Data.221 弓おじさん、決着をつける

 もう装備はボロボロで見る影もない。

 【暗黒物質弾ダークマターバレット】は黒いエネルギーの周りにも激しい何かが渦巻いていて、カスっただけでダメージをくらった。

 防具の方はところどころ千切れ飛んでいるし、武器の弓は金属部分が一部溶けている。

 特に酷いのはネココに切り落としてもらった脚を守っていた袴だ。

 一緒に切り落とされたせいで短パンみたいになっている。

 まるで真夏だ……。


 ということで、もはや俺を攻撃から守ってくれるものは何もない。

 だから、絶対に接近させてはならないんだ……!

 逆にノルドは絶対に接近しなければならないと考えているはず。

 ほら、もう動き出した……!


 キリリリリ……シュッ!


 派手な技を使う必要はない。

 強い技ほど外した時の隙は大きく、【ブラストショット】による移動で大きく距離を詰められてしまう。

 逆に常に矢を放っていれば【ブラストショット】は使いにくい。

 あれは二丁の銃の両方から突風を噴射させることで、初めて姿勢を制御しつつ加速が出来るスキルだからな……!


 キリリ……シュッ! シュッ!


 早撃ちスキル【居合撃ち】で素早い連射を心掛ける。

 このスキルは要するに矢をつがえて、弦を引き絞り、矢を放つまでのモーションを短縮してくれるものだが、その分敵を狙う時間も短縮される。

 だから余裕があるときはあまり使ってこなかった。

 当たらなければ早撃ちも無意味だからだ。


 でも、今はよく当たる。

 極度の集中状態……『ゾーン』というやつか。

 静かな水面に1つずつ水滴を落とすように、ピタ、ピタ……と矢が飛ぶ。

 そして、当たる。


 ノルドも飛んでくる矢を弾丸でよく相殺しているが、それでもいくつかは撃ち漏らす。

 彼の体に刺さる矢は徐々に増えていく。

 しかし、俺の体に弾痕は増えない。


 俺は相殺されたところで大きなリスクはないが、ノルドにはある。

 これが射程の差が生むダメージ。

 攻撃されない位置から一方的に攻撃する射程極振りの神髄。


 だが、この理論が無敵ではないことを俺は戦いの中で学んだ。

 ノルドは矢に撃たれながらも確実に前に進む。

 そして、自分が更地にしたことによって障害物がなくなってしまったエリアから、まだ木々や池が残っているエリアの手前まで来ていた。


 非常にマズイ。

 特に池はどれくらいの深さがあるのかわからないし、水中に潜って回復や作戦の立て直しをされたら、ここまでの攻撃がすべて水泡に帰す。


「止まってくれ……。頼む……」


 口で祈りつつも、体は冷静に動き続ける。

 森に入れてはならない……。

 ここまで自分の銃の腕前だけで矢をしのいできた男に、身を隠せる障害物を与えたら……!


「止まれ……ノルド……!」


 全身に矢が刺さり痛々しい体を引きずり、ノルドはまだ進む……!

 細かく体を揺さぶり、頭部への矢だけは絶対に当てさせてくれない……!


「当てさせてくれない……? 俺が当てるんだ……!」


 揺らぎかけた心を立て直し、静かな心で矢を放つ。


 キリリリリ……シュッ!


 ノルドの歩みは、止まった。

 彼は何も言わず、膝もつかず、そのまま消滅した。


 激しい戦いの決着は、矢の刺さった音すら聞こえぬ、静かなものだった。


「…………」


 勝った事実は認識しているが、感情がついて来ない。

 心が空っぽになったような感じだ。

 唐突にベラ・ベルベットの言葉を思いだす。


 ――おっちゃんたちと戦う前まではまだどこか遠くに心を置いてきたマココはんやったんや。


 これがその感覚なのか……?


『決着ゥゥゥーーーーーーッ!!』


「うわっ!?」


VRHARヴァルハラのプレイヤーが全滅したため、第1回NSO最強パーティ決定戦優勝は……幽霊組合ゴーストギルドだにょーん! おめでとうだにょーーーーーーん!!!』


 チャリンの鼓膜破壊を狙っているのかと思うほどの大声のおかげで、俺は正気に戻った。

 すると、心の奥底からふつふつと喜びがあふれて来た!

 でも、はしゃぐのは仲間と合流した後だ。

 みんなの力で勝ち取った優勝なのだから!


 それにしても、最後の最後で【流星破壊弓アルマゲドンアロー】も【スターダストアロー】も【南十字星型弩砲サザンクロスバリスタ】も使わないとは。

 トドメもまさかのチクチク矢を撃つだけという……。


「いや、だからこそ良かったのか。俺らしくて……な」


 待機場所に戻る前に、1人これまでの冒険に想いを馳せた。




 ◆ ◆ ◆




 その後、チャリンによって待機場所に戻された俺を待っていたのは……激しい祝福だった。

 ネココ、サトミ、アンヌは攻撃と言ってもいいくらいの勢いで抱き着き、すごい早口で俺を褒めてくれた。

 嬉しいけど、恥ずかしい……でも、嬉しい、そんな感覚だった。


 少し落ち着いた後、俺たちは運営の人に呼ばれ写真を撮った。

 もちろんゲーム内でのことだが、この写真は優勝パーティの紹介とかゲームの宣伝広告にも使うからビシッと決めてくれと本職の写真家みたいな人に言われたので、みんな緊張しながら撮った。

