Data.84 弓おじさん、んさじお弓

 左に行って、後ろに数歩、一歩左に、前に駆け足で、今度は右に……。

 鏡を見ながら慎重に、かつ素早く移動する。

 コツは立ち止まってよく考えること、動く方向を決めたら素早く動くことだ。

 右に行けばいい時は、右に行くと頭で決めてから駆け足で動く。


 『動きながら考える』と言えればカッコイイが、おじさんには無理だ。

 そもそもマルチタスクというのは、どんな人間であれシングルタスクより1つのことにかける集中力は減少している。

 同時にたくさんのことを進めるよりも、1つ1つやるべきことを終わらせていくのが、むしろ効率が良かったりするんだよな。


 まあ、今回の場合はダメそうだけど……。

 足場の崩壊がどんどん近づいてきている……。


「あっ、そうだ!」


 要領の良い人間は、言い換えればどこかずるがしこい。

 俺もちょっとずるい方法を思いついてしまった。

 『スキル』『奥義』『アイテム』の使用は禁止されているが、武器などの装備は持たされたままだ。

 『黒風暗雲弓』は和風の装備なので、原型は日本の弓矢『和弓』に近い。

 何が言いたいかというと、『和弓』は『洋弓』よりかなり大きいのだ。

 これを杖代わりにして、足場を探っていけばいい!


 コツコツコツ……


 よし、ちゃんと武器でも透明な床に触れられる!

 この程度の作戦なら対策されていてもおかしくなかったが、この試練を作った時の運営は機嫌が良かったのだろう。

 杖を突く姿は『おじさん』というより『おじいさん』だが、なりふり構っていられない。

 急がねば虚空に落下するぞ……!


「……はっ!」


 今、杖を突いたうえで鏡に映る姿も確認していた……!

 心配性だから二重チェックをしてしまう。

 これでは手間が増えているだけだ。

 勇気をもってズルを貫き通せ……!


 コツコツコツ……


 鏡を見ないようにする。

 見ると崩壊の具合も見えてしまうので、焦りはさらに加速する。

 杖を突いて、足場を確認したら……歩く!

 あとちょっと……あと一歩……!


「ふぅー! 渡りきった!」


 何とか宝箱の前までたどり着けた。

 足場の崩壊は……結構ギリギリだったな……。

 さて、宝箱の中身は……と。


「よーし、『カストルメダル』ゲットだ!」


 まぶしいくらい光り輝くメダルの名前の由来は、ふたご座を構成する星の中でもひときわ明るい2つの恒星だ。

 『カストル』を手に入れたら、残りの『ポルクス』も入手しないと結局ご褒美はなしだ。

 まだ喜ぶには早いな。


 メダルをアイテムボックスにしまうと、自動的に『ミラーパズルエリア』の外にワープした。

 帰りも同じ方法で戻れなんて絶対嫌だったし、これはありがたい仕様だ。

 さて、鏡のチェックを怠らず先に進もう。




 ◆ ◆ ◆




 相変わらず出現するモンスターは強くない。

 おかげで俺は隠し要素の探索に集中できる。

 このダンジョンは階層が多い代わりに、1階ごとの広さはさほどないタイプだ。

 上の階に進む時は、普通に階段をのぼる。


 外観がお城だったから分かれ道が多いと思ったけど、案外ないもんだ。

 たまに部屋があっても、中には何の仕掛けもない。

 こうなると安心するより、何か見落としてるんじゃないかと不安になってくるな……。


 鏡のチェックは続けているが、隠し通路は見つからない。

 6回ほど階段をのぼったから、もうここは7階か。

 ソロ向けに長いダンジョンを用意するとも思えないし、この調子だと10階がボス部屋か?

 そろそろ『ポルクスメダル』の隠し場所があってもいいはずだが……。


「また小部屋か……あっ!」


 今度も何もないだろうと思って入った小部屋には、部屋全体を映す大きな鏡があった。

 これは……間違いないな!

 でも、家具自体は今までの小部屋と変わらない。

 ベッドやテーブル、クローゼットや本棚……。

 RPGにおけるNPCの部屋を表現するのに必要なものがすべて揃っている。


 それは鏡の向こうも一緒だ。

 すべての家具が普通に鏡写しになっているだけだ。

 うーん、絶対何かあるはずなんだが……。


「お……!」


 本棚に並んだ本を見ていた時、ピンときた。

 鏡に映った本棚とこっちの本棚で5冊ほど背表紙の色が違う本がある!

 本に触ってみると、ボタンのように奥に押し込めることがわかった。

 カチッという音がするまで5冊の本を押し込む。

 すると本棚が横にスライドし、隠れていた扉が現れた……!


