくるから、話題に困るなんてことは一切ない。

 元からそういう性格なのか、人に親しみを持ってもらうためにそうしてるのかはわからないが、やはり人気者には人気者の理由があるんだ。


 とりあえず、食べ物の話はダメとして……。

 ニュースとかはチェックしてるのだろうか?

 娯楽に触れる機会はあるのか?

 仕事しかさせてもらえないなんてことは……。

 うーん、話題の切り出し方がわからない!


 チラッとネクスの顔をうかがうと、同じく俺の顔をうかがっていた彼女と目があった。

 気まずい空気の後、最初に口を開いたのは……ネクスだった。


「私に関して気になっていることがあるのだろう?」


「うん……まあね」


「それは『なぜ今になってNSO運営は公式AIなぞを作ったのか?』ということだろう?」


 ネクスは『図星だろ?』みたいな顔をしているが、少しズレてるかな……。

 でも、確かにそれも気になる疑問だ。

 もともとNSOはゲーム内の住民であるNPCにすら高度なAIを搭載していない。

 ゲーム進行に関する受け答えは完璧だが、他愛のない世間話を楽しむことは基本的に出来ない。


 その分、モンスターのAIは作り込まれているので、NSOはリアルな世界観の構築というよりは、ひたすらバトルに力を注いだゲームと言える。

 なのに、ここに来て高性能AIを導入するとは一体どういう意図が……。


「理由は単純明快。イベントで想像以上に儲かり、コラボしたチャリン殿が想像以上に人気だったので、自前のAIを用意した……というわけだ」


「それは確かにわかりやすいけど、AIの新造には国の厳しい審査が入るって聞いたことがある。人間と同じかそれ以上の存在であるAIを扱う企業には、それ相応の資金力と能力、さらには人工知能に対する人権意識とかなんとか……」


「そうらしいな。運営はよく決断してくれたと思う。まあ、それだけ私が欲しかったということだろう。AIとして悪い気はしないぞ」


「必要とされることに喜びを感じるのは、人間もAIも一緒なんだね。でも、生まれた頃から役割が決まっているのって少し窮屈に感じないかい?」


「ふむ……そこは一長一短だろうな。人間はなぜ生まれたのか、なぜ生きるのか、その理由を死ぬまで探し続けるらしいが、AIは明確な理由があるから生まれる。だからこそ気楽な面もあるが、縛られている面もある……。うーん……」


 何気ない疑問が、哲学的な話になってしまった。

 確かに生まれた時からやるべきことが決まっていれば悩みは減る。

 進路とか、就職とか……気にする必要はなくなるからな。

 でも問題は『やるべきこと』と『やりたいこと』が違う場合だ。

 AIには生まれる明確な理由があると言っても、それは他者が決めたことに過ぎないのだから……。


「私は生まれたばかりのAIだから、まだ現状に不満はない。この仕事も悪くないと思っているし、なんなら少し楽しくなってきたかもしれん」


「それは良いことだね。『仕事は辛いから仕事』っていう人がいるけど、楽しいなら楽しいに越したことはないよ」


「うむ、合理的な意見だ。……そなたは今楽しいか?」


「ああ、今が人生のピークなんじゃないかってくらいには楽しい毎日さ」


「そうか、それは良かった」


「それもこれもNSOのおかげだから、本当に感謝してるよ」


「ふっ、私にはまだその言葉を受け取る資格はない。生まれたばかりだから……な」


 こんな感じで会話をしつつ、俺たちは雪山のふもとへとやって来た。

 ここまでは特にモンスターも出なかったが、山の中に入ればそうはいかないだろう。

 会話を楽しむのも良いが、同時に周囲を警戒しなければならない。

 あっけなくやられることもあると予防線は張ってあるが、本当にあっけなくやられていいとは思ってないからな……!


「まずは山の周りをぐるりと一周しようと思う。何か発見したら、些細なことでもいいから報告してくれ」


「わかった」


 あたりは一面の銀世界だ。

 白以外の色は非常に目立つが、逆に白はまったく目立たない。

 雪山フィールドといえば白いモンスターだし、これは集中して索敵しないとな……。


「……あ」


 早速、雪の中にうごめく何かを発見した。

 白い体毛に覆われているが、露出した手足の肌が黒いので助かった。

 相手との距離は十分に保てているし、向こうが襲ってこない限りスルーできそうだが……。


 ……ンゴッ!? ゴゴゴゴゴッ!?


 む、相手が俺たちを発見したようだ。

 こちらに向けられたサルに近い顔から想起されるモンスターは……。


「雪男、イエティ、ビッグフット……のどれか!」


 すべて山奥に隠れ住む巨大な類人猿とウワサされる未確認生命体UMAだ……!

 まあ、流石にどれもこの時代ともなると実在説が通用しないレベルのUMAだが、このゲームにおいては実在するし、なんなら仲間を引き連れて今にも襲い掛かってきそうだ。


「ネクス、やれるかい?」


「無論だ。フィールドのモンスターくらい造作もない」


 弓を構える俺。

 銃剣を構えるネクス。

 こうして、初の共闘が始まった。

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