Data.123 弓おじさん、影からの逃走

 地面から伸びる黒い手は進路上にどんどん生えてくる。

 倒す、そして移動では全然前に進まない。

 倒しながら移動が求められるが、俺もアンヌも武器の性質上動きながら戦うのは得意じゃない……!


「風雲一陣!」


 気休めに追い風でも吹かせておこう。

 少しは移動スピードが上がるかもしれない。


「あ! キュージィ様それナイスです! 追い風があればこのスキルが使えます! 転がる星ローリングスター!」


 アンヌの鉄球が巨大化し、鎖から切り離される。

 トゲも引っ込んで丸くなったその形はまるで……。


「大玉転がしです! これを押して進めば地面から生える手を潰しながら前に進めます! さあ、一緒に転がしましょう!」


「わ、わかった」


 2人で並んで球を転がす。

 ぐうう……見た目通りなかなかの重さだ……!

 確かに追い風でも受けないと押して走ろうとは思わない。

 だが、重いだけあって威力は十分なようだ。

 黒い手をいとも簡単に潰していく!


「キュージィ様! 右に急カーブです!」


「右……右ね……!」


 勢いが付き始めると曲げるのも一苦労だ。

 蛇行するトンネルはあらゆる直線移動を封じる。

 【アイムアロー】もそうだが、【ワープアロー】もグネグネ曲がったトンネル内では大して距離を稼げない。

 まあ、【ワープアロー】は俺しかワープ出来ないから、アンヌがいるこの状況じゃそもそも使えない。

 俺だけ逃げても仕方ないからな。


「キュージィ様! 次は左です!」


「左ィィィ……!! いっ……!?」


 踏ん張る足を何かに掴まれた!

 曲がり切れずに鉄球が壁に衝突する。


「上か……!?」


 見上げると、天井には何か奇妙な生き物が張り付いていた。

 第一印象はサソリ……『蛇蝎だかつトンネル』だし妥当な敵だろう。

 へびさそりの嫌われ者コンビで『蛇蝎』だからな。


 しかし、よーく目を凝らすと俺の知っているサソリと違う。

 ハサミの部分は大きな人間の手のようだし、長い尻尾の先端も人間の手のような形になっている。

 あれを伸ばして俺の足を掴んだのか……!


 さらに頭部ものっぺりとした人間の頭のようなものが付いている。

 まるでデスマスク……気味が悪い……!

 こういう人間の体の一部が混ざってる系モンスターが一番生理的にキツイ……!


「キュージィ様! ボーっとしててはいけませんよ!」


「あ、ああ……! でも、ああいう怖いもの見ると体がすくまない……? 目が離せなくなるというか……」


「私、案外平気です! 人も虫も蛇も!」


 怖いもの知らずを通り越して怖いものなしだな!

 もはやオカルトやホラーを趣味にするの向いてないんじゃ……。

 いや、だからこそ新たな刺激を求めてVR世界に飛び込んだわけか。


「怖いものは消してしまうに限る……! 斬魔攻刃!」


 天井に張り付くサソリもどきを切り裂く。

 よし、このスキルの威力なら一撃で倒せる!

 ……が、サソリもどきは黒い手と同じようにどんどん湧いて出る。


爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム!」


 爆裂する無数の矢で広範囲の天井を焼く。

 これでしばらく安全になるが、こちらのクールタイムよりあっちの湧いて出るスピードの方が早いだろうな。

 次は別の対策を考えなければ……。


「とりあえず行こう!」


 鉄球を転がして先を急ぐ。

 蛇の鳴き声が近くなってきた……!


「退魔防壁!」


 矢を足元に投げつけず、弓で蛇の来る方向に撃ちだす。

 体が大きい蛇にとってこのトンネルは結構窮屈だ。

 そこにドーム状のバリアという障害物を設置すれば、十分足止めになる。

 【退魔防壁】は幽霊やら悪魔みたいな邪悪な敵からの攻撃に耐性もあるから、簡単には壊れないと思いたい!


 矢を撃ったらすぐに玉転がしに戻る。

 そして、ときおり振り返っては【退魔防壁】で障害物を作る。

 また玉転がしに戻る……!

 この繰り返しで距離を稼げれば……!


