Data.208 弓おじさん、ブーメランの恐怖

「うわっ! ビックリした!」


 と言いつつ、マココは円形のブーメランでしっかりネココのキックを受け止めていた。

 さらにブーメランが光を帯びていることから、スキルを使うだけの余裕もあったことがわかる。

 反射神経が並じゃない……!

 しかし、これでクロッカスJr.とは分断され、マココは地上へと落ちていく。

 今のうちに追撃を……!


「カァー! カァー!」


「うおおっ!?」


 クロッカスJr.は落下するマココを助けに行くこともなく俺に突撃してきた!

 一見マココを見捨てたように見える行動だが、実際マココを助けたいなら俺の追撃を妨害するのが正しい。

 そこまで考えての突進なんだろうか……!


 とにかく、マココという重い荷物を捨てたクロッカスJr.のスピードは尋常ではない。

 まずは1発当てて、ひるませるんだ!

 相手は鳥だから矢が持つ『飛行特効』が乗る。

 かすってもそれなりにダメージが……。


「くっ……! かすりもしないとは!」


 流石はただのカラスではなくモンスター。

 知能、速度共にリアルではありえないレベルに達している。

 ここまで華麗に矢を避けられたのは初めてかもしれない……!

 だが、クロッカスJr.も回避するのに必死で、俺との距離を詰められていない。

 この状況が長く続けば次第に目が慣れて当たるような気もするが、時間をかけるとマココが来る!

 状況を打破する後一手が欲しい……!


「ガァー! ガァー!」


「こ、この声は……ガー坊!」


 ガー坊が赤い光となって駆け抜け、クロッカスJr.にぶつかる!

 そのまま2体のユニゾンはフィールドを流れる川の中に落下してしまった!


「ガー坊!?」


 川は濁ってはいないが、薄暗さもあって中はほとんど見えない。

 流れもかなり急で、俺が入ったら即流されていしまいそうだ。

 確かにガー坊とクロッカスJr.はこの中に落ちた。

 だが、すでに位置はまったくわからない……。


 いや、動揺するんじゃない!

 ガー坊は水中に敵を引きずり込んだんだ。

 それこそリアルのワニのように、獲物を自分の得意なフィールドで仕留めるために……!

 水中のガー坊の強さは俺が誰よりも知っている。

 ここは相棒を信じて任せるんだ!


「おじさん! 早くこの場から離れて! 叔母様の相手は私がする!」


「……わかった!」


 作戦は決めてあるというのに、俺は一瞬だけ迷った。

 理由の1つは以前と同じく、マココに対して1人で本当に大丈夫なのかということ。

 覚悟は決まっていたはずだが、実際にマココと相対すると、その化け物っぷりが身に染みてわかった。

 だから、少し覚悟が揺らいだ。


 そして、もう1つは相反する思考。

 俺とネココで挑めば、マココも手早く倒せるのではないかということ。

 反射神経が素晴らしく、スキルの効果によって攻撃がいなされてはいるが、当たらないわけではない。

 2人がかりで挑めばもしかしたら……という淡い期待。


 それが間違いだということはすぐにわかった。


「んがぁ……ッ!!」


 見えざる何かに右肩を切り裂かれた……!

 欠損こそしていないが、そこそこHPも減り、羽織が大きく傷つく!

 一体、何が当たったんだ……!?


「ブ、ブーメランなのか……?」


 斬撃は背後から来たように感じた。

 つまり、マココは吹っ飛ばされながらも片手に持っていた『く』の字型ブーメランをスキルの効果で透明化。

 それを正面に向けて投げると動作で察知されるので、吹っ飛ぶような体の動きに投擲を混ぜ込み、ブーメランが弧を描いて戻ってくるタイミングで俺に当てようとした……ってことか?

 ああ、自分で言っててもワケがわからない……!

 ただ、1つだけわかったことがある!


「ワープアロー!」


 戦うかどうか迷っているような人間がいていい場所じゃない……!

 作戦通り、マココの相手はネココに任せる。

 俺は俺で与えられた役目をまっとうしよう!


「武運を祈る、ネココ!」




 ◆ ◆ ◆




「……キルアナウンスが聞こえてこないわね」


 戻ってきた透明のブーメランをキャッチし、マココがつぶやく。


「跳ね返した透明の矢と私の投げた透明のブーメランが直撃しているなら、防御の薄いおじさんが生き残れるはずがない……。つまり、両方の攻撃を回避されているということ。やっぱり、ネココが選ぶだけあって並のプレイヤーじゃないわね」


 マココはどこかへと姿を隠したネココに語りかける。

 【サンダーボルトキック】を食らわせた後、ネココはすぐに追撃を加えなかった。

 理由は完全に隙を突いたはずの【サンダーボルトキック】をブーメランで受け止められてしまったからだ。

 もし、あの攻撃をマココが防御せず、態勢を崩しながら吹っ飛んだのならネココも迷わず追撃を加えていただろう。


 しかし実際は、マココはあの攻撃を食らいながらもキュージィに対してブーメランを投げる余裕があった。

 そんなマココに安易に突っ込めば、返り討ちにされるのはわかっていた。

 今のネココの目的は、マココを倒すことではない。

 時間を稼ぎ、仲間が加勢に来てくれるのを待つことである。

 彼女はそのことを十分に承知していたからこそ、追撃を加えなかった……というのが理由の半分である。


 もう半分の理由は、純粋な恐れにより体が動かなかったことに他ならない。

 事前に固めた覚悟など、実際に覚悟が試される時には揺らぎがちなものだ。

 ネココの恐れは一瞬だった。ただ一瞬……憧れの人と戦うことを恐れた。

 それは尊敬しているから傷つけられないなんて甘いものではなく、マココに対して自分の攻撃が通用するのかという不安に近い。


 そう、ネココがマココと真剣勝負をするのはこれが初めてなのだ。

 お互い背負うものがある本気の戦いは、友達と集まってワイワイ遊ぶようなものとはまるで違う。

 マココは今でこそリラックスした表情をしているが、キックを受け止めた時にはまるで戦士のような鋭い視線でネココを見た。


 映像で何度も見てきた叔母様の本気の目が自分に向けられた時、ネココはすべてが見透かされたような気持ちになった。

 今までマココに倒されてきたプレイヤーは、全員この気分を味わったのだろう。

 中にはこれだけで戦意喪失した者だっているかもしれない……。


 だが、ネココは違った。

 憧れと恐れ、尊敬と……闘志!

 乱された心の中でも、ネココの闘志の炎は燃えていた!


「ネココ、出てらっしゃい。出てこないなら……他のプレイヤーを狙うまでよ!」


 マココはくるりと背を向けて駆けだす。

 本物の強者は敵に背を向けることを恥だとは思わない。

 弱者が背を向けることは敵からの逃走を意味するが、強者が背を向けることは敵を見逃してやるという意味になるからだ。


「そうはさせないわ、叔母様! ここで私が足止めするって、みんなと約束したんだから!」


 キュージィを逃がした時点でネココの作戦はマココにバレている。

 声に出したところで不利益はないが、利益もない。

 それでも叫んだ理由は、自分のやるべきことを自分に言い聞かせるためだ!


「私のかわいい姪っ子はどこまで強くなったのかしら? もちろん、手加減はしないけど」


 マココは微かにほほ笑んだ。

 だが、その目は笑っていなかった。

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