Data.FINAL 射程極振り弓おじさん、その名はキュージィ
賞金はイベントから約1か月後に振り込まれた。
俺もそれなりに働いていたとはいえ、レトロ風ゲームを作っている小さな会社の給料など、ドンと一括で振り込まれた2500万とは比べ物にならない。
今のご時世、収入がなくとも最低限の衣食住が保証されるようにはなっているが、豊かな暮らしを得ようとすれば、やはりお金が必要になる。
この2500万は俺にとっていろんな意味で大きなものだ。
大切に大切に使っていこう。
とはいえ、2500万だけで一生幸せに暮らすのは難しい。
老後を考えると、まだまだ稼ぐ必要がある。
そのための手段は……もう決まっている。
「動画編集って……難しいなぁ……」
俺はプロゲーマーになる。
まあ、ゲームの大会で賞金を受け取った時点ですでにプロではあるのだが……。
活動方針は主に動画投稿。
たまに賞金付きの大会に出るといった感じになる。
古き良きプロゲーマーは最新のゲームが発売されるたびにそれをやり込んで腕を磨き、大会で結果を残して賞金を受け取ったり、スポンサーを付けたりして、また次の大会に挑むという流れが主だった。
しかし、俺には新しいゲームにどんどん対応するだけの柔軟性はない。
慣れるまでには時間がかかりそうだし、ある程度1つのゲームタイトルをやり込んで動画を投稿し、動画に付いた広告による収入をメインにするのが無難だと思った。
最近はそういう動画投稿による活動をメインにしたプロゲーマーにもスポンサーが付くことがあるようだが、流石にいきなり企業の看板を背負って活動するのは恐ろしい。
すでに企業からそういう申し出があったが、勇気を出して今回はお断りさせていただいた。
正直、今は優勝による時の人状態、バブル真っただ中という感じだ。
ここで浮かれて何でもかんでも背負い込むのは良くない……と俺の心が言っている。
プロとして本当の実力が試されるのはこれからだ。
もしこれからも人気を維持できて、また声をかけてくださることがあったら……その時はその時の自分の心に従おう。
いやはや、実を言うとこんな『チャンスに飛びつかないでどうする』『プロを舐めてないか?』『それでお金を稼げるのか!?』と叫ぶ自分も心の中にいたりする。
確かにそれはそうだと思った。
どういう未来が待っているにしろ、今与えられているチャンスは掴むべきだという意見も確かだ。
昔の俺なら安定した収入のために飛びついていたかもしれない。
では、なぜ不安定な……いや、ロマンあふれる道を選んだのか?
その理由は仲間たちの存在にある。
仲間たちもまた同じように悩んでいるのだ。
ネココは中学生らしく、お堅い親御さんが本格的なプロ活動を認めてくれるかわからないらしい。
プロゲーマーという職業が浸透した今でもこういうことはよくあるし、この場合はプロゲーマーが職業としてどうかというより、ただ娘の将来を心配しているだけ……と思いきや、ネココの家系そのものが古風な感じで、新しい職業をあまり信用していないらしい。
ここで1つの疑問が生じる。
ネココの叔母であるマココも同じ家系であるはずなのに、彼女は根っからのプロゲーマーなのだ。
何やら複雑な家庭事情が見え隠れするが……あまり踏み込まないでおこう。
ただ1つ言えることがあるとすれば、一族におけるマココのポジションもネココにとっては強い刺激だということだ。
アウトローに憧れるものさ、特に中学生は……な!