「古典的だけど、実際やってみるとワクワクするなぁ。こういう仕掛けも!」


 扉のノブに手をかけると、見たことのある注意書きが出現する。


 ――この扉の先は『ミラーパズルエリア』です。

 ――ユニゾンの召喚は禁止されています。

 ――また『スキル』『奥義』『アイテム』などの使用も禁止されています。

 ――ご了承の上で扉を開けてください。


 予想はしてたけど……またか。

 まあ、今の俺には弓の杖があるし、問題ないだろう。

 扉を開けると光に包まれ、気づいたら……また通路にいた。


 今回も虚空が口を開けて待って……いなかった。

 いや、虚空自体は今度も存在する。

 その上に細い足場がちゃんと見える状態で設置されているのだ。

 細いといってもバランス感覚を鍛える平均台みたいなものではない。

 成人男性が歩くのに窮屈しない幅の広さはある。


 ここは風も吹かないし地面も揺れない。

 見えている足場を踏み外して落ちることはない。

 楽勝だし、さっそく進む……なんてこともしない。

 もっとよく観察しよう。


 今回も右の壁一面が鏡になっている。

 そこにはちゃんと『俺』もいる。

 だが、今回は向こうの床もこちらと完全に一緒だ。

 鏡は真実を映すので、この足場が実は偽物ということはない。

 ありがたい話だが、それで試練になるのか……?


 疑問は残るが、やってみなければ始まらない。

 俺は目の前の足場を歩き出した。

 鏡に映る『俺』も普通に床の上を歩いている。

 ここまでは問題なさそうだな。


 どんどん歩みを進め、変化はまた3分の1を過ぎたあたりで起こった。

 鏡の向こうにモンスターが現れたのだ。

 なんとも弱そうなコウモリ型モンスターに狙いを定め……矢を放つ!


 キリリリリ……シュッ! キンッ!


 矢は弾き飛ばされた。

 コウモリにではなく……鏡にだ。

 鏡の向こうの敵は、鏡の向こうの『俺』にしか倒せないんだ!

 今はこちらの俺が鏡の中のコウモリに向けて矢を撃った。

 狙いは正確だったので普段なら命中していただろうが、鏡の向こうには届かない。


 えっと……こちらと向こうは左右反転で、コウモリは向こうの『俺』から見て右にいるから、俺は左に弓を構えて……連射だ!

 1発、2発、3発……4発目でやっとコウモリに命中。

 弱いのは確かなようで1撃で倒せた。


 しかし、難しいぞこれ……。

 左右反転だけでなく、鏡に映る敵に対して『俺』がどの角度で射撃を行えば当たるかを考えなければならない。

 脳が混乱する……!


 だが、敵を無視して進んではいけない。

 なぜなら、俺と『俺』の動きはシンクロしているからだ。

 『俺』がコウモリに体当たりを食らってよろければ、こっちもよろける。

 足を滑らせれば、こっちも足を滑らせて……。


 そんな想像をしている間に、コウモリが追加される。

 しかも今度は2匹だ。

 同時に背後の足場が崩壊し始める。

 あ、そのシステムも続投なんだ……。


 とりあえず、敵を倒しさえすれば前に進める。

 今回は足場が見えているのだから。

 スキルは禁止なので、通常の矢でコウモリを仕留める。

 コウモリはすぐに近づいては来ないし、リアルではありえない器用なはばたき方でその場に滞空してくれることもある。

 外すことを恐れず、ザックリと目星をつけて連射する。


 キリリリ……シュッ! ザクッ!


 撃ちまくった矢が命中する。

 よし、倒せる……!

 残ったもう1匹も処理し、駆け足で前に進む。


 今度はデカいコウモリが現れたが、デカさで難易度を上げようとしてくるなら、俺にとっては逆にボーナスだ。

 倒すたびにコウモリはヤケクソみたいにどんどんデカくなっていく。

 いくら耐久が上がっても、当たり判定が大きくなればそれは弱体化だ。

 弓矢には特性として『飛行特効』もある。

 飛んでるデカイ敵を落とすのは得意だ。


 でも、前衛職の人は怖いだろうなぁ……。

 直接的には見えない鏡の向こうのコウモリと接近戦なんて恐ろしすぎる。

 油断したら攻撃を食らって虚空へ真っ逆さまだろうし、敵に近づかずに倒せる弓使い万歳ってところだな。


 今回のパズルは戦闘要素が強かったが、だからこそ助かった。

 崩壊する足場よりもずっと早く宝箱の前にたどり着けたからな。

 宝箱の中身は……やはり『ポルクスメダル』!

 ふたご座で最も明るい星の名を冠するだけあって、直視するのが辛いくらい眩しい……!

 サッとアイテムボックスにしまう。


 これでご褒美の条件は満たせたし、心置きなくダンジョンをクリアできる。

 最後の階層までまっしぐらだ!

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