 撮影自体は少し時間がかかったものの、特に怒られることもなく無事に済んだ。


 しかし、緊張の後に緊張をぶち込まれた仲間たちはいろんなものが限界に達した。

 ネココは感極まって泣き出し、サトミは魂が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 アンヌは早口が早くなりすぎて宇宙人のような言語をしゃべっている。

 いや、もしかしたら彼女は本物の……。


 それはさておき、俺はここまで戦ったプレイヤーたちと集合写真を撮りたいと思っていた。

 でも、ネココたちは落ち着くまで時間がかかりそうだし、待機場所に残っている決勝進出プレイヤーたちも各々交流を深めている。

 なので、少し時間をおいてから全員での写真も撮ろうと呼びかけておいた。

 本当ならこんなにアグレッシブに人と交流しようなんて思わないが、今回ばかりは俺も一味違う。


 さて、この呼びかけを無視して帰りそうな人たちを引き留めておかないとな。


「ノルド!」


 集合写真に決勝戦の相手がいないのでは締まらない。

 彼らVRHARヴァルハラには何とか留まってもらう!


「なんでしょうかキュージィ氏。ちなみに僕らは準優勝としての写真撮影がさっきまで行われていたのでここに残っていただけですよ」


「そ、そうなんだ……えっと、写真撮ってかない? 決勝戦までに戦った全パーティのプレイヤーたちと集合写真を撮りたいと思ってて……」


「僕らのキャラにそぐいませんのでお断りします」


「うっ……! プロゲーマーにキャラにそぐわないからって断られると、頼みにくくなっちゃうなぁ。俺のワガママで撮ったスクショ1枚で印象を変えてしまうのは申し訳ないし……。ゲームを遊ぶにしても、作るにしても、ブレっていうのは良くないもんなぁ……」


「作るにしても……ですか。そういえばキュージィ氏は以前までは会社勤めだったという情報がありましたが、ゲーム会社に勤めておられたのですか?」


「お、そこまでリサーチ済みとは恐れ入るなぁ。まあ、以前誰かに質問された時、俺が自分でバラしちゃったんだけど……。ああ、ゲーム会社にいたよ。でも最新のゲームは作ってなくて、時代の流れに逆らったレトロ風ゲームばかり作ってたんだ」


「失礼ながら……儲からないでしょう」


「うん、だから自主退職した。でも、会社自体は今も続いてるようで良かったよ」


「ゲームを作る仕事を辞めて、ゲームの世界に飛び込んだわけですね」


「その通り! いやぁ、まさかゲームを作って人を楽しませる夢が終わった後に、ゲームを遊んで人を楽しませることになるとは思わなかったよ。案外、俺はゲームという文化に好かれているのかもしれないな」


「…………」


「でも、俺1人でゲームを遊んで人を楽しませるのには限界があると思う。張り合い甲斐のあるライバルたちの存在がなければ、今回のイベントを盛り上げることも出来なかったと思う」


「まあ、人と人との戦いほど盛り上がる題材はありませんからね。創作物もスポーツもそうです」


「だからこそ、俺は最後に立ちはだかる敵がノルドで本当に良かったと思うんだ。顔見知りだと、どうしても負けても納得してしまいそうな自分がいてね。でも、ノルドたちには100%負けたくなかった! だからこそ楽しかったし、恐ろしかったし、見てる方も盛り上がったんだと思う」


「…………」


「……って、プロゲーマーの先輩にこんな当たり前のこと言ってどうするんだってね! 強敵との戦いの方が盛り上がるなんて当然の話じゃないか! それに勝った俺がこんなこと言ったら嫌味ったらしいな……。本当にすまない! 実はこういう話は優勝後にインタビューか何かがあるかと思って温めてたネタなんだけど、一言二言しか求められなくてね……。仲間たちに話そうと思ったけど、いっぱいいっぱいだから申し訳ないかなぁって。だから、この待機場所で一番冷静そうな君に話してしまった」


「別にこの程度を嫌味とは思いませんし、話を聞くのも迷惑ではありませんがね」


「そう言ってもらえると助かる。集合写真に関しては無理強いはしないよ。話も聞いてもらったしね。やっぱりキャラは貫いた方が……」


「いいでしょう」


「え?」


「集合写真」


「い、いいの?」


VRHARヴァルハラは『憎まれっ子世にはばかる』をモットーに活動していますが、先人へのリスペクトだけは忘れないのです」


「いや、ゲーマー歴は俺の方が短いような……」


「ゲームで人を楽しませてきた長さにおいては先人です。なので、これはVRHARヴァルハラのキャラにそぐわないことではないのです。写真の1枚や2枚、気にすることはありません」


「ありがとう! ネココが泣き止んで、サトミに魂が入って、アンヌが人間に戻ったら写真を撮ろう!」


 ネココたちは案外スッと復活したので、ノルドを含め他のプレイヤーを待たせることはなかった。

 最初に俺たちと戦ったパーティの面々で集合写真を撮り、その次に決勝進出パーティ全員で写真を撮った。

 ノルドたちはその時点で待機場所を離脱し、他のパーティと慣れあうことはなかった。

 それがVRHARヴァルハラの貫くスタイル。

 彼らもまた俺と同じく自分だけのスタイルを極めし者たちなんだ。


 その後、待機場所のプレイヤーたちに求められるまま個別に写真を撮ったり、会話を楽しんだ。

 待機場所がなくなり、初期街に戻ってきた後も、観戦者たちに祝福やその他もろもろを受け、ログアウトしたのは夜遅くだったが、それでも興奮で寝付けなかった。


 でも、この興奮もいつか覚め、普段の日常に戻っていく。

 次は何をしようか?

 そうだ、新しいことを始めよう。

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