Data.122 弓おじさん、蛇のトンネル

「それにしても、カッパさんかわいかったですね! 私、釣竿にキュウリをぶら下げて川でカッパさんを釣ろうとしたこともあるんですよ!」


「それは……すごいね」


 アンヌのいろんな意味ですごい話を聞きつつ、第3の恐怖スポット『蛇蝎だかつトンネル』を目指す。

 流石にプレイヤーキラーも減ってきた。

 ファストトラベルを解放してない限り一度キルされたプレイヤーは簡単にゴーストフロートに戻ってこられないし、戻れたとしてもデスペナルティで弱体化している間は俺たちと戦っても勝ち目はない。

 敵を倒せば倒すほど冒険が安全なものになるって寸法だ。

 これで恐怖に立ち向かう心の準備に集中できる。


 先ほどから、足元に『道路』が現れた。

 リアルに存在する車が通るようなコンクリートの道路だ。

 これがそのままトンネルの中へと繋がっている。


 『蛇蝎だかつトンネル』……入り口の上部にそう刻まれたトンネルは、思っていたよりも道幅が広く、近代的なトンネルだった。

 俺の想像していたトンネルは車一台通るのがやっとで、もう使われていないような古い物だったから、これはちょっと驚いたな。

 消えかかっているが道路に白線も引かれている。

 それも真ん中に破線があるので2車線道路だ。


 内部を照らすのはオレンジ色の照明。

 汚れたコンクリートの壁に反射してどこか危険な雰囲気を生み出す。

 思ってたよりは近代的だが、最新のトンネルではないな。

 最近は照明も白いし壁も白い。


 そして、やはり入り口から出口は見えない。

 道路の先には真っ暗な闇が広がっている。

 かなり長そうだな……このトンネル。

 というか、トンネルのどこにスタンプが置いてあるんだ?

 俺たちから見て出口の方から入ってくるプレイヤーもいるわけだし、真ん中あたりにポンと置いてあるのか?


 疑問は絶えないが、とにかく進むしかない。

 いつだって前に進めば答えが出るのがNSOだ。


「ふふ……ゲームとわかっていてもこういうトンネルには心がときめきますね! 最近はこういう場所がどんどん減ってますから! 特に都会は全然です!」


「フルダイブ型VRゲームが世に出始めたあたりで国全体の再開発も進んだからねぇ。まあ、そうじゃなくても俺はこういうところには近寄らないけど……。アンヌは平気なのかい?」


「はい! 狭いところも暗いところも全然平気なんです!」


 勇敢というのか、怖いもの知らずというのか……。

 俺はこのトンネルですら早く立ち去りたいと思わずにはいられない。

 まず車道の真ん中を歩くことに違和感がある。

 下手にリアルを再現してる分、悪いことやってる感がすごいんだよなぁ……。


 あと、後ろからいつ車が来るのか気になる。

 NSOに車なんてないが、どうしてもチラチラ背後を振り返ってしまう。

 ……何も出てこないな。

 車だけではなく、モンスターも出てこない。

 ゴォォォ……と風だけがトンネルの中を駆け抜ける。


 不意に空気が変わったのは、俺たちが200メートルほど進み、トンネルの入り口が遠くに見えるようになってからだった。

 その入り口がふいに闇に閉ざされ、照明がチカチカと点滅する……。

 おそらく皿屋敷の時と同じように異空間に入った……!


 アンヌと背中合わせに立ち、敵の出現を警戒する。

 敵が現れたのは……入り口の方からだった。

 影のように黒い巨大蛇がシュルシュルとこちらに這い寄ってくる……!

 その姿は風雲の隠れ里で戦った『百々目鬼蜥蜴ドドメキトカゲ』に近い。

 黒い体の中で2つの赤い目だけが怪しく光る。


「爆裂空!」


 放った矢が赤い目に直撃する。

 蛇はシャアァァァっと威嚇の声をあげ、数秒間だけ動きを止めたが、またすぐに動き出した。

 目もすでに治っている……!

 HPゲージが見えないし、こいつは特殊な敵だ!


「アンヌ! こいつ……倒せない系の敵かも!」


「えっ!? どうしましょうか!?」


「とりあえず……逃げよう!」


 逃げるしかない敵って、敵の中でも一番苦手なんだよなぁ……!

 しかもなかなかのスピードで追い回してくる!

 この感覚は鏡の中の世界で出会ったブラッディ・マリー以来だ。

 あの時はどうやって逃げたんだったか……。


「スパイダーシューター・クラウド! ガトリング・ウェブクラウドアロー!」


 ネバネバの網を連射する。

 地面を這いずる蛇とネバネバの網の相性はバツグン……!

 しかし、網は黒い蛇の体に触れると、燃え尽きるように消えてしまった。

 奴の体を包む黒いモヤは炎のようなものなのか……!?

