Data.77 弓おじさん、雲の申し子
翌日、いつも通りログインした俺は空上郷に飛んだ。
うお座の試練で手に入れた『魔法魚の化石』が何かの素材にならないか確認するためだ。
空上郷にサトミの姿はなかった。
山の中を冒険してるのか、ログアウトしているのか、他の場所に行ったのか……。
まあ、プレイヤーというのは常に忙しく動いているものだ。
気にせずウーさんの工房に入る。
素材の使い道を調べたい時は、受付担当の天女さんにその素材を示せばいい。
使い道がある場合、ウィンドウで表示してくれる。
今回の素材『魔法魚の化石』には……結構使い道があった。
やはり魚をモチーフにした装備を作る素材になるようだ。
でも、どれもあまり性能が良くないな……。
ページをスクロールすると、プレイヤー装備からユニゾン装備へとカテゴリーが切り替わった。
ガー坊の新しい装備を作るのも良いかもしれない。
今のガー坊の装備欄はすべて埋まっているが、その中でも俺が持たせた〈海弓術・七の型〉はあまり機能していない。
【オーシャンスフィア】を発動しているガー坊の周りは海になるので、海限定の海弓術も問題なく発動できるのだが、残念ながら球体の海の範囲は狭い。
設置型の二の型【
超近接射撃なら問題ないが、それなら突進系のスキルや自前の射撃スキル【赤い閃光】で事足りる。
何かまったく新しい方向性の装備を探してみたい。
攻撃ではない、ガー坊の新たな行動パターンを増やせるようなものだ。
そうと決まれば、表示するアイテムを『魚』と『機械』属性のユニゾンが装備できる物だけに絞る。
欲しい物はすぐに見つかった。
飛び抜けてレア装備というわけではないが、俺たちにとってはそんじょそこらのレア装備より貴重かもしれない。
俺は天女さんにその装備の作成を依頼した。
完成までのしばしの時間は空上郷のお店で回復アイテムを買ったり、高いところからの景色を眺めたりした。
そして、時間ぴったりに工房に戻ると、それは完成していた。
その名も『ガラ・ルファ・ポッド』!
名前を聞いただけでは装備というより呪文の類いに聞こえるだろう。
だが、内蔵された武器スキルを見れば用途が一発でわかる。
◆ガラ・ルファ・ポッド
種類:魚族ユニゾン専用
魔攻:40
武器スキル:【ドクターフィッシュ】
【ドクターフィッシュ】
ポッドに入った治癒能力を持つ魔法魚を放ち、対象のHPを回復させる。
そう、この装備には回復スキルが内蔵されているのだ。
今まで戦闘中の回復はすべてアイテムに頼っていたが、それでは俺が俺を回復したり、俺がガー坊を回復することは出来ても、ガー坊が俺を回復することは出来なかった。
しかし、これにより俺が手が回らない時にはガー坊に回復を任せることも可能になった。
また、ガー坊自身のHPが減った時も自分で回復できるので、単独での継続戦闘能力は飛躍的にアップした。
これで離れたところで戦ってると思ったらボロボロだったなんて事態も減るかも。
もちろん懸念材料もある。
まず回復するHP量は固定+魔攻ステータスによる上乗せであること。
魔攻ステータスが低くても回復はするが、その効果も低くなる。
ガー坊は魔攻と魔防の数値を切り捨てて、攻撃と速さに振り分けたステータスをしている。
回復量には期待できないが、そもそも俺自身HPが多くないのでさほど困らないはずだ。
とはいえ、回復動作をすればその時間で出来たはずの攻撃動作は出来なくなる。
それに奥義ではなくスキルなので連発が可能だ。
やたら細かく回復されるとMPが切れてしまう。
ガー坊はある程度万能なユニゾンを目指しているが、一番得意なのは高いステータスを活かした攻撃だ。
回復は保険に近く、命令も攻撃重視から変える必要はない。
バランス重視にすると、サポートスキルばかり使って敵に突っ込まなくなることが容易に想像できる。
それほどまでにガー坊に出来ることは増えている。
さて、『ガラ・ルファ・ポッド』をガー坊に装備してステータスを確認だ。
ちなみに『ガラ・ルファ』とは、そのまんまドクターフィッシュと呼ばれる魚の本名だ。
人間の古い角質を食べてくれることで有名だが、俺は体験したことがない。
◆ユニゾンステータス
名前:ガー坊(レイヴンガー)
種族:魚/機械
Lv:43/100
HP:120/120
MP:230/230(+150)
攻撃:300(+105)
防御:120
魔攻:110(+40)
魔防:80
速度:165
◆スキル
【毒耐性Ⅴ】【マシンボディ】
【ストレイトダーツ】【赤い閃光】
【ホーリースプラッシュ】
【まきびし】【エナジーシールド】
【マジックジャミング】
◆奥義
【赤い流星】【オーシャンスフィア】
◆合体奥義
【流星弓】
◆装備
Ⅰ:コバンザメシューター
Ⅱ:Eジェネレーター
Ⅲ:増設エネルギータンク
Ⅳ:ミサイルポッド
Ⅴ:ガラ・ルファ・ポッド
外した〈海弓術・七の型〉は俺が装備しておく。
このゲームは水に関わる機会が結構多いからな。
雲海の時もそうだが、ガー坊は水中で強い。
お守りのごとく〈海弓術・七の型〉を装備しておくべきは、水中で主力スキルが封印されてしまう俺の方だ。
これでもし海にいきなり突き落とされる試練が来ても安心だ……!
