Data.125 弓おじさん、作戦会議
オリヴァーの言っていたマニュアルはNSOでは珍しく紙に書かれていた。
ゾンビゲームでは散らばった資料から断片的な設定を知ることが出来るし、その再現だろうか。
しっかり目を通し、ルールを把握してから元あった場所に戻す。
「よし、ルールは大体把握できた」
まず勝利条件は2時間生き残ること。
7人のプレイヤーのうち、誰か1人でも生き残れば全員にスタンプを押す権利が与えられる。
俺に任せて先に行け……みたいな展開も可能だということだ。
敵であるゾンビは病院の外から入ってくる。
だが、書かれていたのはそれぐらいで、入り口から律儀に入って来てくれるとは限らない。
ゾンビが律儀だったとしても、そもそも大病院なので入り口が多く、すべてを抑えて院内への侵入を防ぐというのは現実的ではなさそうだ。
ならばどこでゾンビを抑えるのか?
答えは……階段だ。
俺たちのいる中央病棟に階段は2か所存在し、階層を移動するにはこの階段を使うしかない。
リアルの病院には絶対に設置されているエレベーターがこの病院にはないのだ。
俺たちが上の階に逃げようとすれば、ゾンビもこの階段を使って追ってくる。
逆に言えば、この階段の防御を固めればゾンビは上がってこれないということ。
二手に分かれて、この階段を上がってくるゾンビを倒す……。
これが俺たちの基本方針になりそうだ。
また、アイテムに関しても特殊ルールがある。
ここには装備やMEメダルは持ち込めるが、回復アイテムなどの消費アイテムは持ち込めない。
籠城戦に必須のHPやMP回復アイテムは、病院内に落ちている物を探して拾い集めなければならない。
オリヴァーの仲間はこのアイテムの落ちている場所を探りに行っている。
戦いがスタートするまで拾うことは出来ないが、位置だけは先に知ることが出来るらしい。
つまり、アイテムの回収はゾンビとの戦いと並行して行う必要がある。
戦闘班を2か所の階段を守るために2つ作って、さらに回収班か……。
本当に7人全員が仕事をしないと全滅してしまうな。
「おーい、オリヴァーさーん!」
「むっ! グレイじゃないか! 何かわかったか?」
「はい! あ、こちらの方々が一緒に戦う仲間ですか?」
「そうだ! 和装の弓使いがキュージィ、鎧のシスターがアンヌという!」
「えっ!? キュージィってあのキュージィさんですか!?」
「そうだ!」
全部オリヴァーが答えてくれた。
グレイと呼ばれた作業着とヘルメットの少年は目をキラキラさせて俺を見る。
チャリン戦の影響は本当に大きいな……。
「僕はグレイ・スエロと言います! グローリア戦士団には新生以降の加入で新参者ですが、よろしくお願いいたします! 見ましたよ、チャリン戦! カッコよかったです!」
「ありがとう。いやぁ、あの時は必死で今となっては遠い昔のことのように……」
めっちゃキラキラしてるなぁ……目。
な、なんか気の利いたことを言わないと……。
「待ちたまえ! 先に報告を頼むぞグレイ!」
「あ! すいません……」
オリヴァーから助け船が出た。
いや、純粋に情報の共有を優先しただけだと思うけど、俺は助かった……。
「報告します。1階の各入口にはそれぞれゾンビが侵入を開始する時間帯が記されていました。中央病棟にある最も大きな入口はサバイバル開始と同時にゾンビが侵入するようですが、その反対側にある裏口はサバイバル開始20分以降、西病棟と東病棟に関しては30分以降とのことです」
「なるほど……時間差でゾンビが出現する箇所が増え、それに伴いゾンビの出現数そのものも増えるというわけか……!」
「明確にゾンビの侵入口と記されていたのはその4つの入口のみで、他の箇所に侵入口とわかるヒントはありませんでした」
「ふむ、明確な侵入口を発見できたのは幸運だが、進入口がそこだけと断ずるのには早いな! 窓ガラスを割ってゾンビ犬が飛び込んで来るとか……よくあるじゃないか! とりあえず、序盤はその4か所を警戒しつつ、ヒントのない30分以降はいたるところから敵が来ると思っておかねばな! 他に報告は!?」
「はい! 西病棟と東病棟は5階まで存在し、そこにもアイテムがありました。しかし、それらの病棟には中央病棟の1階からしか入れないので、西と東の入口からゾンビが出始める30分以降だと……」
「アイテムを回収しても戻ってこれない……か! 最初は中央の入り口に4人の戦力を配置し、残り3人で『中央』『西』『東』のアイテムをそれぞれ回収するつもりだったが、こりゃ西と東には速さ自慢のキョウカとカナリアを使うしかないな!」
「中央、裏口、西、東……すべての入口からゾンビが入ってくると、まさに四方を囲まれますし、その段階ではもう主戦場を階段に移さないといけませんからね……」
高度な会話が行われているが、要するに俺たちのいる中央病棟以外にも2つの病棟が存在するらしい。
そこは独立した病棟で中央病棟からの連絡通路などはない。
すべての病棟に繋がっているのは1階部分のみだから、西と東の病棟にアイテムを回収しに行ったプレイヤーは、一度5階まで上がってすべて回収した後、また1階まで戻って中央に戻ってこなければならない。
30分を過ぎると西と東の入口からもゾンビが入ってくるから、1階は四方からゾンビに囲まれることになる。
そんな状況で安定した戦いは出来ない。
この時点で俺たちは一時退却し、戦場を敵の動きを制限できる階段に移す。
つまり、このタイミングで西と東の病棟に向かった『誰か』が戻って来ていない場合は、不利な状況で戻ってくるまで耐え続けるか、その『誰か』を見捨てて上に昇ることになる。
ならば、30分になる前に余裕をもって戻ってくればいいのでは?
