Data.93 弓おじさん、処女の試練

 おとめ座の試練に向かう前に、まずは『獅子王の眼』の使い道をチェックだ。

 ふむ、どうやらこれも俺に『使う』アイテムのようだな。

 迷わず『使う』を選択する。


 ――ぴこんっ! 所有スキル【威圧の眼力】が【獣王の眼力】に進化しました。


 す、スキルが進化だと……!?

 【弓術】のように後ろにくっついている数字が上昇するだけではなく、スキルの名前自体が変わっている!

 しかも、これはさっき戦った『オーサマライオン』が持っていたスキルじゃないか!

 早速効果を確認しよう……!


 【獣王の眼力】

 目と目が合った相手を獅子のごとき眼力で威圧し、動きを一時的に止める。

 立ち止まって発動すると効果が上昇する。

 相手との距離が遠いほど効果が低下する。


 基本的な効果は変わっていないが、テキストが少しカッコよくなっている。

 あと『立ち止まって発動すると効果が上昇する』というのは新しい効果だな。

 百獣の王はちょこまか動き回らず、どっしり構えているからこそ威圧感がある。

 このスキルにもそんなボスライオンの生き様が反映されているな。


 使い勝手は変わらぬまま、上位互換のスキルが手に入ったのは大きい。

 ダンジョンボスなどの格上には効かないことが多いが、後衛職の俺にとって雑魚をにらみつけるだけで足止め出来るのは非常にありがたい。

 これからも愛用させてもらうとしよう。


 そういえば、プレイヤー相手にこのスキルを使うとどうなるんだろうか?

 レベルとか職業が自分よりも下の相手にはよく効いて、上の相手には効かないのだろうか?

 『黄道十二迷宮』は対人戦のイベントではないから確かめようがないな。

 また今度気軽に対人戦が楽しめる街の『コロシアム』に行くのも良いかもしれない。


 さて、確認作業は終わった。

 いよいよ最後の試練の地に向かうとしよう。




 ◆ ◆ ◆




 各迷宮の攻略に決められた順番はない。

 俺が最初にクリアしたみずがめ座の宝瓶迷宮が最後の試練になる人もいれば、俺が最後にクリアする処女迷宮が最初の試練の人もいる。

 だがしかし、このおとめ座の試練の舞台『四季幻影樹しきげんえいじゅ』は最後の試練感がにじみ出ている。

 四方に枝を広げる巨大な木というのはファンタジーにありがちだが、その枝に生えている物が一方ごとに違うのだ。


 一方では春を思わせる桜が咲き。

 一方では夏を思わせる緑の葉が萌える。

 一方では秋を思わせる紅葉が無限に散り。

 一方では冬を思わせる白い雪が降り積もっている。


 一本の木の中に四つの季節が内包されている。

 こんな光景、リアルでは絶対に見ることが出来ない。

 一度ここの試練に戦闘要素があるか確認するために来ているが、何度見ても良いものだ。

 『四季幻影樹しきげんえいじゅ』に見惚れること数分、俺はやっとチャリンの話を聞く気になった。


 さっきも言った通り、ここの試練の内容は一度聞いている……のだが、かなり複雑だったのでうろ覚えになっている。

 再確認するためにも、もう一度チャリンから試練内容を聞いておこう。


 ここのチャリンの姿はまさに女神。

 背中からは純白の翼が生え、服は乙女を思わせる薄ピンクのドレス。

 どの試練でも変わらなかった金色の髪は緩やかにウェーブがかかっている。

 元から美人だが、今回は特に美しい姿だ。


 さらに右手には剣、左手には麦の穂を持っている。

 おとめ座の元となる女神には2つの説があり、剣は正義の女神アストレアを、麦の穂は豊穣の女神デメテルを表しているのだろう。

 つまり、ここの試練も2つの要素が合わさっている可能性が高い。


『おとめ座の試練にようこそだにょん! ここの試練は複雑なようで簡単だにょん! これからみんなにはあの『四季幻影樹しきげんえいじゅ』の中に入ってもらうにょん! 中はダンジョンになっているんだけど、外から見たのと同じように4つの季節のダンジョンが存在するにょん!』


 最後の試練はダンジョン攻略だ。

 ミニゲームで終わるよりかはしまりがあるな。


『4つもあるから1つ1つのダンジョンはそんなに長くないにょん! でも、メダルの獲得にはその4つのダンジョンをすべてクリアする必要があるにょん! 各ダンジョンにボスはいるし、一度入ったらすべてクリアするか、ギブアップを宣言しないと出てこれないにょん! ちなみに再チャレンジの際はまた1からすべてのダンジョンをクリアしてもらうことになるにょん!』


 1つクリアしては外に出て休むみたいな作戦は使えないわけか。

 メダルを獲得するには、一度の冒険で4つのダンジョンを攻略し、4体のボスをすべて倒さなければならない。


『ご褒美の条件は結構難しいにょん! 各ダンジョンのボスを倒すごとに『季節の花』を落とすんだけど、これを拾うと頭に一輪の花が咲くにょん! 全部のボスを倒して花を拾うと、当然四輪の花が咲くことになるにょん! ご褒美をもらうには、最後のボスを倒して中央フロアに戻って来た時、この四輪の季節の花が頭に咲いたままじゃないといけないにょん!』


 咲いたままじゃないといけないということは、この花は咲いた後に散る可能性があるということだな。

 俺の予想通り、チャリンは『季節の花』の破壊について話し始めた。


『季節の花は敵からの攻撃でのみ散るにょん! 頭をブンブン振ったり、壁にぶつけても散らないにょん! また、攻撃でもかすった程度だと耐えてくれるにょん! でも、そこそこの攻撃が直撃すると容赦なく散るにょん! 回復手段はないから、大事に大事にしながらすべてのボスを倒すにょん!』


 ご褒美が欲しいプレイヤーは、花が散った時点で一度クリアしたダンジョンをもう一回やり直さないといけないのか……。

 ダンジョンの長さやボスと雑魚敵の強さにもよるが、言葉だけ聞くとなかなか難関の試練に思える。

 だが、ここまですべての試練でご褒美を貰って来た手前、最後だけ貰わないという選択肢はない。

 この試練も完全クリアして、すべてのメダルとご褒美を獲得してみせる……!


 ダンジョンの入り口は木の幹に取り付けられた大扉だ。

 自然の産物である樹木に人工の扉が組み合わさっているのがなんともファンタジー。

 プレイヤーたちは開け放たれた扉の中に飲み込まれていく。

 俺もその中の1人となり、四季幻影樹しきげんえいじゅのダンジョンへの挑戦を開始した。


 ダンジョンなのでプレイヤーごとの異空間が用意されている。

 この空間にいる味方はガー坊だけだ。

 木の根で出来た螺旋階段を昇ると、チャリンが言っていた『中央フロア』に出た。

 円形のフロアの四方には四つの扉が設置されている。


 桜色の春扉、緑色の夏扉、紅色の秋扉、白色の冬扉。

 この四つの扉の向こうで待つダンジョンボスを倒し、頭に花を咲かせる。

 それが四つ揃った状態で、この『中央フロア』に戻ってきたらいいわけだ。


 ボスを倒せばそこでメダルとご褒美を貰えたダンジョンとは違う。

 やはり難関の匂いがプンプンする……。

 最後の試練、まずはどの季節から挑むべきか……!

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