「キュージィ様! 上の敵が復活してますよ!」


「もうか……! なら、今度は……浮雲の群れ! 密集陣形!」


 9つの雲を生み出すスキル【浮雲の群れ】。

 その雲を密集させ、1つの大きな雲を作る。

 これを【風雲一陣】で生み出した風で流して、俺たちはその下に潜り込む。


「よし、上のサソリもどきはそこまで賢くない。雲で身を隠せば攻撃してこなくなった!」


 雑魚敵のAIで助かった……。

 これが強いボスのAIだと雲ごと潰せばいいという簡単な答えにたどり着いてしまう。


「あ、見てください! 雲の影のおかげで地面から生えてた黒い手も出てこなくなりました!」


 アンヌの言う通り、雲の影に飲まれた黒い手が地面に引っ込んでいく。

 逆に影に隠れていない手は依然としてにょきにょきと生えてくる。

 どうやら敵の発生源はトンネルを照らすオレンジの照明のようだ。

 オレンジの光を遮るとモンスターも出てこなくなる。


 つまり、照明をすべて撃ち抜いて潰せば安全に……。

 いや、この思い付きを実行するのは【浮雲の群れ】を限界まで使った後でいい。

 照明をすべて潰せば真っ暗になって俺たちが困る。


 性能の良い松明を使ってもこの長いトンネルの全体は照らせない。

 まだこのトンネルがどこまで続いているのかわかっていないし、どんなギミックが待ち構えているのかもわからない。

 雑魚敵を消すために視界を奪うのは少々早計だ。


 雲の影に隠れてとにかく走る。

 【浮雲の群れ】は1時間に3回まで発動出来て、1回につき5分で雲が消滅する。

 つまり、15分は玉を転がす必要もなく安全に走れる。

 流石にそれだけ走れば出口に着いてほしいものだが……。


「うーん……着かない!」


 ゴールの見えないマラソンほど辛いものはない……!

 一体どれだけ長いトンネルなんだ……!


 シャアァァァーーーッ!


 鳴き声がかなり近い。

 真後ろのカーブのすぐ向こうにいてもおかしくない……。

 おそらく、時間経過で蛇は加速している。

 走って逃げるのも限界……ならば!


「アンヌ、ここで奥義を使って足止めしよう! 雲が消えれば雑魚の相手をしないといけなくなる。その前に蛇に大ダメージを与えて出来る限り動きを止めたい!」


「了解しました!」


 ダメージ量に比例した時間だけ蛇の動きは止まる。

 ここですべての奥義をぶち込めば、数分くらい稼げるかもしれない!


 シャアァァァァァァーーーーーーッ!!


 カーブの向こうから蛇が頭を出す……!


聖なる十字架の星たちセイントクロススター! 巨人たちの夜明けの星球ジャイアントデイブレイクスター!」


「爆裂空! 爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム! 流星弓! おまけに……ミラクルエフェクト! 南十字星型弩砲サザンクロスバリスタ!!」 


 奥義、融合奥義、合体奥義、ミラクルエフェクト……!

 俺……いつの間にかいろいろ出来るようになってるな。

 強い奥義は名前も長くて、本当にバトル漫画みたいだなぁ……なんて、ピンチなのに不意に考えてしまう。

 敵を倒したわけでもない……のに……?


 シャアァァァァァァ…………


 黒い巨大蛇は光となって消滅した。

 ドロップアイテムがシュポポンと自動的にアイテムボックスに収納される。


「……倒せるのか、あの蛇」


 本来倒すための敵じゃない気がするが……俺たちが異常にダメージを与え過ぎたせいか?

 負けイベントだけど上手く倒せば特殊なセリフが聞けたり、特別なアイテムが手に入るボスはまあまあ存在する。

 この蛇もそういうタイプだったのだろう。


「何はともあれ、助かった……」


「本当ですよ! 私、追いかけられるのに少しイライラしてましたもん! やっぱり敵はぶっ倒せてなんぼのもんじゃい!」


「まったくだ!」


 雑魚敵も出なくなったトンネルをのんびり歩く。

 遠くに光る出口を見つけたが、【アイムアロー】でショートカットせずに歩いて向かう。

 そういう気分だった。


「あ、出口の近くにテーブルが置いてありますよ!」


 ご丁寧に中央線の上に置かれたテーブルにはスタンプが置いてあった。

 車道のど真ん中にテーブルを置いてスタンプを押す経験なんてもうないだろうなぁ……と思いつつ、3つ目のスタンプを手に取った。


「これで3つ目!」


 トンネルとその奥に潜む黒い蛇、影のような黒い手が描かれたスタンプがカードに押された。

 これで〈破魔弓術・二印〉は〈破魔弓術・三印〉となり、新スキル【封魔縛陣ふうまばくじん】を獲得した。

 このスキルもまた俺を強くしてくれるはずだ。


「さて! 今日の冒険はここまでにしましょうか! 1日で3つも集めましたし!」


「そうだね。もういい時間だ」


 ゴーストフロートは常に薄暗いので時間感覚が狂う。

 それに今日は1日3回限られた時間にしか撃てない【南十字星型弩砲サザンクロスバリスタ】を使ってしまった。

 冒険をお開きにするタイミングとしては適切だろう。


「ちなみに最後の恐怖スポットはZホスピタルです! どんなところなんでしょうかねぇ……楽しみです!」


 Zホスピタル……Zな病院?

 ホラーにおいて『Z』がついて、舞台が病院となれば出てくる敵はアレしかない。

 おそらく、この予想は当たる……!

 俺、グロテスクなのも苦手なんだよなぁ……。

 ステータスの設定画面でそういう描写はオフにしてあるから、それを信じるしかないな……!

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