Data.124 弓おじさん、死の病院

 翌日、朝っぱらからどんよりとした曇り空の下を歩く。

 このエリアは夜というより、湿気が多くやる気の出ない午後という表現が似合う。

 雑草が伸びきり、何かの破片が飛び散る見捨てられた土地……。

 だというのに、誰かが何度も通ったことを思わせる『道』は明確に存在し、その道はある建物に向かって伸びている。


「ここが……Zホスピタルか」


 さび付いた鉄柵の門は微かに開いている。

 ちょうど人が1人通れる隙間だ。

 本来ならば誰も立ち入る必要がないはずの場所に誰かがいる……という演出がかなり細かいところまで行き届いているな。

 ここは『四印巡り』のスポットの1つなのだから、ゲーム的には誰かが来ていて当然だ。

 それでもこういう細かい演出は雰囲気づくりに必要なのだ。


 門の隙間を通って中に入る。

 建物の形はリアルの総合病院そのまんまという感じだ。

 ファンタジー感は皆無だが、ホラーの舞台としてはこれが正しい。

 構造的に中身は迷宮みたいなものだからな。

 俺も病気した時は院内をぐるぐるとたらい回しにされたことがある。

 いや、不安で自分からいろんなところを回っただけだったかも……。


「あ、ここの病院って本当はZホスピタルじゃなくて、黄泉比良坂よもつひらさか総合病院って言うんですね! 上の方にデカデカと書いてありますよ!」


「Zホスピタルは通称ってことか……」


 黄泉比良坂とは人が生きる現世と死者の住む黄泉の国の境目だ。

 つまり、生者と死者の間みたいな敵がここには出てくるというわけか……。

 隠す気はないようだな!


 ゾンビだ!

 ここはおそらくゾンビと戦うことになる!

 もはやホラー映画から独立してゾンビ映画というジャンルをこの科学世紀でも確立し続けている偉大なモンスターが最後の敵だ。


 対策は……思いつかない!

 ゾンビは何をしてもいいし、何がゾンビでもいいからだ!

 本来ゾンビというのは呪術的なもので蘇った死体とか、ウイルス的な何かに感染した人間だったりするが、極まったゾンビ界隈においてはこれが機械とか無機物でもいいわけだ。


 まあ……俺は苦手なのであまり詳しくないのだが、とにかくゾンビというのは懐の広いジャンルで、ある意味なんでもありを楽しむジャンルだと勝手に思い込んでいる。

 苦手なりに……!


「アンヌは……ゾンビも平気だよね?」


「うーん、平気と言えば平気ですが、好きかと聞かれればそこまでですね。ゾンビというかスプラッター系は私の好みから結構外れてるんです」


「へー、そうなんだ」


「だって、生きている人間なら人が傷つけられているところを見て怖くならないわけないじゃないですか! 血が流れたり、腕が飛んだり、内臓が飛び出たり……生き物として嫌悪感や恐怖を抱くのは当然です!」


「それは確かに」


「私の好きなオカルトというのは、自分の身に起こってほしくない恐怖というより、もし本当だったらちょっと世の中が面白くなるなぁというワクワク感なんです。幽霊とか妖怪とかUFOとかUMAとか……。もちろん、本当にいたら面白いだけじゃ済まないかもしれませんし、ゾンビより危険でグロテスクに描かれている作品もありますよ。でも、友好的だったらこの世界がぐわっと広くなる! そういうものなんです!」


「うん、言いたいことはわかる!」


「VO……バーチャルオカルトもそういうものなんです! その中でも人間が生み出した技術で人間が不思議な力に目覚めたら面白いなぁっと思って電脳人間バーチャリアンをイチオシしてるんです! しかも、電脳人間バーチャリアンは本当に実在しそうですから!」


「それってもしかして……俺のこと?」


「はい! キュージィ様も候補の1人です! 実際キュージィ様と冒険しててとても楽しいので、やっぱり電脳人間バーチャリアンは世界を楽しくする存在だと思います!」


「あはは……まあ、楽しいって言ってくれるなら強くは否定しないけどね」


 俺を進化した人類みたいに扱うのは彼女だけだろうな。

 実際は仕事をやめて1日中ゲームを遊んでるおじさんだ。

 ……それはそれで進化したおじさんと言えないこともないな!


