Data.116 弓おじさん、四印巡り

「それにしても、この島は特殊なルールが多いですね……」


「そうですね。でも、ああしないとそのうちズタズタになって空中分解してしまいますから」


 アンヌが鉄球で開けた地面の穴が、まるで傷が治るようにじわじわと塞がったのだ。

 彼女の言うように攻撃で穴が開いてそのままだと、このゴーストフロートはバラバラになってしまうだろう。

 ただでさえ戦いが起こりやすいフィールドだからな……。


 強力な攻撃を地面に当てると穴が開く。

 俺も覚えておかないと痛い目を見そうだ。

 実際、スライムマン戦で【スターダストアロー】を使って遠くに逃走するプランも考えていた。

 もし実行していたら……今頃いい笑い者だっただろう。

 あの威力は絶対に大穴が開く。

 そのまま地上に真っ逆さまだ。


「それにしても、キュージィ様と一緒に街を歩いていると視線が痛いですね……。いつもこうなんですか?」


「まあ、今はこんな感じですね。この街では特に見られてる気もしますけど……」


 珍しいものを見たという奇異の視線に、獲物を狙う狩人の視線が混じるからな……。

 街中で戦うことは出来なくても、すでに戦いは始まっているということか……。

 でも、視線が集まるのはアンヌにも原因があると思う。


 顔は地味目だけど美人で、修道服がよく似合う。

 一方でギャップのあるゴツイアーマーにトゲ鉄球。

 それに女性にしては背が高い。

 俺とそんなに変わらないレベルだから、装備もあいまって威圧感がある。


 非常にキャラメイクの完成度が高い。

 単純に人の目を惹く。

 リアルがそもそもこんな容姿なのか、相当時間をかけて作り上げたのか……。

 どちらにしろ底知れない人という印象は変わらない。


「たくさんのプレイヤーさんが敵に回ったって、キュージィ様のミラクルエフェクトがあれば大丈夫ですよね!」


「いやぁ、あれは制限がキツすぎましてね……。詳しい効果は伏せますが、おそらく今日はもう撃てないかと」


「えっ!? そうなんですか!?」


 おそらく俺のものだけではなく、すべてのミラクルエフェクトは雑に強い。

 その分、かなり雑な制限をかけられている。

 【南十字星型弩砲サザンクロスバリスタ】の場合は1日に撃てる回数は3回。

 それも0時から8時までに1回、8時から16時までに1回、16時から0時までに1回というかなり変則的な3回になっている。


 俺は0時から8時の時間帯には遊ばないから、実質的に使える回数は2回というのが正しいかもしれない。

 だから、言葉は悪いが……雑魚狩りに使うことは出来ない。

 本当にここぞという時だけ、まさに切り札と呼ぶにふさわしい選択肢だ。


 また、発動したところで勝ちというわけではなく、狙いを定めるのも難しい。

 地面に固定する土台と発射装置をつなぐ柱に関節が存在するので、左右にはかなり自由に動かすことが出来る。

 ただ上下は俺がグリップを引き絞って撃つ以上、角度に限界がある。

 真上とかは構造上無理なので、効果を発動する前に敵の動きを封じるのが望ましい。


 一度発動した後は撃たないと効果が終了しない。

 もちろん外しても1回は1回。

 今まで以上に緊張感を持って射撃を楽しめる仕様になっている。

 チャリンもとんでもないメダルを渡してくれたなぁ……。


「キュージィ様に頼ってばかりではいられないってことですね!」


「すいませんね、パーティを組んでるのに切り札の効果を詳しく教えられなくて……」


「いえいえ! 当然ですよ! 私も敵のスパイじゃないと証明する手段はありませんから、用心するに越したことはありません!」


 疑っているわけではないのだが、ギルドの仲間にもまだ話していないからな。

 話すにしても順序があるかなって……気にしすぎ?

