Data.207 弓おじさん、怪奇の霧の街

『本選トーナメント準決勝第2試合! 『幽霊組合ゴーストギルド』VS『AUOratorioエーユーオラトリオ』! 選ばれたフィールドは……アンデッドタウン!』


 ファンタジー世界でアンデッドと聞くと、真っ先に思いつくのはゾンビだろう。

 俺もてっきりゾンビが湧き出てきそうな崩壊した都市を想像していたが、モニターに映し出されたアンデッドタウンの街並みは英国を思わせる霧深く美しい都市だった。

 はるか昔に作られた建物や道路だというのに、この時代になっても決して古臭さを感じさせないその姿は、確かに不死の街アンデッドタウンと言えるかもしれない。

 とはいっても、割と直球のネーミングが多いNSOにしてはひねりを加えたネーミングであることは確かだ。


 さて、狙撃ポイントは……中央にある巨大な時計塔か。

 この上を取ればフィールド全体に矢を撃ち込むことが出来るが、ここ以外に目立った高台がない以上、絶対に狙われるだろうな。

 かといって他の建物の屋根だと簡単に距離を詰められてマココのブーメランやアチルのクロスボウ、ユーリのお札にマンネンが甲羅に搭載している大砲とかで撃たれてしまう。

 長射程の利点をあまり活かせなくなってしまうな……。


 てか、相手飛び道具だらけだな!

 あ、でもブーメランは遠近両用だし、お札も操り方次第で接近戦にも対応できる。

 アチルはこれまでの試合でゼロ距離ショットなんかも披露しているし、マンネンは接近戦において巨体による突進が大きな武器になる。


 そう考えると、全員万能型なのか。

 個性をある程度残しつつ、あらゆる状況に対応できるようになったという意味では俺も少しずつ万能化が進んでいる。

 特化型は特化していない部分では並以下の能力になり、そこを突かれると苦戦どころか、簡単に敗北することもある。

 たとえ負けたって自分の個性を貫くというのはカッコいいが、勝利を追い求めるなら目立つ穴は埋めなければならない。


 そのことを彼女たちは理解しきっているんだ。

 やはり、年季が違う……!

 女性相手に年季とか、ちょっと失礼な気もするけど!


『両パーティをバトルフィールドへ!』


 幽霊組合ゴーストギルドはアンデッドタウンへワープした。




 ◆ ◆ ◆




「最初の賭けは……どうやら負けか」


 俺のワープした地点は薄暗い路地裏だった。

 古の都にはこういった影の部分も存在する。

 でも、別にここにワープしたこと自体はなんでもない。

 賭けに負けたというのは、仲間たちとバラバラにワープするパターンを引いてしまったという意味だ。

 これはつまり、敵もまたバラバラにワープし、バラバラに動くということ。

 事前に想定していた敵と戦うどころか、出会うことすら難しいかもしれない。


 しかし、そんなことは想定内だ。

 いつだって戦いは思い通りにいかない。

 自分の実力で思う流れを生み出すしかないんだ。


 とりあえず、出合い頭にキルされることだけは避けないとな。

 1に注意、2に注意、3、4が注意で、5も注意!

 この霧深い都のどこかには、最強のブーメラン使いがいるのだから……。


「サスペンスの香りがすると、フィールドがよりミステリアスに感じられるな……」


 大量殺人鬼ならぬ大量キルプレイヤーが闊歩しているのだから、ムードはたっぷりだ。

 さあ、こんな事件が起こりそうな路地裏は抜け出そう。

 【ワープアロー】や【浮雲の群れ】を使うのはもったいないので、正道騎士団ストレイトナイツとの戦いで披露した【風雲一陣】と【舞風】を組み合わせて斜め上に飛び、建物の上に乗る技を使う。


「くっ、思った以上に霧が深いな……」


 建物の上から街を見渡すことで初めてわかった。

 モニター越しにはそんなに気にならなかった霧が、想像以上に視界を遮るのだ。

 これだと、街の中心にある時計塔の上に陣取ったところで、遠くを狙い撃つのは難しいかもしれないな……。

 でも、暗殺を得意とするネココにとっては最高のフィールドかも……。


「カァー! カァー!」


「うわっ!?」


 突如響いたカラスの鳴き声。

 これはガー坊の鳴き声ではない。

 この戦場にいるもう1匹のレイヴン……。

 マココの連れているカラス型ユニゾン『クロッカスJr.』のものだ!


