Data.94 弓おじさん、四季の迷宮

 扉の向こうの様子をうかがい知ることは出来ない。

 覗き穴なんて開いてないし、各ダンジョンの内容を示すヒントみたいなものも用意されていない。

 つまり、攻略の順序を決める材料は各季節へのイメージだけだ。

 普通に考えれば春夏秋冬、季節が巡る順番に合わせて進めるべきだが……。


「ここは変にひねった考えはしないようにしよう」


 ボスを倒すと頭に花が咲き、それを守りつつ戦わないといけなくなる。

 それを考えると、簡単なダンジョンを最後に回すのが最も効率的な進め方だ。

 しかし、どこが簡単でどこが難しいかなんて初見じゃわからない。

 春夏秋冬、今回はこの順番で試練を進める。


 俺は桜色の春扉を開いた。

 その中で待ち受けていたのは……青い空、白い雲、若葉の芽吹く原っぱだった。

 たくさんの桜の木が生え、温かな風が桜吹雪を巻き起こしている。


 なるほど、これが『四季幻影樹しきげんえいじゅ』の幻影要素なんだな。

 木の中のダンジョンなのに、まるで外を冒険しているような幻覚を見せている……という設定なのだ。

 ダンジョンは異空間だから本来なんでもありだが、入り口が洞窟なら中は洞窟っぽく、お城なら中もお城っぽくしてあった。

 そういう意味でここは他のダンジョンとは違うが、違う理由もちゃんと用意してあるのは感心だ。

 破天荒なゲームに見えて、案外世界観はしっかりしているのがNSOだ。


 周囲を警戒しつつ前へ進む。

 敵は出てこないけど、なんかこの草原……おかしくないか?

 無数の木々によって周りを囲まれ、草原がキッチリ四角く区切られているように見える。

 その木々の中に入ろうとすると、謎の壁に阻まれ進むことが出来ない。


 まるで毎回ダンジョンがランダム生成される不思議なローグライクゲームのようだな。

 あの手のゲームは四角い部屋と細い通路で出来たマップを冒険する。

 このダンジョンも四角い草原から出ようとすると、人が1人通るのがやっとな細い通路を進まなければならない。


 細い通路を抜けると、また四角い草原に出た。

 やはりこのダンジョン……ローグライク風だ。

 マップの構造を把握し、戦闘を行うことで俺は確信を得た。


 出てきた敵モンスターは根っこを足にして歩き回る木のモンスター『樹木人トレント』。

 頭は桜が満開でアフロのようだ。

 ここまでは問題ない。見た目こそ奇抜だが普通のモンスターと変わらない。


 違う点は……こちらが動かなければ敵も動かないということ。

 俺がジッとしていると、トレントはその場で足踏みを開始する。

 俺が一歩前に進むと、トレントは一歩前に進む。


 今度はステータスウィンドウを何度も開いたり閉じたりしてみる。

 すると、トレントは恐るべき速さで俺に接近してきた。

 やはり、ローグライクゲームにおける『ターン制』がこのダンジョンには取り入れられている。


 俺が何か行動すれば、その分敵も行動するというわけだ。

 しかし、厳密に1行動に対して1行動というわけではなさそうだ。

 こちらの手数が増えると、相手の行動が素早くなる『疑似ターン制』という認識の方が正しいかもしれない。


 このシステムが採用されているからガー坊がいつもより大人しいんだな。

 普段なら敵がいない時はそこらへんをうろうろし始めるが、このダンジョンでは俺の後ろをキープしている。

 これもまた『疑似ターン制』が採用されている証拠の一つだ。


 楽にクリアしたいなら、行動回数を減らさなければならない。

 あと、こちらが動かない限り敵は接近してこないのだから、敵が遠くにいるうちに倒してしまえば安心だ。

 例えば長射程の弓矢とか……な。


 キリリリリ……シュッ! ザクッ!


 このダンジョンのルールは俺のスタイルに合っている!