 なんてことを考えながら病院内部に侵入する。

 自動ドアのガラスはバキバキに割れていて、もちろんセンサーで自動に開いたりはしない。

 体を切らないようにまたいで先に進む。

 さて、どこからゾンビが飛び出してくるのか……。


「ん? 受付のPCが起動している……?」


 ちょっと古いタイプのものだが、確かにそれはPCだ。

 NSOの中でPCを見るのは初めてだな……。

 デスクトップには『エントリー受付』というアイコンだけが表示されている。

 マウスを操作し、そのアイコン以外のところをクリックしても反応はない。


「このアイコンをクリックするしかないみたいですね」


「ああ、やってみよう」


 カチカチッ……ギュン!


 次の瞬間、俺たちは別の場所にワープしていた。

 ここは……ナースステーション!?


「おっ! やっとマッチングが完了したか! よろしく頼むよキミたち!」


 身長2メートルはありそうな大男が俺の手を握り、ぶんぶんと上下に振る。

 すごいパワーだ……。

 それに加えて使い込まれた革や毛皮の装備は歴戦の冒険者を思わせる。


「おっと! 自己紹介がまだだったな! 俺の名前はオリヴァー! 所属は新生グローリア戦士団! 人は俺のことを『大斧のオリヴァー』と呼ぶ! まあ、気軽にオリヴァーと呼んでくれて構わないがね! ここでは仲間なわけだから! ハッハッハーッ!」


 こ、声もデカい……!

 でも、とりあえず自己紹介されたら、こっちも返さないと……。


「私はキュージィです。キュージィと呼び捨てで構いません」


「私、アンヌマリー・ゴスノワールと申します! アンヌと呼んでください!」


「アンヌか! そして……キュージィ? まさか、キミがウワサの『弓おじさん』なのかい!?」


「ああ、えっと……そうだと思います」


「なんと! こんなところで会えるとは光栄だ! ぜひ手合わせ願いたいところだが、あいにくここは協力プレイをする場なのでね!」


 仲間、協力プレイ……。

 彼の熱さも気になるが、その単語も聞き逃すわけにはいかないな。


「あの、協力プレイとは……」


「おお! 説明が遅れたな! まあ、俺は正直説明が大の苦手なので、ここにあるマニュアルを読んで欲しいところだが、ザックリいうと7人でこのナースステーションに押し寄せてくるゾンビを倒し、一定時間生き残ることでスタンプが手に入るということだ!」


 うーん、詳しいルールは知らないがおそらく素晴らしく要約が出来た説明だと思う。

 ゾンビものの王道、籠城戦だな。

 スーパーマーケットが一番ポピュラーな気がするが、病院でも大差はない。

 治療用の薬品とか食料もあるだろうしな。


「ユニゾンを含めてキミたちで7人揃ったから、20分後に生き残りをかけた熱いバトルが始まる! それまでにマニュアルを読んで細かいルールを把握してくれたまえ!」


「ありがとうございます。ところで……残りの3人のプレイヤーは他のところにいるんですか? ナースステーションの中にはいないようですが……」


「ああ、俺の仲間たちならこのフロアの構造を調べに行ってるぞ! ここは最上階の10階だから、敵は下から階段を昇って来ることが予想される! まずは階段の位置を把握し、適切な戦い方を考え、場合によってはトラップも設置しておく! あとアイテムに関しても特殊なルールがあって、そちらの準備もやっている!」


「すごいですね。この病院での戦いは何度もやってるんですか?」


「いや! 初めてだ! だが、俺たちはプロゲーマーだ! ゲームが変われど、ゾンビシューティングのセオリーというものはわかるのだよ! ハッハッハーッ! 大船に乗ったつもりでいてくれたまえ!」


 どうやら、俺は出会いに恵まれた人間のようだ。

 最初は濃いキャラに面食らったが、彼がゲーマーとして優れていることは今の会話だけでわかる。

 そんな彼から『会えて光栄』だと言われたのだ。

 ガッカリさせたくないと思うくらいのプライドは俺の中にもあるさ。


 こういう籠城戦は1人が崩れると全体が崩れる。

 まずはルールをしっかり把握しておかないとな。

 オリヴァーが迷惑をかけても気にしなさそうな性格だからこそ、気にしないといけない。


「さーて、20分もあれば素振り1000本は出来るかなぁ! 数ではなく質だからじっくり時間をかけなければなぁ!」


 ……それはそれとして、変わった人だなぁ。


「ワクワクしますねキュージィ様! 私、さっきゾンビというかスプラッターは苦手と言いましたが、それはそれとしてたくさんの敵をぶっ倒して爽快って方向のゾンビはまあまあ嫌いじゃありません! ふふふ……腕が鳴ります!」


 アンヌも鉄球を振り回し始めた。

 ……こっちにもいたなぁ、変わった人。

 まだ見ぬ3人の仲間の中に普通の人がいると……いいな。

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