あ、プロゲーマーの先輩としてマココにもスポンサー契約について尋ねたが、彼女にスポンサーは付いていないらしい。
『私ってモチベーションに波があって突然活動が止まることもあるから、企業の看板を背負っていい人間ではないのよねぇ~』というのがマココの答えだった。
その通りだと思った。
今回、ありがたい話を断るという決断が出来たのは、マココの影響が一番大きい。
俺も俺がどの程度やっていけるのかまったくわかっていない。
そんな状態では収入を得られる安心感より不安が勝つだろう。
最初は探り探りで良いのだ。
サトミはネココほど若くはないが、それでも将来について考える年頃ではある。
まあ、彼には嫌でもアドバイスをしてきそうな兄がいるから問題ないだろう。
ある程度言うことを聞いておけば大きく道を踏み外すことはないと思う。
言いすぎたら言いすぎたでまた喧嘩になりそうな気もするが、男兄弟なんてそれでいいのさ。
あの2人ならばぶつかり合いながら高め合っていけるはずだ。
そうそう、マココに話を聞いたのだからコアにも話を聞こうと思ったけど……やめておいた。
彼のヤンキースタイルのしゃべりはなかなか圧があるので、その言葉に流されてしまう気がしたからだ。
実際、不人気な『射手』という職業を前向きな気持ちでやってみようと思ったのはコアの言葉があったからだ。
だから感謝はしているが、今回は自分で答えを出したかった。
アンヌはこれまで動画投稿などの活動をしたことがなかったが、この機会にとチャンネルを立ち上げ、すでに動画を投稿している。
オカルト関係の動画を……な!
今でも彼女はゲームを続けているが、投稿する動画はプレイ動画ではなくバーチャルオカルト関係の解説や新説を提示する動画だった。
そして、これがまあ伸びている!
オカルトって需要あるんだなぁ。
この歳まで生きても知らない世界ばかりだよ。
ちなみに仲間たちとのやりとりはオンラインでしているが、もしリアルで会えるとしたら一番会ってみたいのはアンヌだなぁ。
流れている血は赤いのだろうか、タコのような触手が生えていないだろうか……。
うーん、オカルティック!
でも、これは未知のままでも良いかも。
と、まあ、要するに仲間たちが1名を除いて自分の進む道に悩んでいるので、年長者である俺が新たな道を進む姿を見せようと思ったのが、今回の決断につながったということだ。
決断と言っても周りに流されずマイペースに進もうというありきたりで、ある意味今までと変わらない決断でしかないが、変わらないというのも難しいと俺は知った。
実際、俺の戦闘スタイルも最初と最後じゃ全然違う。
生きることは戦いなので、長く続ければ変化を求められる。
射程だけじゃ足りずに火力を求めたように、俺もこれからの活動の中で幾度となく変化してくだろう。
だからこそ、マイペースという『軸』が必要なんだ。
射程を『軸』にいろんなスキルや奥義を得て、バランスを考えてガー坊を万能型にしたように、太い『軸』を中心に変化していかなければ、大きくブレることになる。
何をやればいいのかも見失ってしまう。
自分らしくマイペース……そんな言葉を胸に作った俺の動画は、俺らしく素人臭い動画になった。
うん、やはり自分の好きなようにやるだけでは人を楽しませるものは作れないな!
でも、今の俺にとってはこれが精いっぱいなのも事実……!
すでに知名度がある俺が動画を出せば、普通の新人さんよりは多く見られることになるだろう。
その動画がこれでは笑いものだ。
まあ、最初は笑いもので当然か。
そもそもNSOを始めた頃なんて相当ボロクソに言われたからなぁ。
だけど、あそこで『オンラインゲーム……怖いよぉ……』という心の声に従って投げだしていたら、何も得るものはなかった。
これが全力なら、笑われたっていいじゃないか。
後々レベルアップしていくって……きっと。
それにプロには妥協も大事、100点目指して作って60点でも許せる心が必要ってプロゲーマー初心者指南みたいなサイトにも書いてあったしな。
俺の動画も60点はあるでしょう!
……本当に? 40点くらいじゃない?
いや、初心者にしては悪くない!
だから、もう編集ソフトを起動しようとしないでくれ俺の指……!
形から入ろうと高いソフトを買ったが、フリーソフトでも使えるような機能しかまだ使いこなせていない編集ソフトを開いて完成した動画をいじろうとするな……!
妥協、妥協……妥協なのだ!
変にいじるとまだデータがとぶ!
あ、その時は設定した覚えのない自動バックアップに助けられたから、高いソフトを買って良かったと思ったな。
「そうだ、他の作業をやろう! あとやってないことは……」
動画を投稿していくチャンネルの名前を決めてないな……。
投稿する動画が完成したのも今だし、冷静になると1か月で全然進んでないじゃないか……!
