Data.164 弓おじさん、最強の64

「おじさん! 早く塔の中に逃げて!」


 ネココの言葉を聞いてから理解するまでに数秒かかった。

 明らかに連戦疲れが出ている……。

 少し重たく感じる体を動かし、塔の内部に通じる扉の中に滑り込もうとする。

 だが、遅かった。


 飛来したブーメランが弧を描いて戻ってきたかと思うと、突然その姿が女性に変わった。

 なんの効果なのかはわからない。

 ワープ効果なのか、ブーメランとプレイヤーの位置を入れ替える効果なのか、ダミーなのか。

 ただ、その女性の顔には見覚えがあった。


「マココ・ストレンジ……!」


「あー、そういえばこのパーティだったわね……」


 赤い髪のブーメラン使いにしてベテランのプロゲーマー。

 ネココの叔母であり、憧れの存在。

 すべての武器を使うチャリンをソロで撃破した怪物……。

 そんな人に懐に入り込まれた!

 選択肢は逃げる一択!

 迷う必要がない時、人は最も素早く行動が出来る!


「残念だけど逃がすわけにはいかないわ! チェーンブーメ……!」


 ガキンッと金属と金属がぶつかり合う音がした。

 ネココがマココに対して攻撃を仕掛けたのだ。

 爪とブーメランが激しくぶつかり合う……!

 加勢したいところだが、ここは逃げるのが正解だ!

 とりあえず下にいるサトミたちと合流しなければ……!

 ネココの無事を祈りつつ、どたどたと階段を駆け下りる。


「サトミ! アンヌ! 屋上に……」


 地上に2人の姿はなかった。

 もちろんユニゾンであるゴチュウの姿もない。

 一体どうして……。


「塔の上と下で距離がありすぎたわね。最初から綿密な連携が取れない状態だったのに、よくここまで戦い抜いたものよ」


 声と同時にザクッと首元で音がした。

 ああ、この感覚……覚えがある。

 俺の首が切られたんだ。

 頭が胴体と離れて地面に転がることはないが、首に微かな刺激が発生する。

 致命傷だ。俺はキルされた。

 またもや『ストレンジ』の名を持つプレイヤーに……!


「良いパーティね。本選でもう一度戦えることを願ってるわ。その時はまた違う結果が……」


 ここで彼女の声は途切れた。

 俺の体が光となって消滅したのだ。




 ◆ ◆ ◆




「えっ!? 俺たち6位なの!?」


「途中で脳内に音声が流れたと思うんですけどぉ……。よほど集中されてたのですね!」


「あ、ああ……まあね!」


 キルされた後に戻ってきた謎空間でアンヌから衝撃の事実を教えられた。

 てっきり予選落ちだと思ってガックリとうなだれていたところだ。

 そうか、あのフィールドにはもう6パーティしかいない状況だったのか……。

 その中の1人がマココで、それ以外も猛者揃いだっただろう。

 いやぁ、事実を知るとよく生き残ったなぁという感情が強くなる。

 なんだか嬉しくなってきたぞ……!


「さあ、みんなで本選出場を喜びましょう! ね!? ネココちゃんもそんな暗い顔してないで!」


「…………」


 ネココは『ずーん』という文字が背後に見えそうなくらいうなだれている。

 マココがすぐに俺を追って来たということは、ネココが足止めできなかったということだ。

 もちろん俺にそれを責める気なんてさらさらないが、本人はそうもいかないらしい。


「こんなんじゃダメだ……。叔母様にも勝てなきゃ、優勝なんて夢のまた夢よ……」


「それはどうかな。本選はトーナメントなんだし、叔母さんと当たることなく優勝できる可能性もあるさ」


「そうだとしても、その場合は叔母様を倒した相手を倒さないといけない……」


「戦いには相性もある。単純な力比べじゃない以上、叔母さんを倒した相手が俺たちにとっても強敵とは限らない。何より俺たちは叔母さんには1回負けただけだ。次戦えば俺たちが勝つ可能性もある。勝負はこれからだ! 落ち込むにはまだ早いって!」


「……そうよね。ごめんなさい。少し自信を失いかけただけ。もう大丈夫だから」


 あまり大丈夫そうに見えないが、それも仕方ない。

 俺自身勝てる可能性があるなんて言ったが、方法はまるで思いつかない。

 もうちょっと情報を引き出すために粘るべきだったなぁ。

 サトミたちがいないことに驚いて隙を晒している場合じゃなかった。

 ここからの戦いは、仲間がやられてもその意思を引き継いで戦い続けるんだ……!


「あ、どうやら予選が終了したみたいだ」


 謎空間の空に投影されていた予選の映像が消え、最終順位が表示される。

 1位は……『Gamingゲーミング Crocksクロックス』?

 『ゲーム廃人』……って意味か?

 あまり聞いたことはないが、この空間に残っている本選出場者たちからは『あのGamingゲーミング Crocksクロックスか!?』『やはり残っていたか……』『くっ、厳しい戦いになりそうだぜ』などと言われているので評価は上々のパーティのようだ。


 ……あれ? すでに叔母様を負かされてない?

 これは希望が出てきたな……!


「ネココ、やっぱり諦めるには……」


「ど、どうして叔母様が2位なの!? Gamingゲーミング Crocksクロックスなんて人数だけのギルドのパーティに負けるはず……」


 それはそれでショックを受けるのか……。

 あこがれと言うのは難儀な感情だ。

 でも、確かにどうして負けたのかは気になるよな……。


「序盤の時点でソロになっちゃったのよ」


「……っ!?」


 ご本人がそこにいた!

 また気配もなく背後をとられていたことはスルーして、その話に耳を傾ける。


「バトロワってやっぱり難しいわね。全体を気にしないといけないし、アイテムも管理しないといけない。私は結構適当にアイテムを使うからすーぐ無くなっちゃった」


「でも! 叔母様ならプレイングだけで何とか出来るはずです!」


「いやいや、結構キツイわよ。相手は4人残ってたし、他のパーティを倒して一番油断しているところを狙われたし。まあ、予選の順位なんてどうでもいいのよ。ここから1度も負けなければいいだけだから」


 案外ひょうひょうとした人だ。

 無気力というわけではないが、緊張をまったく感じさせない。

 本選に進んだことを喜んでいる雰囲気もない。

 でも、これから始まる戦いにワクワクしてるような……不思議な人だな。


 予選の順位なんてどうでもいい……か。

 確かにその通りだ。

 順位を上げることで本選トーナメントの組み合わせが有利なものになるとはいえ、そもそも予選の順位がそのまま純粋なパーティの強さを表しているわけではない。

 結局、最後は運だ!


 とはいえ、どんなパーティが上位にいるかは気になるなぁ。

 1位から64位までじっくり見ていくとしよう。

 ……見知ったプレイヤーが何人もいる。

 嬉しい反面、彼らと衝突する可能性を考えるとドキドキする。

 あと、やっぱり64パーティって少ないなぁ。

 よくここまで一気に絞り込んだものだ。


「さて、最後にギリギリ滑り込んだ64位は……えっ!?」


 当落線上の64位にいたのは……『VRHARヴァルハラ』!?

 パーティにノルドの名前があるということは、これが本気のメンバーのはず……。

 なぜ、最強ギルドがこんなところにいるんだ……?

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