それは確かに正解だ。
しかし、アイテムを外から持ち込めないこの戦場で、回復アイテムの回収量というのは勝敗に直結する。
俺は普段MP回復アイテムをよく使っている。
大量に買い込み、特に考えずに、隙が出来たら半ば無意識に使っている。
それがこの戦場では出来ない。
アイテムが回収できなければ、いずれスキルを使うこともままならなくなる。
だからオリヴァーとグレイは速さに自信のある仲間を向かわせようという話をしているのだ。
「あ、そうだ! キュージィにアンヌ! 1つ聞くが……キミたちは速さに自信があるかい!?」
オリヴァーは質問も大迫力の音量だ……。
「遅くはありませんが、速さが自慢かと聞かれれば違います。並以上ってところですかね」
「私は遅いです! 自信があります!」
「そうか! なら、アイテムの回収は俺たちの仲間で何とかする! キミたちにはとにかくゾンビを倒してもらいたい!」
「了解です」
「任せてください!」
「では、1階に下りるとしよう! このナースステーションは最初に飛ばされる場所というだけで、別に守る必要はないからな! 今から始まる熱い戦いは、タワーディフェンスではなく命を懸けたサバイバルなのだよ!」
俺、アンヌ、ガー坊、オリヴァー、グレイの5人で階段を駆け足で下りる。
もうすぐ1階というところで、階段に腰を下ろした女性と手すりにもたれかかった女性に出会った。
どうやら彼女たちが残りの仲間のようだ。
「キョウカ! カナリア! いよいよだぞ!」
2人は顔をこちらに向け、俺の顔を見て目を見開いた。
1人は薄い水色の髪を持ち、装備や唇すらも寒色系で統一している。
おそらく氷のスキルを操るのだろう……というか、彼女の姿をどこかで見たことがあるような……。
そもそも、この新生グローリア戦士団の全員をどこかで見たことがあるような……。
南の海……だったかな?
もう1人は鮮やかな緑髪をポニーテールにしている。
装備は……学校の制服風のアイドル衣装かな?
アイドル方面もあんまり詳しくないんだよなぁ……。
「ふっ……まさか、こんなところでトッププレイヤーと出会えるとはな……」
手すりにもたれている水色の髪の女性がつぶやく。
少し低めだが、よく通る声だ。
「私はキョウカだ。氷華のキョウカと呼ばれることもある。以後、よろしく」
「よろしくお願いします」
芝居がかった話し方だが、不思議と違和感がない。
この話し方が板についている。
彼女もオリヴァーと同じくゲーマー歴が長いと見える。
「あ、あのっ!」
今度は階段に座っていた方の女性が声をかけてくる。
座っている時は足を開いてかなりリラックスしている感じだったが、今はピシッと足を揃えて直立不動の姿勢をとっている。
「私はカナリア・イン・ブルームという者です! このギルドでは新顔ですが、ネットではそれなりに活動しているインターネットアイドルです! あの……ご存知ですか?」
「……ご、ごめんなさい」
「い、いえ! いえいえいえ! 別に構いませんよ! 本当活動歴だけが自慢の中途半端な素人カラオケみたいなもんですから知らなくて当然です! 今だってアイドル活動に詰まってプロゲーマーでお金を稼ごうとしてる軸がブレブレダメ人間なんですから!」
「あ、いや、俺ってアイドル界隈に詳しくないから、有名な人でも知らないと思うんだ。俺が悪いから、そんな自分のことを悪く言うのはやめよう」
「お、お優しいんですね……」
むしろ、あの自虐を聞いて追い打ちをかけられる人がいたら驚くね!
優しいというより、これ以上言わせないように止めるのが普通の反応だと思う。
「ハッハッハッー! すまんな! これが新生グローリア戦士団だ! さあ、キョウカは西! カナリアは東の病棟のアイテムを回収だ! スタート位置は自由に選べるから、5階の端っこで待機するといい!」
「わかった」
「はい! 頑張らせていただきます! せめて今はゲームを!」
キョウカは靴底に氷の刃を生成。
それにより地面を凍らせ、アイススケートの要領で地面を滑っていく。
カナリアはそもそも両足装備がローラースケートだ。
華麗な足さばきで東へと向かった。
「グレイは中央病棟1階のアイテムだ! ここは30分後には捨てる場所だから、1階から上へ上へとアイテムを回収してくれ!」
「了解!」
グレイは普通にダッシュで去っていった。
残ったのは俺、アンヌ、ガー坊、オリヴァーの4人。
「ここが崩れたらすべての作戦が崩壊する! 命を燃やして戦おうじゃないか、仲間たちよ!」
「ああ、もちろん!」
「みんなぶっ潰してあげますね!」
「ガー! ガー!」
準備時間の20分が終わろうとしている。
そして今、どこからともなく現れたゾンビがゆらりゆらりと病院へ向けて歩き出した。
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