Data.162 弓おじさん、再び注目の的

 狙うのは遮蔽物の少ない場所にいるプレイヤーだ。

 バトロワでは常に身を隠せる物の近くを移動するのがセオリー。

 それが出来ていないということは、まだ初心者の可能性が高い。

 プレイングが初心者ということは、装備の性能も低い。

 頭を狙えば……一撃でキルできる!


 キリリリリ……シュッ!


 狙った標的が遠いため、矢が刺さった音は聞こえない。

 ただ、そのプレイヤーが音もなく地面に倒れこみ、光となって消えた。

 それを見てパーティの仲間たちが驚き、動きを止める。

 彼らも良い的だ……!


 キリリリリ……シュッ! シュッ! シュッ!


 最初に1発、後から3発。

 すべて標的の頭部を貫き、一撃で撃破した。

 どうして自分たちが敗北したのか理解する時間すらなかっただろう。

 少しかわいそうにも思えるが、あの動きではいずれ他のプレイヤーにやられていた。


 明らかに周りと動きが違うプレイヤーが、すでに射程の中にいる。

 彼らはなかなか姿を現さない。

 一瞬現したと思ったら、すぐに遮蔽物に隠れる。

 そうして、ゆっくりとこちらに接近している。


 ベテランプレイヤーはとにかく冷静なんだ。

 体に矢が刺さっても『おっ』みたいな反応ですぐに隠れてしまう。

 そして、アイテムを使ってHPを回復し、また動き始める。

 なかなかトドメをさせないのは歯がゆいが、深追いすると……。


「おじさん! 下に来てるよ!」


「またか……!」


 敵の接近を許してしまう。

 塔の入口と近くの茂みとの間で激しい飛び道具の応酬が発生する。

 サトミとゴチュウが火球を、アンヌが鉄球を飛ばして茂みの方を狙うが苦戦しているようだ。

 こういう時は俺も狙撃をやめて援護に入る。


獄炎天羽矢の大嵐インフェルノアローテンペスト!」


 無数の炎の矢で敵が潜んでいる茂みを含めた広範囲を焼き払う。

 姿がはっきり見えるようになれば、倒すのはそう難しくない。

 俺たちとしては塔周辺の木をすべて焼き尽くしてしまいたいのだが、運営もそれはマズいと対策をしていた。

 このフィールドの木々は破壊したり燃やしたりしても、わずかな時間でまた生えてくるのだ。

 それはそれは現実ではありえないような速度でご立派に成長する……!


 だから、塔に近づいてくるプレイヤーが隠れる場所はなくならない。

 息をひそめた獣たちが、常に俺たちの首を狙っているのだ。

 それは同時に、俺たち狩人も常に獣を狙っているということでもある。


「……そこだ! 風神裂空!」


 身を潜めている樹木ごとプレイヤーの頭を撃ち抜く。

 ちらっと顔を出してこちらの様子をうかがったのが命取りだ。

 背の高さが把握できれば、木の後ろにある頭の位置の見当がつく。


 むっ、頭を撃ち抜かれたのにまだ動いているな……。

 流石にこれだけ大きなイベントとなると防御に自信のあるプレイヤーも多い。

 回復させる間を与えないように追撃し、消滅したのを確認してから目を離す。


『316キル!』


 もうすでに前回の2倍のキル数か……!

 最初はキル数を気にしながら狙撃を行っていたが、100を超えたあたりから余裕がなくなった。

 多くのプレイヤーが俺が塔に陣取っていることを把握して動くようになったからだ。

 それでもみんなの期待に応えるため、無我夢中で狙撃を続けた結果がこれだ。


「……悪くないな」


 徐々に狭くなる戦闘エリアの中に、塔はまだ入っている。

 端っこの方になってきたので終盤までこの塔に居座れるかは怪しいが、今はまだどっしりと腰を据えて狙撃を行っても問題ないだろう。

 塔に近づく敵もさっきの襲撃以降、少し落ち着いた。

 一旦集中を解いて、休憩を入れたいな……。

 狙撃をずっと良いコンディションで続けるには、息抜きも必要だ。


「ネココ、後ろに敵は……」


爪天そうてん霹靂へきれき……」


 目にもとまらぬ爪の一閃が、下から上へと空を切った。

 一瞬遅れて、何もなかった空間に翼を持ったプレイヤーが現れる。

 頭部防具のヘルメットを切り裂かれているが、まだ生きている!

 ネココは後退しようとする翼のプレイヤーを追撃するため、塔の屋上からジャンプする!


「……双爪そうそう!」


 今度は上から下へと叩き落すかのような一閃がプレイヤーの翼を切り裂く。

 飛行能力を失ったプレイヤーにネココはさらなる追撃を加える!


飛雷断空爪ひらいだんくうそう双爪そうそう!」


 落下するプレイヤーに飛ぶ稲妻の斬撃が命中!

 プレイヤーはついに光となって消滅した。


「電光石火!」


 塔の屋上から飛び出したネココは空中を蹴って屋上に戻ってくる。

 そして、「ふぅ……」と一息ついた。


「1人倒すのにこれだけ奥義を使うことになるなんて……」


「彼はかなり強そうに見えたし、ネココの判断は正しいよ。守ってくれてありがとう。俺1人だったらここでゲームオーバーだった。あの時みたいに」


「そう言ってくれると、まだまだヤル気が出てくるな! さあ、こっからが本番よ! もう簡単に倒せるプレイヤーは残ってないと思わないと!」


「まったくだ……!」


 残り64パーティになった時点で一度アナウンスが入るはずだが、その時はまだ来ない。

 本来のバトロワは敵を全部倒してしまえばそれで終わりだが、今回はそれよりも最後の方まで生き残ることが重要視される。

 きっと、見つからないかドキドキしながらずっと隠れているプレイヤーとかもいるんだろうなぁ。

 『最強を賭けたかくれんぼ』……あれ、結構カッコよく聞こえるな……。

 それはそれでクールだし、楽しそうだ。


 まあ、俺たちは真逆の目立ちまくってライバルを減らす方を選択した。

 その時が来るまで、俺たちはこの塔を死守するだけだ。


「おじさん! 近くに複数のパーティが来てるよ! お互い見えてるはずなのに戦わないってことは……結託してる可能性がある!」


「俺たちを倒すまではとりあえず協力してるってことか……。確かに他のパーティを警戒しながらこの塔を攻め落とすのは難しいし、その作戦は賢いな」


「どうする?」


「今は手を組んでいるというだけで元は敵同士だ。上手く戦力を分断すれば、簡単にバラバラになると思う」


「どうやって分断する?」


「それは……あれだ。とにかく倒す!」


「そうこなくっちゃ!」

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