 調べて見るか……。


「レターアロー!」


 シャアァァァァァァーーーーーーッ!!


 今度は口から黒い息吹!

 【レターアロー】は敵に当たる前に燃え尽きた。

 当たれば特殊な効果を発揮する矢だが、攻撃性能は皆無。

 スキルで簡単に消し飛ばされてしまう。

 そろそろとりあえず撃つって考えでは通用しなくなってきたな……。


「ガトリング・レターアロー!」


 シャアァァァァァァーーーーーーッ!!


 うーん、増やしたところで攻撃性能はゼロなんだから意味がない。

 ちょっと安直すぎたな。

 そして、こんなことをしている間にもどんどん蛇との距離が詰まっていく!


聖なる十字架の星たちセイントクロススター!」


 アンヌの放った7つの鉄球が、黒い息吹を突き抜け蛇に直撃する。

 蛇はのたうち回り、大きな隙が出来る。

 やはりダメージの大きさに比例して、生まれる隙も増えるってことか。

 体が大きく再生能力に優れるから、攻撃範囲が小さい【爆裂空】では大してダメージにならなかったが、アンヌの奥義は悪魔や幽霊に対して特効があるうえ、そもそもパワー自慢だ。


「助かったアンヌ!」


「いえいえ! 私はパワーと頑丈さの分スピードがダメダメなんで、こうやって蛇さんを足止めしないと自分も危ないんです!」


 重い鉄球と防具を身に着けているだけあって、彼女は移動速度が遅い。

 そもそも俺は速さに優れる射手系統の職業で、装備も風のように軽く雲のように自由な『風雲装備』を身に着けている。

 並んで走るとどんどん差が開いてしまう。


「キュージィ様! マンションの時みたいに私を抱いて飛べませんか!?」


「なるほど名案だ!」


 蛇がのたうち回っているうちにアンヌを抱きしめ、ガー坊を一旦引っ込める。


「アイムアロー!」


 トンネルの中をまっすぐに飛ぶ!

 相変わらず視界がグルグル回るので状況はよくわからないが、逆走さえしなければ問題ない。


 ブチ……ブチブチブチ……!


 なんだ……?

 何かが引きちぎれる音……。

 そして、体に何かが当たっている感覚がある。

 だが【アイムアロー】は発動後キャンセルは出来ないし、問題なく前に進んでいるから大丈夫……。


 ガンッ……! キィィィィィ……ッ!!


 何か壊せないほど硬い物にぶつかった……!

 甲高い音とともに【アイムアロー】の勢いがみるみる減衰する。


「……っと!」


 効果が解除され、視界が戻ってくる。

 ぶつかった物は……トンネルの壁だ。

 トンネルの急カーブを曲がれずに壁にぶつかり、ぶつかったまま進んだことによってあのひっかくような高い音が出たのか……。


 蛇が出てくるトンネルだけあって、ここから先はリアルではありえないほど蛇行している。

 普通に車で走ったら事故が多発しそうだ。

 こりゃクールタイムが終わっても安易に【アイムアロー】を使えないな……。


 シャアァァァ…………


 遠くから蛇の鳴き声が聞こえる。

 かなり距離は稼げたが、ジッとしてれば追いつかれるのは明白。


「アンヌ、行こう!」


「はい! あっ……!」


 地面から無数の黒い手が伸びてくる。

 さっき飛んでる途中に引きちぎった物はこれか……!

 怪しいトンネルを通った後に車体を見ると、ベタベタと見知らぬ手形がたくさんついていたという話はよくあるが、こいつらに捕まったら手形ベタベタでは済まなさそうだな……。

 伸びている腕……結構筋肉質だし……!


「俺が道を開く! アンヌは出来る限り走ることに集中だ!」


「了解です!」


 この状況にちょうどいいスキルを獲得したばかりだ。

 今まで俺が広範囲を攻撃するには、奥義に頼るしかなかった。

 しかし、こいつなら……!


斬魔攻刃ざんまこうじん!」


 破魔弓術2つ目のスキル【斬魔攻刃ざんまこうじん】は放った2本の矢の間に光の糸を張る。

 このピンと張った糸が切れ味バツグンの刃の役割を果たすのだ。

 限度はあるものの、矢と矢の間が広くなるように角度をつけて撃てば、それだけ大きな刃が発生する。


 黒い手たちは光にスパスパと切り裂かれ消滅していく。

 まさに魔を斬る刃……威力はバツグンだ!

 『点』ではなく『線』の攻撃判定はこれからの戦いにもきっと役に立つ!


「闇に飲み込まれる前に脱出といこうか……!」


 背後から迫る蛇の鳴き声を背に、俺たちは走り出した。

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