 長射程にとって一番恐ろしいのは、気づかれぬうちに接近されて不意を突かれることだ。

 しかし、『疑似ターン制』ならばそんなことはあり得ない。

 敵の位置さえ把握してしまえば、ゆっくり狙いをつけて矢を当てればいい。


 あぁ、すべてのダンジョンとボスがこうなれば間違いなく最強を名乗れるのになぁ……なんてね。

 妄想に浸るくらいならさっさと先に進もう。

 珍しく長射程に追い風が吹いているルールなんだし、楽々クリアといきたいものだ。




 ◆ ◆ ◆




 このダンジョンではフロア移動にワープ床を使う。

 デザインの凝ったご当地マンホールみたいな円形の模様を踏むと、次なるフロアに瞬間移動できる。

 道中のモンスターを楽々撃破しつつワープすること3回。

 第4階層までやって来た俺はひと際大きなマンホール……じゃなくてワープ床を発見した。

 これは……次がボスってことだろうな。


 HP、MPともに十分。

 回復アイテムは相変わらず潤沢。

 奥義のクールタイムも問題ない。


 チャリンの話では4体ボスがいるから、1体1体はさほど強くないはずだ。

 それにボス戦でも『疑似ターン制』が採用されているなら、ワープして速攻でキルされるなんて展開もない。

 俺はワープ床を踏み、ボスフロアへとワープした。


「……ん?」


 急に暗いところに出た。

 洞窟のように真っ暗ではなく、空には月が輝いている。

 フロアの奥には大きな桜の木。

 月明りに照らされて……いや、桜自体が淡く発光している。

 その桜の木の下には1人の騎士。

 白い馬に乗り、手には弓、頭には冠を被っている。

 その名は……『ホワイトライダー』。


 元ネタはまんま黙示録の四騎士だな。

 四季しき死期しき、ひっくり返して騎士きし……上手くつなげてあるな。

 さあ、今回は忘れずあのスキルを先に使おう。


「レターアロー!」


 ◆ホワイトライダー

 属性:天使

 スキル:【支配の矢】【白き黙示録ホワイト・アポカリプス

 解説:

 世界の終わりに現れるとされる黙示録の四騎士。

 第一の騎士であるホワイトライダーは『支配』を司る。

 相手の自由を奪う矢と機動力に優れる白い馬は大きな脅威となる。


 何気に弓使い対決か……奇遇だな。

 相手の自由を奪う矢というのは、スキルの【支配の矢】でいいのか?

 でも、自由を奪うとはどういうことだろう?

 獅子迷宮のボスライオンのように動きを止めてくるのか?

 それとも……。


「ガー! ガー!」


 ガー坊が鳴く。

 そして、俺に向けて放たれていた矢を代わりに受けてくれた。

 いかんいかん、俺としたことが解説から敵の情報を読み解くことに集中していた。

 ここでも『疑似ターン制』は採用されているらしく、ホワイトライダーは次の矢を撃ってこない。


 ならば、今まで通りガー坊に前衛を任せて、俺はひたすらボスを攻撃する黄金パターンで良いだろう。

 矢は物理攻撃だ。ガー坊にとっては痛くないはず……。


「……ガー坊?」


「ガー! ガー!」


 ガー坊がこちらを向いて鳴く。

 でも、これは俺に返事をしたのではなく、威嚇の鳴き声だ……!

 まさか、【支配の矢】の効果は……当てた相手を自分の味方にしてしまうのか!?


 まずい……ガー坊は目の前にいる。

 このターンでホワイトライダーを攻撃したら、ガー坊のターンで奥義を食らって死ぬ。

 ダメージを与えれば元に戻るとしても、接近戦ではガー坊の方が断然強い。

 速攻で殺されるのがオチだろう。


 ならば、選択肢は1つだ……!


「流星弓!」


 ガー坊が分解され、俺の弓と合体する。

 よし! 合体奥義は使える!

 ステータスを開いて使えるかどうか確認できなかったので、一か八かの賭けになってしまったが、どうやら勝利の女神は俺に微笑んだようだ。


 ホワイトライダーが流星のごとき矢に飲み込まれる。

 4体のボスのうちの1体で、能力自体は低めに設定されているのに……してやられた!

 まさか、1つ目のダンジョンから切り札を切る羽目になるとはな……。


 最後の試練はやはり一筋縄ではいかない運命のようだ。

 そうでなければ面白くない……と言いかけて、思わず笑う。

 楽にクリアしたいのか、苦労してクリアしたいのか、ブレブレじゃないか。

 まあ、どっちもというのが本心なんだけど。


 ホワイトライダーが落とした季節の花『桜』をゲットすると、頭に大きな桜の花が咲いた。

 にょきっと生えてくるというより、花をモチーフにした髪飾りをつけた感じだな。

 おじさんにはちょっと似合わないかも……。

 いや、案外イケるか……?


 ま、まあ、それはさておき残るダンジョンは夏、秋、冬。

 最初に決めた順番通り、次は夏のダンジョンに挑戦だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る