「ど、どこだ!?」


 薄暗い街で黒いボディは見えにくい。

 俺がクロッカスJr.の姿を確認した時には、もはや威嚇の鳴き声も上げないほど遠くまで飛び去っていた。

 しかし、俺にとっては十分射程圏内だ……!

 それに霧はゆらぐようで、たまに薄いタイミングに出くわすことがある。

 今がまさにその時! クロッカスJr.の姿はハッキリ見える!


 彼を倒せば、マココは第3のブーメランが使えなくなる。

 大幅に戦力をダウンさせることが出来るんだ……!

 ここで仕留めてやる……。


「いや、待て……!」


 すんでのところで射撃を止め、俺はクロッカスJr.に威嚇されない程度の距離を保ちつつ、後を追うことにした。

 ユニゾンは味方プレイヤーと分断された時、一番近くの味方のもとに向かう習性がある。

 つまり、このままクロッカスJr.を追えば、敵プレイヤーの位置がわかる!

 ユニゾンはしゃべれないので『追われてるかもしれない!』なんて言うことはない。

 プレイヤーは決して俺の存在に気づけない。

 完璧な不意打ちが可能になる……!


 建物の屋根から屋根へ……頑張って移動する。

 カラスの飛ぶスピードはなかなか速い……!

 でも、絶対に見失わないぞ……。


「あっ、地上に降りた……!」


 クロッカスJr.が急降下で地上に降りたということは、そこに誰かがいるということ……。

 俺は音をたてないように地上が確認できる位置に移動し、その姿を確認した。


「よりにもよって……か」


 敵プレイヤーはクロッカスJr.の本当の相棒マココ・ストレンジだ……!

 彼女はすでにクロッカスJr.を肩に乗せて移動している。

 もたもたしていると逃がしてしまうぞ……!


「覚悟を決めろ俺……! 透明風神裂空!」


 【クリアアロー】と【風神裂空】を組み合わせた見えざる超高速の矢!

 威力的には消極的だが、絶対に当てるという意味では積極的な融合奥義だ。

 いくら歴戦のゲーマーでもこの不意打ちは避けられまい!

 矢が当たってひるんだら、さらなる追撃……それこそ【南十字星型弩砲サザンクロスバリスタ】をぶち込もうじゃないか!


「……っ! ブーメランチェンジ!」


 マココは……不意打ちに気づいた!

 円形のブーメランを盾のように構え、矢を受け止める!

 くうっ! 正直、反応されそうな気はしていたが、まさか融合奥義を簡単に受け止めてしまう防御奥義まで持っているなんて……!

 まさにブーメランは万能武器ってことか……!


 マココは今の一撃で俺のおおよその位置を把握し、視線を向けてくる。

 その視線に怯えた俺は、情けなく数歩後ずさった。


「ぐあああっ!?」


 右太ももに何か刺さった!?

 これは……【透明風神裂空】だ!

 そうか、これが【ブーメランチェンジ】の効果なのか……!

 防御系奥義にしてはネーミングがおかしいと思っていたが、そりゃそうだ!

 【ブーメランチェンジ】の効果はブーメランに触れた飛び道具をブーメランにしてしまうこと!

 だから、【透明風神裂空】は俺のもとに帰ってきたというわけだ。


 もし、戻ってくる場所が発射した位置とまったく同じならば、怯えて後ずさりしていなかった場合、胴体に矢が刺さっていた可能性もある。

 それこそ、心臓を貫かれてもおかしくなかった……!


「臆病なのもたまには役に立つ……!」


 【裂空】系統の奥義は弱点を貫かない限り威力も低く、傷口も大きくない。

 それに今回は威力が下がる【クリアアロー】を融合しておいた。

 HPは大して減っていないし、脚も欠損していない。

 全然動ける……いや、動けなければ困るのだ!


 マココはクロッカスJr.の足に自分自身を掴ませ、空を飛んで俺に接近してきている!

 まるで運ばれる獲物のようだが、この飛び方なら飛行時間に制限もなさそうだし絵面のマヌケさ以外弱点がない……!

 掴まれているのは肩なので、空いた両手にブーメランも構えられる!

 す、隙がない……。


「サンダーボルトォ! キィィィック!」


 建物の壁を蹴って空中に躍り出る黒い影……!

 稲妻をまとったネココの蹴りがマココを吹っ飛ばした!

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