Data.115 弓おじさん、幻の4人目

 さて、どう戦う?

 彼女の武器は鎖のついたトゲ鉄球だ。

 鎖は見た目以上に伸びるし、鉄球もスキル奥義によって巨大化する。

 そして何より、彼女にはこの凶悪な武器を使いこなすプレイングがある。

 まずは距離を取らねば……。


「ま、待ってください! 私、キュージィ様の敵ではありません!」


「でも『幽霊組合ゴーストギルド』のことは嘘だって……」


「嘘というか、なんというか……。私は志願者なんです! 幻の4人目として私をギルドに入れてほしいんです!」


 これまた予想外の展開……というわけでもない。

 意外とこういう人は多いのだ。

 チャリン戦以降、『幽霊組合ゴーストギルド』の名はNSO中に響き渡った。

 当然自分もギルドに入りたいという人が押し寄せてくる。


 だが、『幽霊組合ゴーストギルド』は馴れ合いの集団ではない。

 ネココは志願者たちを一旦シャットアウトし、しばらく時間を置いてからまだ興味と熱意、そして実力と気質を兼ね備えたプレイヤーを探すつもりのようだ。

 もちろん、俺もサトミもそれに賛成した。


 つまり……今の『幽霊組合ゴーストギルド』は新人を募集していない。

 そもそも、ギルドの実権を握っているのはギルドを立ち上げたネココであり、俺にメンバーを決める権利はない。

 ここで助けてもらったお礼に二つ返事でギルドへの加入を認めることは出来ないということだ。


 もちろん、あとあと声をかける可能性もある。

 だが、今はダメなんだ……。

 今も冒険の最中に声をかけられては断っているであろう仲間たちへの裏切りになってしまう。


 もろもろの事情を女性に話した。

 すると彼女はびっくりするくらい露骨に落ち込んだ。

 それこそ大地に穴が開くんじゃないかというほど沈み込んだ。

 そ、そんなにギルドに入りたかったのかな……。

 一応、理由くらいは聞いておくか……。


「どうして、あなたは幽霊組合ゴーストギルドに……」


「幽霊とか……そういうオカルトが好きなんで、一緒に語り合えたらなと……」


「…………」


 『幽霊組合ゴーストギルド』をそのまんま幽霊とか大好きな人が集まるギルドだと思ってる……!

 ネココもサトミもいまどきの子だからオカルトとかむしろ興味なさそうなんだけど……!


 いや待て。むしろこれは良い。

 誤解をとけば、円満に物事が進む。

 『幽霊組合ゴーストギルド』の本当の意味と活動理念を話して、納得したうえで帰ってもらおう!


「いまどきオカルト好きなんて珍しいですね。実は僕らのギルドは……」


 いつもの癖が出た。

 本題に入る前に何かクッションとなる言葉を置く癖。

 しかも、今回は言葉の選択をミスしてしまった。

 ちょっと失礼なこの言葉は、彼女のオカルト魂に火をつけた。


VOヴォーのことを知らないんですか!? オカルトはいまどきの趣味なんですよ!?」


「ヴ、ヴォー?」


「バーチャルオカルトの略です! 人類は進歩しすぎて……正直、幽霊だのUMAだのは確かに衰退しました……。およよよ……悲しいことです……。UFOとか宇宙人も、宇宙開発が進んだ今では大きな資金力を持つグループが本気で探してるので、シャレになりません……」


 か、語り出した……!


「そんな中生まれた新たなオカルトの概念……。それがバーチャルオカルト『VOヴォー』なんです! ネットという人が生み出した新たな世界には、人の手が届かぬ謎があるんです! 高性能AI、星の内殻スターフレーム、神層ウェブ、そして、電脳人間バーチャリアン……! 挙げればキリがありません!」


 たしかにネットは闇が深いとよく言われる。

 宇宙ほどとは言わないが、探索が進んだ深海とか極地とかよりは謎が多いかもしれない。

 人が作り出した存在であるにもかかわらず……。


 この矛盾にロマンを感じる気持ちはわかる。

 でも、『幽霊組合ゴーストギルド』にそんなロマンはない!

 人付き合いが苦手な変わり者が集まってるだけだ!


