After Data.10 弓おじさん、新たなる隣人
目の前の人物がAIだという確かな証拠はない。
ただ経験や状況から導き出した推測に自信を持てるだけの根拠はある。
その根拠の1つが反応速度……!
俺は人間のトッププレイヤーと戦ってきたからわかる。
この人物の反応速度は彼らすらも凌駕している!
また、体の動かし方も非常に精密だ。
戦いの最中も思ったが、エイムはノルドを上回っている。
しかし、だからと言ってノルドよりも強いかといえば……そんなことはない。
反応速度と精密動作は確かに驚異的だが、立ち回りは非常に甘い。
極まった動きをしている割にどこかぎこちない戦い方だったこと、それが根拠2だ。
人間ならば反応の良いプレイヤーはそれなりにゲームにも慣れているし、反応が悪いプレイヤーはゲームそのものの経験が浅いことが多い。
俺も最初はまったくこのゲームのスピード感についていけなかったが、今となっては反応速度でも並のプレイヤー以上になっている自信がある。
年齢的な衰えを積み重ねた経験が上回ったからだ。
この人物は反応や動きはプロの上位クラスを超えているのに、経験が足りてないように思える。
もちろん、あえて手を抜いて俺を試していたという可能性もある。
ただ、俺的にはむしろ向こうが自分のスキルや戦法を試してたがっていた気がする。
スキルを使っては俺が対応するのを見て、さらに新しいスキルを使うことを繰り返していたからな。
試すということは、慣れていないということだ。
そんな状態でなぜ俺に戦いを仕掛けたのか?
そもそも、なぜ『ヴァーサスフィールド』でもない場所で俺に攻撃が通ったのか?
この疑問こそが根拠3……!
普通のプレイヤーでは出来ないことをやっている……だ!
長々と
明らかに運営側の存在でなければこんなことは出来ない。
そして運営側の存在ということがAI説をさらに補強する。
なぜなら、ゲーム内に存在するAIは運営側でなくては困るからだ。
運営の知らないAIが紛れ込んでプレイヤーに攻撃を仕掛けているならば、それは大問題だ。
ありえない……とも言えないのがこの大VR時代なのだが、今回はその可能性は考えないようにする!
そうすると、答えは二択になる。
運営側の人間か、運営側のAIか……。
戦いの中から導き出した答えは『AI』だった。
「流石は私がこれから管理することになるNSOの顔と呼ばれる男だ。まったくもってその通り」
謎の人物は赤いもさもさを脱ぎ去った。
「我が名はネクス・ネクスタリア。NSO運営チームによって新造された高性能AIだ」
ネクスと名乗った少女は不敵な笑みを浮かべる。
見た目年齢は十代後半くらいで、ギリースーツを脱いだ状態でもそれなりに背が高い。
艶のある長い黒髪のポニーテールには、ところどころ赤いメッシュが入っている。
小顔で色白な肌、大きく力強い目が近寄りがたいまでのクールさを演出している。
どことなくセーラー服を思わせる赤と黒の装備を着て、腰には先ほどまで俺に向けられていた銃剣が鞘に納められた状態でぶら下がっている。
同じ高性能AIでもチャリンとはまったく雰囲気が違う。
高嶺の花のようなツンとした空気が彼女の周りを取り巻いている。
非常に強そうに見える……が、実際はのほほんとした雰囲気のあるチャリンの方が強い。
その強さの差は、そのままAIとしての経験の差なのだろう。
彼女たちも人間と同じように学び、成長する存在だ。
「俺はキュージィ。いろいろあって今はプロゲーマーを……いや、そっちは俺のことをよく知ってるみたいだから、詳しい自己紹介はいらないかな?」
「ああ、よく知っている。だからこそ、攻撃を仕掛けた」
「あの、今更だけど運営のAIが勝手にプレイヤーに攻撃を仕掛けても良いのかな……って」
「むっ! 勝手ではない! ちゃんと告知されているぞ?」
「え?」
「公式サイトやゲーム内のお知らせにもちゃんと『ネクス・ネクスタリアがフィールド内のどこかに現れるかも!?』と書かれているし、『場合によっては戦えるかも!?』とも書かれている! まさか、チェックしていないのか?」
「あー、そういえばそんな告知もあったような……。最近忙しかったし、ただのふれあいイベントだと思ってスルーしちゃってたかも……。悪く言ってごめん」
「まあ、知らないのも無理はない。そなたが好むような戦いのイベントとは違うカテゴリーのお知らせとして掲載されていたのは確かだ。それに私は人と慣れあうのを好かんから、
主役のせいでイベントが企画倒れしてる……!
