Data.87 弓おじさん、巨蟹の試練
『かにかに~! かに座の試練にようこそだにょん!』
少し前に冒険の舞台となった南の海の港町トナミ。
その近くの砂浜が試練の会場だ。
ここのチャリンの姿はわかりやすさ極振りだ。
頭にカニの被り物を被って、両手に赤いハサミのグローブをつけている。
全身赤いタイツではないのは運営の温情か彼女自身のプライドか……。
どちらにせよ、大人気アイドルとしての何かは守られた……!
『ルールは超簡単! でっかいボスをぶっ倒せばいいだけだにょん! ダンジョンすらなく、いきなり戦闘だにょん! 戦場となるのは異空間だから、順番待ちなしで戦うことができるにょん!』
ボス戦だけが試練と言うのならば、かに座要素はボスに入れるしかない。
おそらく、巨大ガニとの戦いになる。
水属性は入ってそうだし【トライデントアロー】を上手く使えば戦いを有利に進められそうだ。
この試練ではユニゾンの使用も許可されている。
ガー坊にとって海辺はホームグラウンド、存分に暴れてもらうとしよう。
『メダル獲得条件はもちろんボスを倒すこと! ご褒美の条件は……戦場にワープしてから教えるにょん! みんなには驚きを提供したいにょんねぇ~』
ここのチャリンはなかなか情報を出すことを渋る。
なので、一度訪れた時も巨大ボス戦という情報以外何も得られなかった。
NSOにおいて、運営側の人間に『驚きを提供したい』なんて言われたら恐ろしいことこの上ない。
今までのアレやソレは驚かせる気がなかったとでもいうのか……。
一抹の不安を抱きつつ、俺は戦場にワープした。
ワープした先は砂浜が海を取り囲む形の内湾だった。
これなら海から現れる敵をいろんな角度から攻撃できる……な……。
「……どうも、こんにちは」
俺は隣にいたプレイヤーと目が合ったので挨拶をした。
どうやらこの試練はレイドボス戦のようだ……!
俺とお隣さん以外にも、無数のプレイヤーが砂浜に並び立っている。
その数、ざっと100人!
中には俺と同じように困惑する人、まるで知っていたかのように冷静な人など様々だ。
『じゃーん! 驚いたにょん? ここはランダムに選ばれた100人のプレイヤーで協力してボスに挑んでもらうにょん!』
空中にチャリンが現れる。
確かにこれは驚きを提供された。
でも、ぬるいと言えばぬるい驚きでもある。
まさか、まだなにか……。
『メダル獲得の条件はボスを倒すことだけど、倒した後に生き残っていたプレイヤーにしかメダルは渡せないにょん! また、ご褒美獲得条件は……えいっ!』
チャリンがパチンッと指を鳴らすと、目の前にゲージが現れた。
今はまったくの空っぽだ。
『それは貢献度ゲージだにょん! 戦闘への貢献度を独自の基準で計測してゲージに反映するにょん! そのゲージがいっぱいになるまで貢献した人にご褒美をあげるにょん! つまり、誰かがボスを倒してくれることに期待して何もしなかった人にはご褒美はなしだにょん!』
なるほど、このルールでは確かにサボりながら勝つということが出来てしまう。
そこらへんの対策とご褒美の条件を上手くくっ付けているんだな。
『あ、そうそう! この試練ではキルされてもデスペナルティはないから、どうか負けても味方を恨まないで欲しいにょん! じゃあ、頑張ってね~、だにょん!』
チャリンが消え、海面がぶくぶくと泡立つ。
現れたのは予想通り巨大なカニ『カルキノス』だ。
かに座の神話に登場するカニの名前をそのまま流用しているな。
カルキノスはなかなか不憫なカニで、同じ沼地に住むヒュドラがヘラクレスとの戦いで不利になった際、加勢に出るも踏みつぶされて死んでしまったというストーリーがある。
別パターンだと戦いの最中に気づかれぬうちに踏みつぶされたなんて話も残っている。
かに座というのは、星座をモチーフにした作品で雑な扱いを受けた結果弱いイメージが付いたのではなく、神話の時代から酷い扱いを受けているのだ。
十二星座の1つという重要なポジションなのに、昔の人はなぜこんな神話を作ってしまったのだろうか?
この謎が解き明かされることは、きっとこれから先もないのだろう……。
まあ、かに座に思いを馳せるのはこのくらいにして戦闘だ。
カルキノスはデカい。100人のプレイヤーで戦っても虐めてる感じが出ないデカさだ。
俺は前衛職の邪魔にならないように遠くから矢を撃つことに徹しよう。
矢を放とうとした時、水面がまたぶくぶくしていることに気づいた。
まさか2体目のカニか?
でも、ふたご座やうお座と違って、かに座にはカニが1体しか描かれていないが……。
ジャアアアァァァァーーーーーーッ!!!
海中から姿を現したのは、9つの首を持つ怪物『ヒュドラ』だった。
ほう、神話ではヒュドラを助けるためにカルキノスが出てきたが、今度はヒュドラがカルキノスを助ける番というわけか。
巨大カニだけではなく巨大ヘビとも戦わないといけないというのは驚きだし、チャリンが言っていたのはこれか?
ボス2体となれば難易度も上がるが、まあ100人もプレイヤーがいれば……。
バッシャアァァァァァァーーーーーーンッ!!!