「特に私が目をつけてるのはバーチャリアンなんです!」


「ば、バーチャリアンですか……」


 とはいえ、今の彼女に事実を突きつけるのは無理だ。

 興奮しているし、話を合わせて少しずつ会話を誘導する。


「そうです! VRやARなどの新技術を体験することで脳が刺激を受け、未知の力に目覚めた人間のことをそう呼ぶのです! 私の知る中で最もバーチャリアンに近いのはマココ・ストレンジ! 彼女には謎が多い……。実際に会って話をしてみたい……。だから、まずはネココさんにお近づきになって……あっ、いや、そんな出会いを求めてゲームを始めたわけではありませんよ!」


 俺はパンドラの箱を開いてしまったのかもしれない。

 これは……通報した方が……。


「ただ、大VR時代なんて言われてるんですから、オカルトに出会うには私自身VRゲームに飛び込まないとなって思ったんですよ! 結局オンラインゲームとは人間関係で、人間がたくさん集まれば謎が生まれるんですから!」


「まあ、ゲームをやる理由は人それぞれですから……。マナー違反さえしなければ……いいと思います。それにしても、バーチャリアンとは面白い話ですね。いやぁ本当にいるのかなぁ。私たちのギルドって、実はそういう話には……」


「何言ってるんですか!? キュージィ様もそうだと私は睨んでいますよ!」


「えっ!?」


「覚えはありませんか? ゲームを始めて急に何かが出来るようになったり、急に今までにない感覚を覚えたり……。現代のVRというのは脳を騙して、ありえない体験を完全に信じ込ませることが出来ます。そんなことをすれば、今までにない力に目覚めてしまうのも当然だと思いませんか?」


「……いやぁ、急にはちょっと信じられないですね。面白いし、ワクワクする話だとは思いますが」


「そ、そうですね……。す、すいません……。こういう話を他の人に出来たのは初めてで、つい興奮してしまいました……」


 急に何かが出来るようになったり……か。

 覚えがないわけではないが……。

 いきなり『電脳人間バーチャリアン』とかヒーロー物みたいなことを言われて、受け入れられるはずがない!

 深呼吸をして一回落ち着こう。

 お互い熱くなっている。


「オンラインゲームが初めてだった私は人と遊ぶのが怖くて、ずっとソロだったんです。今回のイベントも全部ソロでメダルを集めました。でも、チャリンちゃんにはとても勝てなくて……もうちょっと弱体化してから戦おうかなって……」


「え、一人で試練を全部?」


「はい、なんか運良くというか、武器と装備と職業がソロ向きだったのかなって……」


 射程と破壊力に優れる鎖付きトゲ鉄球。

 ちょっとやそっとの攻撃は通さない鎧。

 そして、修道服から考えるとスキルで回復も出来る可能性がある。

 でも、プレイングの方は……。


「オンライン以外のゲームはよくやってたとか……?」


「いえ、ゲーム自体をあまりたしなんでいませんでした」


 もしかして、バーチャリアンって彼女のことなんじゃ……。

 急に目覚めてないか? とんでもない力に……。


 何か底知れない才能を感じる……。

 それに俺が見てきたプレイヤーの中では、『幽霊組合ゴーストギルド』に最も向いている人材だと思えてならない。

 重装備の前衛というポジションも含めて……な。


 でも、やっぱり俺の一存では決められない。

 とりあえず、あとでネココにメールを送ろう。

 有望なプレイヤーを見つけた……って。

 彼女の名は……まだ聞いてなかった。


「あの、お名前は……」


「そっ、そういえば、あれだけ長々と話したのに名乗ってすらいませんでしたね! はしたなくてすいません! 私はアンヌマリー・ゴスノワールと申します!」


 すごいゴツイ名前だ……!

 本当にオンラインゲーム初心者って感じだ。

 玄人ほど短かったり、ふざけた名前だったりするからな……。

 彼女の名前はガチガチファンタジーだ。


「長いのでアンヌと呼び捨てで構いません。それでキュージィ様はこれから何か予定はありますか?」


「そう、ですね……。このゴーストフロートの街のファストトラベルを解放しようかなと思っています」


「それなら、ご一緒しませんか? ファストトラベルの条件は街で聞けるので、私も把握しているのですが……正直お供がユニゾンだけでは厳しいと思われます。このゴーストフロート中を巡る必要がありますから」


 さっきみたいな戦いが何度も起こるかもしれないってことか……。

 俺はプレイヤーキラーにとって上質な獲物過ぎる。

 撃破動画をアップロードすれば、たちまち再生数が伸びてお金も入ってくる。

 そんな俺を倒せる状況で倒さず、味方までしてくれた人が手を差し伸べてくれているのだ。

 ありがたくその手を取ろう。


「ぜひ、よろしくお願いします」


「や、やったっ! なんてオカルティックな展開! こちらこそ頼りにさせていただきますね!」


 俺とガー坊とアンヌなら、4人パーティにだって立ち向かえるはずだ。

 こうして底知れぬ何かを秘めた鎧のシスターとの共闘が始まった。

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