むしろそっちの方が大問題なのでは……?
「しかし、流石に誰にも会わんとなると告知詐欺になってしまうとスタッフに叱られたので、こうして自分が会いたいと思ったプレイヤーの元を訪れたわけだ」
「俺に……会いたかった?」
「ああ、私はNSOの公式キャラクターで、いわばNSOの『顔』になる存在だ。だからこそ、先代の『顔』に会ってみたかった。学べることが多いと思ってな」
風化するどころか完全に定着したなぁ、NSOの顔扱い……。
まあ、女の子に会いたかったと言われて悪い気はしないが、学ぶと言われると俺にそんな参考になるような部分はあるのかと不安になってしまう。
「学ぶって言ったって、俺はNSOの顔になるために特別な努力とかはしてないからなぁ。結果的に俺の知らないところでそうなってしまったというか……。だから、教えられることはあんまりないかも」
「構わない。こういうものは見て盗む……だろ?」
AIなのに思想が古臭い……!
この科学世紀には希少すぎる頑固者の職人みたいなことを言うじゃないか……!
「俺が盗めるようなものを持ってればいいんだけど……」
「確実に持っている。先ほどそれを証明してもらった」
「先ほど……?」
「戦闘技術だ。私はNSO最強の男の戦闘を学びたい。ゲームバランスの調整や、新要素のテスト、プレイヤーとの戦いなどを仕事とする予定だが、それにはまだまだ実戦経験が不足している」
なるほど、そういうことか……。
何かを学ぼうと思った時、その道におけるNo.1に教えを乞うというのは正しい選択だ。
そして、NSOにおける最強は俺ということになっている。
この事実に関して俺はあまり
内心ビクビクだが、下手に
「これは運営の命令ではなく、私独自の判断だ。私が1人のAIとして成長するにはそなたの近くにいるのが一番だと思った。迷惑ならば断わってもらっても構わぬ。一方的な願いで、私から何か還元できるものはないからな」
「……わかった。俺は人に教えるのは上手くないし、本当に戦いを見せるだけになっちゃうかもしれないけど、それでもいいならついて来ても構わないよ」
「はっ……! ありがたい、恩に着る!」
「ただし! 時にはあっけなく負けることもある……! その……ガッカリしないでね」
「もちろんだ! 初見殺しはゲームの醍醐味らしいからな!」
プレイヤーからすれば初見殺しは理不尽な要素なので、あまり運営側に嬉々として設置してほしくはないのだが……。
あ、『学ぶ』とは要するにそういうことなのか。
ネクスにプレイヤーの目線を学んでもらえば、このゲームはもっと良い物になるはずだ。
彼女の成長がNSOの未来を創る……!
あれ……?
だとすると、その学びを支えることになった俺の責任って重大じゃないか?
なんか、二つ返事で引き受けてしまったけど……マズイか?
「…………」
くっ……! 今更断れるか!
さっきまで氷のように冷たい表情をしていたネクスがホッとした顔をしている!
きっと俺にお願いを引き受けてもらえるか不安だったんだ……!
こんな子を悲しませてまで自分の保身を考えるような大人になった覚えはない!
すまない運営、俺と一緒に地獄まで付き合ってもらう!
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