優勝した時にいろんな人に『動画を投稿しないの?』と聞かれて、自分にはっぱをかけるためにも珍しく『やります!』と断言してるんだぞ……。
こりゃ、掲示板はもう覗けないな……。
そう、俺は優勝記念に一度だけ『NSO総合スレ』を見てみた。
怖いイメージがあった掲示板も、優勝直後は非常に盛り上がっており、俺たちを讃えてくれるようなレスが多かった。
◆ ◆ ◆
80:駆け抜ける名無し
弓おじTUEEEEEEEEEEEE!!!
81:駆け抜ける名無し
人のプレイ見てここまで手に汗握ったのは初めてだわ
82:駆け抜ける名無し
途中まで普通に負ける流れだったのにひっくり返した!
83:駆け抜ける名無し
俺はバトロワの時から弓おじはやる男だって言ってたんだよなぁ……
84:駆け抜ける名無し
決勝にふさわしい試合だった
VRHARも乙な
85:駆け抜ける名無し
最後の方は人間超えてるだろ二人とも
86:駆け抜ける名無し
最強VS最強
87:駆け抜ける名無し
試合展開はええし見どころしかないしで金払う価値があるってのはこのことだ
88:駆け抜ける名無し
全体的に見ごたえのある試合が多かった
参加者に拍手だな
89:駆け抜ける名無し
両パーティともお疲れ様
どんどん脱落していくからドキドキが止まらなかったぜ
90:駆け抜ける名無し
相手に本領を発揮させる前に潰しあう……
これが達人同士の戦いか
91:駆け抜ける名無し
第1回でこれだけ盛り上がれば大成功よ
ぶっちゃけ失敗するかもって思ってた
92:駆け抜ける名無し
キュージィがいてくれて良かった
◆ ◆ ◆
うーん、嬉しい!
でも、こそばゆい!
叩かれるのはもちろん辛いけど、褒められすぎるのもむずがゆくてずっとは見てられない。
だから、掲示板は基本これまでと同じように見ない方針にする。
今は動きが遅すぎて忘れられてるか、叩かれてる可能性も高いからな……。
よし、そんな状況をひっくり返すためにも、今日中にチャンネル名を決めるぞ!
まず、プロゲーマーたちは自分の名前を入れるのが主流のようだ。
――キュージィ
これだけでは味気ない。
そういえば、海外のリスナーにも検索しやすいように英語も併記するスタイルも多かったかな。
――キュージィ/KYUJI
なんか、クールすぎるな。
生活に役立つ情報とか発信してそうだ。
個人的にゲーマーっぽさが足りていない。
それにそもそもNSOって海外展開してたっけ?
英語表記はいずれ海外でも人気のゲームをやる時でいいかな……。
うーん……そうだ!
俺はネットでは『弓おじさん』って呼ばれてるみたいだから、思い切ってそれを入れてみるか。
――弓おじさんキュージィ
悪くない……が、愉快な感じが強い。
いや、別に愉快なのは悪くない。
人を笑顔にできるようなチャンネルにしたいし……。
でも、カッコよさもちょっとほしいんだよなぁ。
――射程極振り弓おじさんキュージィ
やはり漢字が増えるとカッコよさが増す。
これで良いんじゃないか?
……でも、ハッタリが足りないような。
合理的かつ端的に俺を表現しているチャンネル名だが、こう……ひねりが欲しい。
デザインもネーミングも少しダサいというか、引っ掛かりというか、ツッコミどころがある方が印象に残ると聞いたことがある。
本来ならば『おじさん』がその引っ掛かりになるんだろうけど、今のご時世『おじさん』というタイトルはありふれてるからなぁ。
同じように『極振り』も良く聞くようなワードになっている。
俺らしいひねり、引っ掛かり、ダサカッコいい何か……。
「……あ」
いや、でもこれはちょっとカッコつけすぎてて臭いか?
どちらかというと、人に自分を紹介してもらう時の文面だろう。
自分で名乗るのはダサい……からむしろ良い!
これでいこう。不評だったら後で変えればいい。
チャンネルを開設するのに必要な情報を入力し、最後にチャンネル名を打ち込む。
うーん、やっぱりちょっとダサいし長くなったなぁ。
でも、これでいいのさ。
なんでもまずは自分らしく……な。
――射程極振り弓おじさん、その名はキュージィ
◆ ◆ ◆
射程極振り弓おじさん
-END-
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