 そんなことを悩んでいると、いつの間にか目的地である占い師の館に到着していた。


 ここでこの街のファストトラベルを解放するクエストが受けられるとアンヌは言った。

 彼女はすでに話を聞いているので、俺一人で館の中に入る。

 怪しい色のランプに照らされた部屋の真ん中に水晶が置かれていた。

 その向こうには小柄な女性、ベールに覆われて顔は目しか見えない。

 ……ザ・占い師だなぁ。


「どうぞお席へ」


「どうも……」


 落ち着いたお姉さんって感じの声だ。

 占い師がサッと水晶に手をかざすと、ピカっと水晶が光る。


「出ました」


「早いですね……」


 NPC相手に突っ込んでしまった。

 というか、クエストの話は……?

 普通に占いをしてるみたいだが、ゲーム内でどんな占いを……。


「そう遠くない未来、ここではないどこかで、あなたはこれまでの経験と本当の実力を試されることになります」


「え……」


「恐れることはありません。あなたは強く、あなたを慕う仲間もいます。恐れるべきはその相手……今のままでは、かなわないかもしれません」


「…………」


「だから、あなたにはこれをお渡しします」


 手渡されたのは……グロウカード!

 条件を満たすと成長するカード型装備だ。


「この幽霊浮遊島を巡り、禁忌の領域に隠された4つの印をこの札に押してください。この『四印しいんめぐり』を完遂し、また私の元に戻ってきた時、あなたは新たな力に目覚め、この大地からも認められることでしょう。占いは以上となります。お代を頂きますね」


 お金とられるのか……。

 まあ、持ち合わせがあるから問題ないが。


 それにしても占いが本格的というか、それっぽいというか……少し驚いた。

 実際はクエスト開始の演出の一部で、みんなに同じことを言っていそうだが……。

 頭の片隅には入れておこう。

 何気ない言葉がヒントになることもある。

 でも、ここではないどこかって言っていたし、ゴーストフロートの冒険に対する占いではないような気も……。


 あ、いかんいかん。

 今日は待たせてる人がいるんだ。

 ソロのようにいつでも自分の世界に入っていいわけではない。


 館から出ようとした時、扉に看板が吊るされていることに気づいた。

 そこには『ヘルプで詳しいルールをご確認ください』の文字。

 なるほど、俺みたいに忘れがちのプレイヤーへの配慮か。

 言われた通り後で確認しておこう。


「お待たせしました」


「いえいえ、全然待ってません! それでカードは貰えましたか?」


「はい。ここに4つの印……つまり、スタンプを押すスタンプラリーなんですね」


「そうです! 島に存在する4つの恐怖スポットを巡るホラースタンプラリーなんです! 順番はどこからでもいいんですけど、この街から一番近いのは『ボーンデッドマンション』ですね」


「ホーンテッ……」


「ボ! ボ! ボ! ボです! そこを間違えてはいけません!」


「す、すいません……」


「その名の通りホネホネのスケルトン系モンスターがはびこる巨大廃マンションらしいですよ! 明日から頑張りましょうね!」 


「ん? 明日から……?」


「今日はもう遅いので!」


 あ、そうだった!

 そもそも俺は夜のフィールドで迷って幽霊飛行船に出会い、偶然ゴーストフロートに来たんだ!

 もうリアルもそれなりの時間だな……。


 アンヌと明日の冒険の時間を合わせ、ともにログアウトした。

 街でログアウトすれば、またその街から冒険を始められる。

 いくらゴーストフロートでも、このルールは変わらない。


 そして、ゴーストフロートは朝からでも冒険できる。

 風景自体はいつでも夜らしいが、これはありがたい。

 明日もいつも通りの時間でゲームを始めるとしよう。

 ヘルプはログアウト後も専用サイトで確認できるから、チェックを忘れないようにしないとな。


「これまでの経験と本当の実力を試される……か」


 NPCの占い師の言葉……。

 いつも試されている気がするが、まだあちらゲーム側からすれば足りないようだ。

 一体何が待っているというのか……恐ろしいねぇ。


 そう思いつつも、俺はこの予言めいた言葉にどこかワクワクしていた。

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