今度は空から何か巨大な物が海に落ちてきた。
その物体は膝立ちからむくりと起き上がり、手に持った弓矢をプレイヤーたちに向ける。
まさか……ヘラクレス?
あれ、君はカルキノスとヒュドラの敵じゃないっけ?
とんでもない神話の解釈違いを起こしてないか?
ヘラクレスが火の矢を放つ。
プレイヤーたちは燃え盛りバッタバッタと倒れていく。
どうやら、間違いなく俺たちの敵のようだ。
この試練は3体の巨大ボスを倒す必要があるんだ……!
流石にこれは驚かざるを得ない。
ヘラクレスが次の矢を構える。
そう好き勝手に味方の数を削らせるわけにはいかない……!
「
ヘラクレスの巨体に爆裂する矢が無数にヒットする。
半神半人の英雄でもこの融合奥義は効いたようで、砂浜にガックリと膝をついた。
しかし、まだまだ倒すには至っていない。
仲間たちもこの隙にヘラクレスを集中的に狙って、とにかく敵の数を減らしてくれれば……。
「おっと……!」
ヒュドラが毒を吐きかけてきた。
体が大きい分、狙いも大雑把だから避けることが出来たが、後衛の俺を狙うのはやめてほしいな。
と思っていたら、今度はカルキノスが泡を吹きかけてきた。
距離は遠いのに、やけに狙われてるな……。
もしかして、俺が彼らのヘイトをかっているのか?
あの3体は仲間が大ダメージを負わされると、ダメージを与えたプレイヤーを集中狙いするのかも。
そうだとすれば、マズい状況だな……。
俺は射程を活かすために他プレイヤーから離れて孤立している。
かばってくれる人は誰もいない。
【ワープアロー】で人のいるところに移動したら、味方を攻撃に巻き込んで迷惑をかけそうだ。
とりあえず逃げられるだけ逃げ回って、味方が攻撃に集中できるようなったら俺以上にダメージを与える人も出てきて、ヘイトの対象も変わるだろう。
俺はスキルを駆使して逃げ回ることにした。
【ワープアロー】や【浮雲の群れ】、【威圧の眼力】も混ぜたりして耐え忍ぶ。
しかしそれでも、3体の巨大ボスの攻撃から逃げ切るのは至難の業だ。
少しずつ確実に追い詰められていく。
味方はあまり攻撃出来ていないのか……!?
ずっと俺が攻撃されているようだが……。
「あれっ!?」
今日一番驚いた。
味方の数が結構減っている!
ま、まあ、俺を狙っている間にもボスは近くのプレイヤーを薙ぎ払ったり、蹴ったりはしてるなぁとは思っていたが、それでやられていたのか?
あまりにも簡単すぎる気もするが、そうなっても仕方ない理由に1つだけ心当たりがある。
この試練にはデスペナルティがないのだ。
つまり、ちょっと自分の調子が悪かったり、味方の動きが悪いと思ったら、わざと負けてやり直せばいい。
装備だってわざと攻撃を食らって死ぬ時に外しておけば傷つくことはない。
次はもっと良い味方と出会えるかもとか、次はもっと楽なボスの行動パターンを引き当てられればとか、そんな軽い気持ちで負けられる。
まあ、それにしても減りすぎな気がするが……なぜだろうか?
もしかして、俺のせいか……?
遠くにいる俺が高火力攻撃でヘイトをかったせいで、ボスは前衛職のプレイヤーたちを無視して前へ前へと進もうとしている。
普通なら前衛職がヘイトを稼ぐのがセオリーなので、俺はそれをガン無視したとも言える。
オンラインゲームだとこういうセオリーを知らないプレイヤーが味方にいることを極端に嫌う人も多いと聞く。
俺は試練の前に詳しい情報を調べないタイプだからセオリーを知らなかったとはいえ、ちょっと申し訳ないことをしたな……。
だが、今でも本気で戦っている味方はいる。
俺も最後まで諦めずに戦うぞ……!
それが非効率的な戦い方だとしても……!
その時、3体のボスが飛び道具を放つタイミングが偶然重なり、俺は3方向からの攻撃に晒された。
クールタイムが終わっている【
しかし、それでも3つすべては相殺できない。
回避しようにも頼みの【ワープアロー】は使ったばかりだ。
装備は良くても素の耐久が貧弱でダメージも負っている俺にボスの大技が2つ直撃すれば死ぬ。
なら、やるべきことは1つだ。
「流星弓ッ!」
赤い流星のごとき矢は3つの攻撃をすり抜け、ヘラクレスに命中した。
みんなの活躍で体力が削られていたヘラクレスは撃破され、残るボスは2体となった。
別にこうなっても俺に得はないが、せめてまだ戦える人の助けになればいいな……。
カルキノスの泡とヒュドラの猛毒のブレスが命中し、俺は死んだ。
そして、すぐにフィールドに戻される……と思いきや、俺の体と意識はまだその場に残っていた。
味方がいる場合は、味方の蘇生スキルで蘇ることがあるからすぐには消えないのか。
でも、この位置じゃ誰も助けてくれなさそうだな……。
すぐにタイムリミットが来て、消える事実は変わらないだろう……。
『特殊職へのクラスチェンジ条件を満たしました。特殊第3職へのクラスチェンジが可能です』
体は動かない。
だが、その音声は確かに響いた。
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