Data.161 弓おじさん、再び塔の上

「くっ……! こんなところで終わってたまるものですか!」


 スライムマンは……塔から身を投げた!

 自殺ではない。弾力に定評があるモンスター『スライム』を名前に入れるくらいだ。

 きっと弾力を活かして落下ダメージを抑えるスキルくらい持っているだろう。

 すでに敵が3人入り込んでいる塔の上で死を待つよりは、1人で地上に残っているうえ、接近戦が苦手な俺の懐に飛び込んだ方がまだチャンスがあるという判断か……!

 だが、甘い……!


「ガトリング・インファイトアロー!」


 人間の落下速度は常人の目で追える程度だ。

 俺でなくても矢を当てるのは難しくない。

 スライムマンの装備は見た感じ軽装!

 中距離で【インファイトアロー】を何本も食らえばただでは済まない!


 ぐにゅ! ぐにゅぐにゅぐにゅ!


「は……?」


 スライムマンの体はぐにゅぐにゅとねじ曲がり、緑の塊となって地面に転がった後、爆ぜ散った!

 グ……グロい……!

 こんな演出今までキルしたプレイヤーでは起こらなかったぞ……?


「ダミーか!」


 再び塔を見上げると無数のスライムマンがどんどん身を投げていた!

 脳が理解を拒む光景だが、早く弓を構えて攻撃しなければ!

 スライムマンはこのダミーの軍団に紛れて逃走する気だ!


「スーパーマルチ……インフェルノアロー!」


 【スーパーマルチショット】は【マルチショット】の進化スキル。

 同時に狙える数が10体から20体になっている。

 1体だけを狙う通常射撃に比べると命中精度は落ちるが、ダミーを減らすのには問題ない!


「さあ、当たりが出るかどうか……!」


 連続射撃を続け、とにかくダミーを削っていく。

 本体を倒した時は、光の粒子となって消える演出が入るからすぐにわかるはず……なのだが、20体も同時に狙っていると少し自信がなくなる。

 それにすべてを倒しきることは出来そうもない。

 このダミー……無駄に弾力があって硬い!


「やはり厄介な男だなぁ……」


 ダミーの発生は止まった。

 多くのダミーを倒したが、同時に多くのダミーが森の中に逃げ込んだ。

 俺が見た感じでは、本体を倒したとは思えない。

 しかし、あくまでもそれは俺の見える範囲での話だ。

 塔があって見えない死角側で普通に倒されているかもしれない。


 とにかく塔を登ろう。

 ここに1人で居座り続けるのは危険だ。


「この扉、階段……あの時のまんまなんだなぁ」


 そんな大昔の出来事でもないのに少し懐かしい気分になりつつ、屋上に到着した。

 ネココ、サトミ、ゴチュウ、アンヌは健在だが、表情は冴えない。


「すいません。逃がしたかもしれません」


「謝る必要はないさ。俺も射撃担当なのにダミーを結構逃がしてしまった」


 塔の上にいるネココたちが塔から落ちていく人間サイズの標的を狙って攻撃するのは難しい。

 そういうのは俺が任された役目だ。

 謝罪の言葉なんて受け取ることは出来ない。


 ここは追い詰められても逃走できる切り札を隠し持っていたスライムマンを褒めるべきだな。

 バトロワで上位に入るなら逃げ回り続けるというのも立派な作戦だ。

 スライムらしく分裂して逃げるなんてなかなか粋じゃないか。


「まあ、結果オーライじゃない? 計画通りスライムマンたちを排除して、塔を確保できたんだからね」


「キュージィ様の言う通りですよ! 1人逃がしたからなんですか! これから100人は倒すんですから誤差です! 誤差!」


 アンヌがなかなか恐ろしいことを言う。

 でも、そうか……。

 前回は俺1人で158キルしているわけだし、100人は倒さないとわざわざ塔に陣取った意味もない。

 それに参加人数自体は倍以上に増えているわけだしなぁ。


「100人どころか1000人は倒さないといけないのかもしれない……」


 真面目に考えた結果導き出された答えだし、冷静に考えれば突飛な発想ではない。

 だが、1000人キル宣言ともとれる発言はパーティを大いに盛り上げた。


「そうよね! 1000人は倒すんだから1人ぐらい見逃してあげる!」


「その1人に泣かされる可能性もありますけど、今はそんな些細なことを気にしてパフォーマンスを低下させる意味もありませんね。僕らは僕らにとって最善の行動を続けましょう」


「流石はキュージィ様! 100なんかじゃ過小評価もいいとこでしたね!」


「あ、あはは……。まあ、精いっぱい頑張るよ」


 期待に対する返事はこれが限界だった。

 面と向かって言われると照れるんだよなぁ……。

 と、呆けている場合ではない。

 仲間たちはそれぞれの配置につき始めた。


 サトミとゴチュウ、アンヌは上ってきた階段を下りて入り口を固める。

 前回は拾った地雷1つだった防衛力が頼もしくなったものだ。


 俺はもちろん塔の屋上から地上を見渡し、敵を狩る。

 区別はしない。どんなプレイヤーも射程の中に入れば撃つ。

 ただ、それだけだ。


 そして、ネココは……俺の護衛だ。

 透明化、飛行、あらゆる手段による接近、奇襲を防ぐのはもちろんのこと、背中の目として狙えそうな獲物を探す役目も負っている。

 あの時、俺を奇襲してキルしたプレイヤーが、今度は背中を守ってくれる。

 こんなに心強いことがあるだろうか。


 人生は何が起こるかわからないと言うが、確かにそうだと同意するほかない。

 こうして誰かとパーティを組んでイベントに参加する未来すら、俺にはわからなかったのだから。

 

「さて、準備は整った。ここからは……」


 『俺のキリングショー……になるといいな』。

 みたいなことを、前回はつぶやいた覚えがある。

 俺らしい言葉だ。カッコつけたいけど、つけきれない。普通の人って感じだな。

 でも、今はふさわしくない。


「ここからは……俺のキリングショーだ!」


「おー!」


 やっぱり、結構恥ずかしいな、これ!

 でも……悪くはない。

 平凡に生き、これからものんびり生きたいと願う……。

 そんな普通の人間が大きなことを成し遂げるには、大それた言葉の1つや2つが必要なんだ。

 自分にそう言い聞かせ、俺は弓を構えた。

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