「よし、次の目的地に向かうか」
空上郷でやるべきことは終わったし、次にやることは決まっている。
双魚迷宮から近い
白羊迷宮の試練が戦闘ではないことは、釣りをしている時に知った。
うお座の試練が難しいので、諦めて後回しにしようかとボヤいているプレイヤーの声が聞こえたのだ。
俺も釣りに必死だったので詳しい内容は思いだせないが、印象に残っているのは『対人戦なのに戦闘はない』というワード。
これだけはハッキリと覚えている。
あとは羊さん、競争、順位……なんて言葉も聞こえたような。
まあ、行ってみればわかる。
思っている試練の内容と違うなら、それを知るのが前進になる。
◆ ◆ ◆
結論から言うと、覚えていた情報通りの試練だった。
対人戦なのに戦闘はない、羊さん、競争、順位……すべての要素が入っている。
ただ、俺の想像していた試練とは違った。
まず他の試練の場に比べてプレイヤーが少ない。
そして、その少ないプレイヤーたちの視線がくぎ付けになっているのは……屋外に設置された大型ビジョンだ。
画面には羊に乗って空を飛び、レースを繰り広げるプレイヤーの姿が映されていた。
「お、こっちも来たぞ!」
プレイヤーたちが指さすと、高速飛行する羊の軍団が空から現れた。
地面スレスレを飛び、今度は森の中へと消えていった。
『ここの試練は
ここのチャリンはレースクイーンスタイル。
男っぽい釣り人スタイルと正反対で、女性らしい丸みを帯びた体のラインと肌を惜しげもなく出している。
羊要素は衣服の模様と頭から生えた大きな角くらいか。
角はかなり長く、くるんとカールしているので存在感はある。
おかげでパッと見ておひつじ座のチャリンだとわかるギリギリのラインは保っている。
『1レースの参加者は同時に12人まで! 異空間に対戦部屋をたくさん作って同時に行うから混むことはないにょん! その12人の中で6位以内ならメダルをゲット! 3位以内ならご褒美もゲットだにょん!』
大多数のプレイヤーは異空間でレースに挑戦中だから人が少ないわけか。
さらに話を聞くと、このレースには好成績を残すと蓄積されていくポイントを元にしたレートが存在することがわかった。
いま目の前を通り過ぎて行った羊の集団はいわゆるレート上位の12人。
彼らだけは特別に普段冒険しているフィールドを舞台にレースを行うことが出来るらしい。
逆に言うとレートを上げる特典はそれくらいしかないのだが、目立ちたがり屋はたくさんいるようで、他の試練そっちのけでレースに熱中しているプレイヤーもいるとのことだ。
俺はメダルとご褒美だけで十分なのだが、完全な対人戦なのが気がかりだ。
レースゲーム自体はそれなりに遊んできたが、VRレースゲームの経験はない。
怪我の心配なく超スピードを体験できるのが楽しそうだな……というのが精いっぱいの分析だ。
それにしても、普段のMMORPGとしてのNSOと関係ないイベントもまあまあ多いな。
運営としては新規を呼び込みたいわけで、このイベントも新規が楽しめるものにしたかったのだろう。
VRレースなら今まで積み重ねてきたレベルや装備がまるで関係ない。
場合によっては始めたばかりのルーキーがベテランに勝利するという体験もできる。
それはきっと楽しいし、ゲームを続ける理由にもなるだろう。
ベテランの方からすれば、たまったものではないかもしれないが……。
まあ、まずは俺もレースにエントリーしてみよう。
「レースにエントリー!」
音声で参加表明をすると目の前に『マッチング中』と表示された。後は待つのみだ。
正直、普通に初体験のVRレースにワクワクしている自分がいる……!
メダルやご褒美は一度忘れよう。
純粋に楽しむことこそがゲームの本質だ。
それはMMOもレースも釣りも変わらない。
――ぴこんっ! マッチングが完了しました!
さあ、レーススタートだ……。
――お好きな雲羊を選んでください!
「へ?」
目の前には個性豊かな羊が並んでいる。
しかもこれ、見た目が違うだけじゃなく性能差があるぞ……!?
「案外……深いのかもしれん」
俺はレーススタートまでの限られた時間で、雲羊の選別を始めた。
そして、ふと思った。
俺……雲に乗ってばかりだな……と。
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